第9話「妙な胸騒ぎ」

「動画配信者になるってこと……?」

「あぁ、そうだよ。話した通り、俺は好きな世界を渡り歩ける力を手に入れてる。だからこの力を使って異世界配信をしたら、多くの人に見てもらえると思うんだ」


 死んだことになっていた俺は、間違いなく学校では退学になっているし、これから就職などを考えてもいいところでは働けない。

 だけど、動画配信者であれば、動画を撮る機材と編集できる環境さえ揃っていれば、なれるのだ。


 何より俺たち世代だと、将来なりたい職業ランキングの一位はずっと動画配信者だった。


 当然俺も、一度は夢見たものだ。

 昔はよく、まじめで頭がよかった白羽を勧誘したりもしていた。


 その頃は『ちゃんと勉強して大手企業に入りましょう』って断られ続けたけど、今の状況ならわかってくれると思う。


「確かに、それはいい案だと思うけど……」


 やはり、白羽は前向きな姿勢を見せた。

 しかし、何か引っかかることもあるようだ。


「その話してた女神様は、怒らないの……? 他の世界の情報を発信するなんて、普通は怒られそうな気がするけど……」

「あぁ、その点は心配いらないよ。俺がすることを見抜いていて、応援してくれていたくらいだし」

「そう……さすが女神様ね。懐が深いわ」


 うん、懐は深くて優しいとは思う。

 だけど、優しいだけではない。

 あの人は普通に怖いところもある、と俺は思っている。


「それでどうかな? 一緒にやってみないか?」

「えぇ、私としては願ってもないわ。今の私は、引きこもりになってたから……」


 白羽は自嘲じちょうするように笑みを浮かべた。

 きっと後悔しているんだろう、引きこもっていたことを。


 でも、これから前を向いてくれるならそれでいい。

 動画配信者になれば学歴も関係ないのだし、それで収益を得られれば、白羽のためにもなる。


「多分、動画編集を手伝ってもらうと思う。もちろん、俺も覚えてやるけどな」

「動画編集なら任せてくれてもいいわ。中学の頃勉強して覚えたから、復習と新しい技術を勉強すれば、ある程度の動画は作れると思う」


 そう言って、白羽はドヤ顔になった。

 意外にも、編集の勉強をしていたらしい。


「知らなかった……中学の頃は、学校の勉強ばかりしてたと思ってたのに」

「そりゃあ隠れて――いえ、なんでもないわ……」


 口が滑った――そう言わんばかりに、白羽は口を手で押さえる。

 俺が動画配信者を目指していたから、口では否定していても、隠れて頑張ってくれていたらしい。

 相変わらず素直じゃないけど、優しい子だ。


「なんで付き合ってないか、よくわかった……」

「ん? 美奈、なんか言ったか?」


 何かボソッと呟いた気がし、俺は美奈のほうを見る。

 だけど、美奈は首を左右に振った。


「なんでもない」

「ふ~ん?」


 まぁ、言わないのならいいか。

 それにしても、本当におとなしくなったな。

 これくらい静かにしていてくれれば、ストレスもないのだが。


「えっと……和輝、異世界って私も行ったら駄目……?」


 美奈のほうを気にしていると、白羽が俺の服の袖を指で摘まんで、上目遣いに尋ねてきた。


 異世界の動画配信をすると言えば、絶対にこれは言ってくると思っていた。

 なぜなら、こう見えて白羽は漫画やアニメが大好きで、結構オタクなのだ。

 学校では、それがバレないよう完璧な優等生を装っていたけど、幼馴染の俺は知っている。


「危険だぞ?」

「それは、わかってるんだけど……」


 まぁ異世界に行ける機会なんて普通はないのだから、行きたがるのはわかる。

 幸い俺の能力なら、白羽を危険に晒すことはないだろう。


「いいよ、俺が守るから。一緒に行こう」

「ほんと!?」


 俺の言葉を聞くと、白羽は目を輝かせて嬉しそうにした。

 よほど行きたかったらしい。


「その代わり、撮影を任せるかもしれないけど……」

「えぇ、動画に出るよりは、そっちのほうがいいわ」

「じゃあ、そういうことで――美奈も、協力してくれるよな?」


 白羽との話がまとまりそうだったので、俺は美奈のほうに視線を戻す。

 すると、美奈は不満そうに唇を尖らせながら、口を開いた。


「えぇ……私、いらないじゃん……」

「美奈のテイムで、モンスターを手懐けてほしいんだ。そしたら、動画映えする映像を撮りやすいだろ?」

