第13話「単純馬鹿には罠を張ればいい」

「――や、やめてお兄ちゃん!! この子たちを殺さないで……!」

「だったら、早く和輝の居場所を教えろ……!」

「だから、知らないんだってば……!」


 美奈たちのもとに戻ると、容赦なくスキルを叩きこんでいる剣哉から、美奈が身をていしてモンスターを守っていた。

 おかげで、俺が張ったシールドは崩壊寸前だ。


「あの馬鹿……説得どころか、ロクな時間稼ぎもできなかったのか……」


 最初から説得に期待などしていなかったが、少なからずやりとりで時間を稼いでくれると思っていた。

 それなのにあのシールドの消耗具合から見て、俺が月夜をさらってからすぐくらいに攻撃されているだろう。


 幸いなのは、剣哉の性格が豹変ひょうへんしていることによって、王国軍が戸惑っていることだ。

 それによって、モンスターへ攻撃されることがなく、美奈は剣哉の攻撃にだけ集中できていた。


 ただ――それでも、まさかあの美奈が剣哉の攻撃についていっているとは……。


 腐っても、魔王を討伐した英雄の一人というわけか。

 おそらく、大切なモンスターが狙われているという極限状態が、集中力を最大限まで引き上げているのだろう。

 まぁ、剣哉が怒りに任せて攻撃しているため、動きが単調というのもあるだろうが――それでも、並大抵の奴ならあの動きにはついていけない。

 戦闘スタイルの関係上、美奈自身が戦うところを見たことがなかったが、剣哉の妹だけあってセンスはあったようだ。


 そう、観察していると――。


「あっ……!」


 俺が美奈に張っていた『アブソリュートシールド』が、パリンッと割れてしまった。

 ついに耐久限度を迎えたようだ。


「――っ!」


 美奈は覚悟するかのように、ギュッと目を瞑る。

 逆に剣哉は、ニヤッと笑みを浮かべて、大剣を大きく振りかぶる。


 そして、振り下ろすが――。


「させるかよ、『アブソリュートシールド』」


 美奈の前に新たなシールドを展開させて、剣哉の剣を弾いてやった。

 俺がいる限り、美奈を殺させたりはしない。


「くそが、またこれかよ……!」


 新たなシールドが目の前に現れたことで、俺が戻ってきたとすぐに察したんだろう。

 少し離れたところにいた俺を、剣哉が怒り狂った表情で見てきた。

 もはや、勇者として皆を慕わせた偽りの表情なんて、面影おもかげがない。


「たくっ……妹を本気で殺そうとするなよ」

「ざけんな……! 毎回毎回、俺の邪魔ばかり……!」


 美奈の背後から近づいた俺に対し、剣哉は大剣の切先きっさきを向けてくる。

 完全に目が血走っていて、明らかに様子がおかしい。

 怒りで我を忘れているようだ。


「か、和輝……!」


 俺に気付いた美奈が、ギュッと抱き着いてきた。

 涙を流しながら、全身を震わせている。

 怖かったのだろう。


 それも仕方がない、自分から剣哉の最強スキルを受けに行っていたのだから。

 むしろ、自分の身を呈してモンスターを守ろうとしたのは、少しだけ見直した。


 本当に少しだけだが。


「下がってろ、後は俺がやる」

「うん……」


 美奈はおとなしく俺の背中に隠れる。

 これでようやく美奈もわかっただろう。

 自分の兄を信じてはいけないと。


「和輝、月夜はどうした……!」

「邪魔してこないよう、とあるところで遊んでもらってるんだよ。だから、月夜の助けは期待しないほうがいいぞ?」

「舐めるな……!  はなからお前なんか、俺一人で十分なんだよ!」


 まったく、学習しないなぁ。

 天界で俺にやられたことを、もう忘れているのか?


「そんなことより、王国軍の前でも猫を被っていないようだが、どういうつもりだ? あんだけいい人ぶっていたのによ」

「はっ、いいんだよ! 歯向かう奴は全員操ってやるからな!」


 なるほど、つまり剣哉はまだ知らないのか。

 自分の《魅了》が、複数人に同時使用はできないということを。


 これは、後が見ものだな。


「勇者様、何をおっしゃってられるんだ……?」

「俺たちを操る? どうやって……?」

「しかも、美奈様を本気で殺そうとしていなかったか……?」


 やはり、近くにいた王国軍からは、剣哉に対して疑念を抱く言葉が聞こえてきた。


 それもそうだろう。

 今までとは別人のような性格になっていて、目の前で実の妹を殺そうとしているところなんて見てしまったら、人間性を疑わずにはいられない。


 ふと気になるのは――剣哉は、今まで巧みに本性を隠してきた。

 それなのに、こんな大勢の前で本性をさらすのか?


