第7話「衝突する二人」

「和輝……和輝なんだよね……?」


 白羽は口元に手を当てながら、涙を流して尋ねてくる。

 二年ぶりとはいえ、別人のように変わってしまっていた。

 よく見れば、目の下にクマもある。


「あぁ、和輝だよ。久しぶりだな」

「和輝……!」

「おわっ――!」


 いきなり白羽が飛び掛かってきたので、俺は慌てて抱きとめる。


「し、白羽……?」

「ごめん、ごめんなさい……! 私のせいで、あんなことになって……!」


 白羽は子供のように泣きながら、謝ってきた。

 おそらく、二年前のことを言っているのだろう。

 ずっと引きずっていて、こんなふうにやつれてしまったのかもしれない。


「謝らなくていいよ。俺はこうして無事なんだから」

「でも、私を庇って……トラックにかれたのに……! 和輝の体は……バラバラになって……!」


 そう、俺が死んだのは、突然歩道に突っ込んできたトラックに轢かれたからだ。

 とはいっても、白羽を突き飛ばしただけで、俺はどっちみち轢かれていただろう。

 だから、死んだのは白羽のせいじゃない。


「こんな奇跡、あるの……!? 和輝が生きていてくれたなんて……!」

「いろいろあったんだよ。ちゃんと話すから、中に入れてくれるか?」

「う、うん……!」


 白羽は涙を流しながらも、嬉しそうに笑みを浮かべる。

 自分のせいで死んだと思っていた人間が生きていれば、こんな反応になるのだろう。


「あ、あの~? 私のこと、忘れていませんか~?」

 

 せっかくいい雰囲気だったのに、後ろから恐る恐るという感じで手をあげた美奈に、水を差されてしまった。

 というか、普通に忘れていたな。


「誰……!?」


 白羽は美奈を見て、警戒したように身構える。

 格好が格好だし、身構えるのはわかるのだけど――なんか、若干不機嫌になっていないか……?


「えっと……どう説明したものか……」

「ま、まさか、彼女なの!?」


 いったいどう勘違いしたらそうなるのか、白羽は目を見開いて俺に尋ねてくる。

 すると――。


「だ、誰がこんな奴の彼女よ……! 違うに決まってるでしょ……!」


 俺が否定するよりも早く、美奈が否定をしてしまった。

 ムキになっているようで、顔が少し赤くなっている。

 これはこれで、勘違いされそうな態度だ。


「こんな奴って何よ……! 和輝の何を知ってるっていうの……!?」

「いや、あの、二人とも……ここ、玄関だから……」


「ふん、あんたこそ、なんだっていうの!?」

「私は和輝の幼馴染ですけど!? 和輝のことなら、なんだって知ってるんだから……!」


 俺の声が聞こえていないのか、なぜか白羽と美奈がバチバチと火花を飛ばし始めた。

 こうなると近所迷惑になるので、俺は仕方なく美奈の背中を押して中に入れ、玄関のドアを閉める。


「幼馴染って、別に自慢できるようなものじゃないから!」

「なんですって!?」


「そうやって庇ったり、生きてることに号泣するくらいなのに、幼馴染で終わった関係ってことでしょ!?」

「そ、それは、訳があったというか、タイミングを窺ってたっていうか……! てか、号泣してない……!」


 白羽と美奈はおかまいなしに言い合いをしてしまう。

 おばさんは、いつの間にか物陰に隠れながらこっちを見ていた。

 まだ、俺をお化けだと思っているようだ。


「白羽も美奈も落ち着いて。これじゃあ、話ができないだろ?」

「下の名前で呼び捨て……!?」

「和輝こそ、なに口調優しくしてるの! 猫かぶるな!」


 仲裁に入ったはずなのに、なぜか二人の矛先が俺に向いてしまった。

 二人ともそれぞれ違うところを気にしているようだが、このままだと俺が責められそうだ。


「猫を被ってるんじゃなくて、もとから俺はこの口調だよ」

「嘘、いっつも冷たい言い方をしてくるくせに!」


 それはお前や、剣哉たちが嫌いだからだ――とは、さすがにこの状況で言えない。


「ちょっと和輝! 説明してよ、この子とどういう関係なの!?」


 美奈の相手をしていると、白羽がグイグイと服を引っ張ってきた。

 やつれているから心配したが、この様子を見るに元気そうだ。

 しかし――。


「あぁ、もうまじで落ち着いてくれ……!」


 これじゃあ伝えたいことも伝えられないので、落ち着いてもらうしかない。


「とりあえず美奈。これ以上余計なこと言うなら、強制的に向こうに帰らせるからな?」

「――っ」


 よりうるさいほうを先に止めることにしたら、美奈が息を呑んで黙り込んだ。

 軽い脅しではあるけど、本当に俺ならやりかねないと思っているんだろう。

 さすがに、そんなことはしないのだが。


「白羽も、説明はするって言ってるんだから、ちゃんと聞いてほしい。その後なら、質問にも答えるから」

「わかった……」


 よし、白羽もおとなしくなった。

 これでやっと、話ができそうだ。


「おばさん、お邪魔するね」

「――っ! ど、どうぞ……」


 一応おばさんに断っておくと、かなり怯えている目で頷かれてしまった。

 昔はあんなにも良くしてくれたのに――結構ショックだ。


「ご飯とかちゃんと食べてなかったのか?」


 俺は階段をのぼりながら、白羽に気になっていたことを尋ねる。


「だって、喉通らなかったから……」

「睡眠は?」

「あまり寝てない……」


 よくこれで、体を壊さなかったものだ。

 こうして戻ってこられたのは、本当に良かった。


「学校には行っているんだよな?」

「……二年前に、やめた……」

「まじか……」


 まさかとは思ったが、やはり学校もやめているようだ。

 なるべく危険な目に遭わせたくないから、誘う気はなかったが――これなら、白羽も俺の手伝いをしてもらったほうがいいのかもしれない。


「…………」

「ん? あぁ、喧嘩しないなら、喋っていいんだぞ?」


 美奈が何か言いたそうな目で見て来ていたので、一応声をかけておく。

 さすがに黙らせ続けるのは可哀想だからな。

 だけど――。


「いい、どうせ怒られるから」


 どうやら、言葉にするつもりはないようだ。

 いったい何を言いたかったのかは気になるが――どうせ、ろくなことじゃないだろう。


 俺たちはそのまま、白羽の部屋を目指すのだった。

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