第12話「ウィザードへのおしおき」

「それで、和輝はどこかな?」

「えっ、和輝は後ろに――あれ……?」


 美奈は後ろを振り返り、ワープホールが消えていることに気付いたようだ。

 当然俺がこないと思って、完全に固まってしまった。


「ゆ、勇者様、こっちです……! 和輝様が、ここに……!」

「おいおい、ばらしてくれるなよ」


 せっかくいい感じに美奈がおとりになったのに、王国軍の一人が慌てたように俺を指さしたことで、和輝と美奈――そして、俺の目の前にいた月夜の視線がこちらに向く。


「和輝……!」

「お前は後だ。先にこっちの用事を済ませる」


 剣哉がこちらに飛び掛かってくるが、俺は既にワープホールを月夜と自分の足元に作り出していた。

 そのまま、月夜が魔法を唱えられないよう口を塞ぎ、ワープホールへと落ちていく。


「…………!」


 月夜は口を塞がれているので、懸命に剣哉へと手を伸ばす。

 しかし――いくら勇者といえど、距離が結構空いているので、もう間に合わない。


「待て、和輝……!」

「だからお前は後だっての。お前は妹と楽しく談笑しておけよ、じゃあな」


 俺はそのまま、月夜と共に魔光石で薄暗く光る、洞窟へと移動した。

 とあるモンスターを指定して飛んだのだが、うまくいったようだ。


「こ、ここは……?」


 月夜は怯えたように、キョロキョロと洞窟内を見回し始める。

 すると――月夜の足に、触手が絡みついた。


「ひっ!? な、なにこれ!?」


 月夜は青ざめ、慌てて触手を外そうとする。

 しかし――その手も触手に捕まり、みるみるうちに両手両足とも絡めとられた。


「か、和輝、いるのでしょう!? 助けて……!」


 一緒に移動したので、俺がいることはわかっているようだ。

 だけど、わざわざ助けてやるつもりはない。


「悪いけど、お前は邪魔なんでな。俺と剣哉のケリがつくまで、モンスターに遊んでもらってくれ」

「じょ、冗談でしょ……?」


 月夜は引きつった表情で俺の顔を見てくる。

 不意打ちを喰らうことが今までほとんどなかったからか、咄嗟の判断が鈍い。

 今のうちに魔法で抜け出していれば、助かったのに。


「いたっ……!」


 黙って見つめていると、月夜の首筋に細い触手が刺さった。

 完全に獲物として認識されたようだ。


「嘘でしょ、これって……」


 青ざめていた月夜の表情は、みるみる絶望のものへと変わる。

 昔のトラウマがよみがえったのだろう。


「この体が熱くなっていく感覚に……触手の先についてる沢山の羽毛みたいな綿……や、やっぱり、そうなのね……! 和輝、いえ、和輝様……! お願いよ、助けてください……!」


 月夜は触手から逃げようとジタバタしながら、涙目で俺に助けを求めてくる。

 まだこの世界に来たばかりの頃、剣哉の不注意によって月夜は、このモンスターにたいそう酷い目に遭わされたので、それも仕方がない。


「よく俺の隣の部屋で、わざと聞こえるように剣哉とよろしくやってたんだ。いいじゃないか、モンスターに相手してもらっても」


 ほんと、よく人の睡眠の邪魔をしてくれたものだ。

 おさかんだった以上に、俺に対する当てつけだというのがわかっていたので、余計腹が立つ。


「あ、あれは、剣哉がわざとやっただけで、私は恥ずかしかったんだから……! 私の意思じゃないの……!」

「知らねぇよ。あまり時間がないから、俺はもう行く」

「待って! お願い、私死んじゃう! ねぇってば……!」


 月夜は必死に呼び止めようとするが、俺は背中を向けた。

 助けるくらいなら、わざわざこんなところにこない。


「この、悪魔……! 鬼――ひゃっ……! だ、だめ、そんなところ触らないで……!」


 月夜が俺に罵声を浴びせてきている最中、声が甲高いものへと変わった。

 視線を向ければ、月夜の服が触手によって引き裂かれ、性的部分を刺激し始めている。


 このモンスターは、触手系の中でもトップクラスに危険視されており、ヒューマンやエルフ、ビーストマンの体液が大好物だ。

 そのため、効率よく摂取せっしゅしようと、獲物に媚毒びどくを打ち込んだ後、ああやって性的刺激を与えてくるのだ。


 しかし――このモンスターの恐ろしいところは、そこじゃない。

 一番怖いところは――。


「あ、あははは……! だめ、ひゃはは……足の裏くすぐらないで……! ひぃっ――!? ひゃ、ひゃめてぇ! わきはもっとだめぇ! いひひひ!」


 あぁいうふうに、触手の先にある綿を使って、くすぐってくることだ。

 昔、誤ってこのモンスターの巣に落ちた月夜を助けた時は、全身汗だくになって伸び切っていた。

 だから、みんなから――特に、女性から凄く恐れられているのだ。


 まぁ獲物を食べることはないので、こっちの用事が終わって助けに来ても、生きているだろう。

 このモンスターに殺される時は、脱水症状によるものらしいからな。


 ただ一つ惜しむらくは――この光景を撮っていれば、高く売れただろうな……ということだ。

 さすがにそこまで鬼畜ではないので、やる気はないが。


「きゃ、きゃずき……いひひひ! おねがい……ひはは、たしゅけてぇ……!」

「ちゃんと後で、助けに来てやるさ。じゃあ、がんばってくれ」


「そ、そんなぁ……あはは! おかしくなりゅう……きひひひ、これじぇったいおかしくなりゅからぁあああああ……!」


 月夜は、敏感な部分を無数の触手に刺激されている上に、くすぐられているため、普段のおっとりとした大人のお姉さん感が台無しになっている。


 まぁ無理もないのだが。

 確か、このモンスターの媚毒は感覚を十倍にするんだったか?


 体感したことがないので、どれくらいのものかよくわからないが。

 とりあえず、これで月夜がテレポートで助けに来ることはないだろう。


 俺は触手に好き放題される月夜を横目に、美奈のもとに戻るのだった。

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