第14話「クソ勇者への脅し」

「じゃあ行ってくるから、こっちは任せたぞ?」


 剣哉を飛ばしたからといって、まだ終われなかった。

 他の異世界にまだ行けない以上、剣哉の脅威は封じておかなければならない。

 ここで、あいつが俺たちに手を出そうと思えなくする必要があるのだ。


「お兄ちゃんを、殺すの……?」


 何を勘違いしたのか、美奈が不安そうに見上げてくる。

 自分は殺されそうになったというのに、まだ剣哉のことを心配するのか。


 まぁあいつが死んだら天涯孤独になるのだし、それも仕方がないのかもしれないが……。


「女神様と話してただろ? 殺しはしないさ」

「そっか……」


 美奈は安心したように、胸を撫でおろす。

 どうしてこんな奴が、あんなクソガキになるのか。

 世の中わからないことばかりだ。


 とりあえずこっちは美奈に任せて、俺は『ワープホール』を作り出す。

 だけどそれには入らずに、もう一つ『ワープホール』を作り出して、そちらに入った。


 そして、『ワープホール』を抜けると――マグマに囲まれた地面の上で、剣哉がもう一つの『ワープホール』に向けて大剣を振りかぶっているところだった。

 俺が出てくるのを待ち構えているのだろう。


 しかし俺は、その『ワープホール』の真反対に二個目を作っているため、剣哉の背後に出ている。

 一つ目の『ワープホール』から俺が出てくると思っている剣哉は、神経をそちらに集中させているようで、背後にいる俺にいっさい気付いていない。


 本当に、単純で助かる奴だ。


「これで終わりだな、『アブソリュートシールド』」

「はっ!? なんでお前、後ろに……!?」


 剣哉は驚いて振り返るが、既に円形で作った『アブソリュートシールド』で剣哉を覆ってしまった。

 おかげで、もう立っておくだけでもしんどいのだが。


「二年間も毎日一緒にいて、お前の戦いを見てきたんだ。能力任せで戦ってきたお前は、能力で上回る俺には勝てない」


 剣哉は、別に熟練の剣士というわけではない。

 ただ単に、身体能力の高さと、女神様からもらったチート能力で強いだけだ。


 しかもチート能力が強すぎたせいで、魔王戦以外は大して修羅場らしい修羅場をくぐってもいない。

 必然、能力以外は大したことがないのだ。


 そしてそのチート能力も、女神様により絶対的な調整で俺のほうが上になっている。

 正直、今となってはもう負ける気がしない。


 ――なんて考えると、フラグなんだろうな。

 さすがに舐めて手を抜くことはしない。


「ふざけんな、出しやがれ……!」

「なんのために閉じ込めたと思うんだ? 出すわけがないだろ?」


 俺はそう言いながら、剣哉を覆ったシールドを手で押す。


「はっ!? お、おい、ちょっと待て……!」


 ゴロゴロと転がりながら、剣哉はダラダラと汗をかく。

 中でグルグルと回っているのに、酔わないなんてさすがだな。


「どうした?」

「どうした、じゃねぇよ……! お前何しようとしてるんだ!?」

「はは、決まってるだろ? なんのために、マグマがあるところまで来たと思っているんだ?」


 用事がなければ、わざわざこんなくそ熱い場所に来るはずがない。


「待て待て待て待て! 本当に待て!」

「そんなに慌てなくても大丈夫さ。俺のシールドがあるんだからな」


「馬鹿野郎! お前がシールドを解いたら終わりだろうが!」

「はは、そうだな」

「笑いごとじゃねぇ……!」


 生憎だが、そんなこと百も承知でやってるに決まっている。

 剣哉には死の恐怖を味わわせなければ、話が進まないのだ。


「あっ、手が滑った」

「うぉおおおおお!? てめぇ、今わざと蹴っただろうがぁあああああ!」


 下り坂となっているところまで来たため、押していた手を止めて足で蹴ると、剣哉もろともシールドが勢いよく転がっていった。

 そして端まで行くと、空中に放り出される。


 シールドは、そのまま――マグマへと、落ちていった。


「あああああ! 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!」

「だから大丈夫だっての」


 あのシールドがある限り、マグマに溶かされることはない。

 まぁ、マグマから守るだけなら、環境の影響を受けないシールドが別にあったのだけど、それだと剣哉に一瞬で壊されてしまう。

 そのため、『アブソリュートシールド』で捕まえたのだ。


 パニックって壊さないようにしてるんだから、剣哉には感謝してもらいたいくらいだな。


「てめぇ、いいから助けろ……!」


 自分の命がかかっているというのに、月夜と違って剣哉は上から目線だ。

 本当に、ここまで頭が悪かったか……?


