第11話「いい薬になるでしょ?」

「や、やだやだ! 和輝、早くお兄ちゃんのとこに行こ……!」


 女神様の態度を見て冗談じゃないと思った美奈が、俺にすがりついてくる。

 自分の大切なモンスターが殺されないよう、剣哉を説得するつもりのようだ。


「このまま行けば、みすみす俺たちが殺されるだけだぞ?」

「お兄ちゃんは、そんなことしない!!」


 やっぱり実の兄妹である以上、美奈はまだ剣哉のことを信じているらしい。

 女神様に一度脅されたとはいえ、やはり根っこはそう変わるものではないようだ。


 だからこそ、美奈にわからせる必要があるだろう。

 自分の兄の、本性を。


「いるのって、剣哉と月夜だけですか?」

「いえ、王国軍も五千人いますね」

「五千……!?」

「それだけ本気のようですね」


 なるほど、俺がどこから現れてもすぐわかるようにしているわけか……。

 よほど怒り心頭のようだ。


「いくら勇者という立場であっても、それだけの兵は普通動かせないでしょ。王様に魅了をかけましたか?」

「えぇ、その通りです」


 となれば、今、月夜はシラフなのか。

 魅了されていた時の記憶があるのか気になるが、まぁあいつの場合元から剣哉の言いなりのところがあったから、そう大差ないだろう。

 問題は王国軍とは言っても、ヒューマンの国は結構あるから、どこの国かだが――おそらく、アルカディアだろうな。

 あそこの姫様は絶世の美女で、何度か剣哉が言い寄っているのを見たことがある。


 勇者という立場を使っても相手にされなかったみたいだから、もしかしたら剣哉が魅了を手に入れた理由は、その姫様を落とすためだったのかもしれない。


「そんなこといいから、早く行こうよ……!」

「そういうわけにもいかないだろ。このまま行けば、袋のねずみだ」


 せめて、月夜を封じることができれば――そうか、あの手があるか。


「女神様、殺しさえしなければ、何をやってもかまいませんか?」


 一応、女神様に確認をとっておく。

 俺がこれからすることは、非人道的だからだ。

 多分、ほとんどの人間が俺をクズ呼ばわりするだろう。


「まぁ殺生せっしょうをしないのであれば――目を瞑りましょう。そもそも、女神という立場で直接下界に関与することは、基本的に禁止されていますので」


 女神という立場、という言い方が気になるが、どうやら怒られることはなさそうだ。

 魔王討伐に関わることは、特別事項として許可されているんだろう。

 となれば、今俺がここにいることが一番問題なんだろうな。

 魔王関係のことは終わっているし、思いっきり個人的な理由で来ているのだから。


 ――まぁ怒られるまで、遠慮なく来るけど。


「何をする気……?」


 俺の発言で良くないことをするとわかったようで、美奈が警戒したように俺の顔を見つめてくる。

 この警戒心があるなら、剣哉の脅威にも気付いていてほしかったところだが……。


「厄介な奴を排除するだけだ。お前は剣哉を説得できるなら、説得しろ。少なくとも、モンスターを殺されないようにな」


 いくら王国軍の人数がいるとはいえ、死線を潜り抜けていない奴らばかりなので、チート能力を持つ美奈相手にはたばになっても勝てないはずだ。

 だから、剣哉さえ足止めできれば、モンスターを殺されることはないだろう。


「そうやって、殺される殺される言わないでよ……! お兄ちゃんは、殺したりしないから……!」

「そっか、じゃあ行かなくてもいいんじゃないのか?」


 若干イラッと来たので、俺は腰を下ろした。

 これはいわば、美奈のために動こうとしているのだ。

 正直俺には関係ないので、こいつがこの態度なら、わざわざ力を貸す必要はない。


 しかし――。


「だ、駄目……! お願い、行こ……!」


 美奈は途端に焦り始めた。


 こいつは、気付いていないのだろうか?

 自分の中で、矛盾が発生しているということに。


 剣哉が自分を殺したりしないと思うなら、美奈が大切にしているモンスターにだって、手をかけるはずがない。

 それなのに焦るということは、結局剣哉のことを信用していないのだ。


 ……まぁ、本能で危ないと察しているのかもしれないが。


「じゃあ、『ワープホール』を作ってやるから、お前は剣哉を説得しろ」


 そう言って、俺は『アブソリュートシールド』を変形させて、鎧のように美奈の体を覆いかぶせる。

 俺が離れることになるので耐久力に限界はあるが、それでもある程度の時間稼ぎにはなるだろう。


 その分、ごっそりと俺の体力が持っていかれたが。


「よく考えたら、俺今日どんだけこれ使ってるんだよ……。あの体力馬鹿め、日を改めてくれればよかったものを……」

「そう言いながらも、きちんと守ってあげるのですね?」


 ブツブツと文句を言っていると、女神様がニコッと笑顔を向けてきた。


「美奈が死んだ場合、俺が怒られるんでしょう?」

「そうですね、あなたはシールドマスターですから。守れなければ、価値がないと思います」


 うん、こんなことをシレッと言ってくるから、この女神様はやっぱり怖い。

 今度から心の中で、悪魔と呼んでおこう。


 そう思いながら、俺は剣哉に繋がるワープホールを作り出した。


「ほら、行けよ」

「か、和輝は……?」


 一人で行くのは怖いのか、美奈が怯えたような目で見てきた。

 本当に、威勢がいいのか、臆病なのか。

 俺は美奈の保護者じゃないぞ……?


「俺も行く。だから早く入れ」

「そっか……」


 美奈は安心したように、ワープホールをくぐった。

 それを見た俺は、別のワープホールを作り出す。


「悪いお人ですね」

「いい薬になるでしょ?」


 仕方がなさそうに笑う女神様に対して、俺は笑顔で返しておいた。

 あいつが剣哉を選んだんだ。

 怖い思いをしても、自業自得だろう。


 そうして、ワープホールをくぐると――


「――やぁ、美奈。待っていたよ」

「お兄ちゃん、私のモンスターを殺すなんて、嘘だよね……?」


 笑顔の剣哉と、顔色を窺うように上目遣いの美奈が話していた。




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【あとがき】


読んで頂き、ありがとうございます(*´▽`*)


次の話は、ちょっと(?)過激です

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