「なんで私が……」


「まぁ嫌ならいいけど――住む場所に困ってもいいならな?」

「――っ」


 わざとらしく笑みを向けてやると、美奈は息を呑んだ。

 自分の立場を思い出したのだろう。


「年下相手に、可哀想じゃない……」

「いいんだよ、これくらいで」


 白羽が同情したような目で美奈を見たが、俺は気にしない。

 散々酷いことをされてきたんだ。

 それを償うまでは、俺の言うことに従ってもらう。


「それよりも、まだおばさんの許可をとれてないし、話をつけてくれるか? 俺がいると邪魔だろうから、ちょっと出てくるよ」

「えっ……す、すぐ帰ってくるよね……?」


 俺が立ち上がると、美奈が不安そうに服を掴んできた。

 いなくなることを恐れているように見える。


「心配しなくても、ちゃんと帰ってくるよ。すぐには無理かもしれないけど、あまり遅くならずに戻ってくるから」


 白羽が寝不足になっているのは明らかなので、夜更かしはさせたくない。

 だから、早めに用事を済ませる必要があるだろう。


「どこに行くの……?」


 俺の行き先が気になるようで、美奈が恐る恐るといった感じで尋ねてきた。


「異世界って言っても、俺たちがいたところには行きたくないからな。なるべく安全で、モンスターとかもいる世界を、女神様に聞いてこようかと思うんだ」

「天界にまで好きに行けるの? テレポートでは無理だったのに……」


 テレポートとは、月夜の魔法スキルの一つだ。

 あれは魔力という特別な力を大きく消費する代わりに好きな場所に飛べるが、天界には行けなかった。


 まぁ月夜の場合、魔力を消費せずに魔法が使えるっていうチート能力だったので、天界以外は好き放題行きまくっていたが。


 ちなみにだけど、魔力は限られた人間しか持っていないため、魔力を持たない人間はウィザードにはなれないのだ。


「俺のはテレポートじゃないから、普通に行けるな」

「なんか、和輝ばかりずるい……」


 考えてお願いしないからだ――と、偉そうなことは言えないか。

 俺の場合、女神様が助言してくれたり、おまけをくれたりしているのだから。


「そういう願いをしたんだから、いいだろ」

「まぁ、それはそうだけど……。それよりも、向こうの世界には行きたい……。だって、あの子・・・たちにエサをあげに行きたいもん……」


 美奈は、好きなモンスターをテイムできるが、対象は一体だけだった。

 だけど一度テイムしたモンスターはずっと美奈に懐くので、とある一体を除いて、王様からもらった広い土地で飼っている。


 そのモンスターたちにエサをやりに行くのは、欠かしたくないようだ。

 時計を見れば、美奈がエサをやりに行く時間を過ぎていた。


 いつもは月夜のテレポートで行っているが、ここでは俺以外行く方法がないため、どうするかは俺次第だ。


「気持ちはわかるが、放っとけば自分たちでエサをどうにかするんじゃないのか? 向こうに戻って、剣哉と鉢合わせした時どうする?」


 そう言っていて、ふと自分で疑問に思った。

 あちらには月夜がいて、望めば剣哉は一瞬にして美奈のモンスターのところへ行ける。

 怒りをぶつけるべき俺たちがいない今、美奈のモンスターにあいつは手を出さないのだろうか?


「でも、せっかくモンスターと話せる力を手に入れたし……」

「あぁ、わかった。女神様と話した後、連れて行ってやるよ」

「い、いいの!?」


 妙な胸騒ぎがしたので行くことに決めると、美奈は意外そうにしながらも、パァッと表情を明るくした。

 なんというか、少しだけ白羽と重なってしまうところがある。


 まぁ白羽は黒髪のストレートロングに対して、美奈は金髪のツインテールなので、似ても似つかないのだが。


「エサやりくらいなら、時間もそうとられないだろ。それじゃあ白羽、行ってくるよ」

「え、えぇ、お母さんは絶対説得しておくわ」


 白羽が渋々頷いたのを見て、俺はワープホールを作り出す。

 それを見た白羽が目を見開いて驚いていたが、俺は手を振ってワープホールへと入った。


 そして、天界に出ると――

「ふぇっ――!?」

 ――女神様が、シュークリームらしきものを頬張っていた。


 いや、うん……これは俺、やらかしたか……?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る