 いくら《魅了》があるとはいえ、まとめて一度でかけられるなんて思ってないだろうから、一人一人にかけていくという時差のリスクがある。

 そこを考慮しないなんてありえるのか?


 何より、明らかに沸点が低いし、怒りに任せた行動が多いことも気になる。

 やっぱりこう考えてみると、魔王を討伐してからの剣哉は何かおかしい。


「美奈、モンスターはお前の言うことしか聞かない。今度こそ、説得するんだぞ?」


 俺は剣哉のことを警戒しながら、小声で美奈に話しかける。

 もちろん、視線は剣哉に向けたままだ。


「でも、お兄ちゃん、話を聞いてくれないの……」

「いや、あいつじゃなくて王国軍だ。今なら、こちら側につけれるかもしれない」


 剣哉は勇者として知られているが、美奈だって世界を救った英雄の一人として知られている。


 その上、剣哉が怪しい言動をしているのだ。

 美奈がモンスターに手を出さないようお願いすれば、王国軍は言うことを聞く可能性が十分に考えられる。


 別に、裏切れと言っているわけではないのだから。

 ただ黙って見ていてくれれば、それでいい。


「和輝は……?」

「あいつを排除して、モンスターを逃がす時間を作る。それまで時間稼ぎをしてくれ」


 このまま『ワープホール』を作ってモンスターを逃がそうとしても、十中八九剣哉が邪魔をしてくる。

 だから、邪魔をされない状況を作らなければいけないのだ。


 本当は、らえてから地獄に送ってやりたいところだが……地獄の管理を担当する女神のお願いなんて、凄くリスクが高そうだ。

 少なくとも、今すぐに交渉というのは無理だろう。

 となれば、剣哉がなかなか戻ってこれないところに連れて行くしかない。


『テレポート』では行ったことがある場所・・にしか行けないため、剣哉がどこにいるか知らなければ、月夜も助けには行けれないのだから。


「ごちゃごちゃ話してるんじゃねぇぞ……!」

「短気すぎんだよ、体力馬鹿が……!」


 まだ話しているというのに、剣哉がまた最強スキルを使ってきた。

 俺は防ぎながら、剣哉の隙を狙う。


 本当は、美奈のモンスターが剣哉へ不意打ちをしてくれたらいいのだが、その際に切られて殺されても困る。

 そのため、下手なことはできない。

 攻撃を防ぎながら、隙ができるのを待つしかないだろう。


 しかし――剣哉は一度やられているせいで、明らかに『ワープホール』を警戒していた。

 これでは、先に俺の体力が尽きる。


 仕方がない、美奈には恨まれるだろうが――。


 俺は自分の前に『アブソリュートシールド』を展開しながら、右手を美奈のお腹へと回す。


「ふぇっ!? か、和輝、なんで……!?」


 美奈はへそを出している服なので、じかに肌を触ってしまったからか、顔を赤くしながら俺の顔を見上げてきた。

 だけど、俺は気にせずそのまま『ワープホール』を展開し、美奈を連れて飛び込む。


「どこに逃げた!?」


 俺たちがいなくなったことで、剣哉はあたりを見回して警戒しだす。

 また不意打ちをすると考えているのだろう。


 だけど俺は、美奈の口を手で押さえながら、チャンスを窺っていた。


「くそが、出てこないならこいつらを殺すだけだ……!」


 俺たちをおびき出すためだろう。

 剣哉は、一番近くのモンスターへと飛び掛かった。


 しかし――


「――まったく、単純で助かるよ」

「なにぃいいいいい!?」


 突如として目の前に『ワープホール』が現れたことで、剣哉が驚愕きょうがくした。


 実は、剣哉がモンスターに飛び掛かろうと踏ん張った瞬間、俺はそのモンスターの前に『ワープホール』を展開していたのだ。

 だから、地を蹴ってから『ワープホール』に気付いた剣哉は、空中ではもう止まることができず、自ら『ワープホール』に飛び込んでしまった。


 あれだけ単純な行動をとるということは、まだ俺たちのことを舐めていたのだろう。

 さて、そのことをこれからじっくりと後悔してもらおう。

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