「助けてやってもいいが、条件がある」

「はぁ!? なんだよ!?」

「簡単なことだ。俺や俺と親しい者に二度と手を出さないと、この魔具に誓ってもらう」


 俺はそう言って、小さくて怪しい髑髏どくろの置物を、ポケットから取り出す。

 これは昔、魔王軍が街に攻めてきた際に、守ってやった変なじいさんからもらったものだ。


「な、なんだよ、それは……?」

「この髑髏に誓ったことをやぶれば、その者の命を奪う魔具だ。だからこそ、お前にはこの魔具に誓ってもらう」


 まぁどうせインチキなものだろうから、そんな効果はあるはずがないんだが。

 なんせ、本当に怪しさすら感じる、変なじいさんだったからな。

 あんな人間の言うことを真に受けるほど、俺も馬鹿ではない。


 だからこれは、剣哉が俺たちに手を出そうと思わないようにするための、脅しでしかなかった。

 命がかかっている以上、大丈夫だという確信を持てない限り、俺たちへ手を出せないだろう。


「ふざけんな……! 誰がそんなことを誓うかよ!」


 当然、剣哉は素直に言うことを聞かない。


「おいおい、こんなことも誓えないのか?」

「当たり前だ! お前らは絶対殺してやるからな……!」


「そうか……じゃあ、仕方がないな。俺は自分と大切な人たちを守るために、お前をここで殺しておかないといけない」

「――っ!?」


 そう、なんのためにこんな手間なことをしたのか、という話だ。

 今俺は、剣哉の命を握っている状態であり、あいつに選択肢はあってないようなものだ。


「決断は急げよ? 俺の体力も残り少ないから、いつシールドが消えるかわからないぞ?」

「この卑怯者が……!」

「お前が言うなよ」


 俺が知る中で、こいつはトップクラスに卑怯だと思うんだが。


「ここ熱いなぁ。もう俺だけ戻るか」


 俺はわざとらしく手で顔を仰ぎながら、剣哉に笑顔を向ける。


「お、おい、冗談だよな……? お前がいなくなったら、このシールドはどうなるんだ……?」

「さっきの美奈を守っていたのと同じで、耐久限度が来たら割れて消えるな」


「くそが……! 本当にふざけんなよ……!?」

「おいおい、文句を言う暇があるなら、早く選んでくれよ。あと十秒以内に決めろ」


 このままだといつまで経っても剣哉が決断しないと思った俺は、カウントダウンをすることにした。


「待てよ、そう急ぐな……!」

「十、九、八」


「よ、よしわかった! 俺が国王に、お前へ領地を与えるよう話をつけてやるよ……!」

「四、三、二」


「――っ! わかった! わかったってば! 誓えばいいんだろ!?」


 俺が聞く耳を持っていないと理解した剣哉は、やっと諦めたようだ。


 ほんと、どうしてさっきの条件で俺が呑むと思ったのだろうか?

 俺たちに手出ししないと誓わない以上、土地を与えたところで俺を殺して奪い返そうと思っているのが、バレバレなのに。


「間違えるなよ、チャンスは一度だけだからな? もし変なことを言ったら、その時点で俺はシールドを消す」

「ちっ……俺は、和輝と和輝の親しい奴に、二度と手を出さないことを誓う……」


 ――ブォーン。

 剣哉が誓うと、髑髏の目が不気味に光り、変な音がした。


 ……おっと?

 いや、まさかな……?


「これでいいんだろ!? 早く助けてくれ……!」


 俺が髑髏を見つめていると、剣哉が助けを求めてきた。

 このまま放置しておくのも面白いが、生憎女神様に殺すなと言われている。

 だから、ワープホールで俺のところまで戻してやった。


「早く出してくれ……!」

「心配しなくても、俺がいなくなればシールドは時間で消えるさ」


 どれくらいで消えるのかは知らないけどな。

 自分がいなくなった場合のやつだから、実際確認したことはないのだし。


 ただ、俺が体力を供給しなくなるから、永久ではないというのがわかるだけだ。


「お前が消せばいいだけだろ!?」

「なんで俺がそこまでしないといけないんだ? あぁ、そうそう。お前が攻撃しまくっても、美奈の時のように壊れるな。ということで、自分で頑張って抜け出して、地上まで戻ってきてくれ」


 一度来たことがある火山の洞窟だ。

 強いモンスターも沢山いるが、剣哉なら問題なく自力で地上に戻ってくるだろう。


 まぁかなり深い位置まで潜っているから、日にちは結構かかるだろうがな。


「じゃあ、そういうことで、頑張ってくれ」

「ふざけんなぁああああああああああ!」


『ワープホール』を作って笑顔で手を振ると、剣哉はたいそう悔しそうに叫ぶのだった。

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