第6話「変わり果てた幼馴染」

「――家が、ない……!?」


 夜になり、美奈の言う通りの地点に飛ぶと、そこに家はなかった。

 美奈が動揺するのも無理はない。


「本当にここで間違いないのか?」

「間違えるはずないじゃない……! 十四年間も住んでたんだから……!」


 美奈は今十六歳になっている。

 二年前に異世界に行ったことを考えると、十四年住んでいたことになるのだ。

 さすがに間違えるわけがないか。


「となると、引っ越したのか……?」


 家がなくなっているなら、そう考えるしかない。

 しかし――。


「違う……。お父さんも、お母さんも、死んでるんだ……」


 美奈は、そう考えていないようだ。


「は? 何言って――」

「私、車で家族旅行してる時に、事故って死んだの……」


 なるほど……だから、剣哉と一緒に天界にいたのか。

 そうなると、美奈の言う通り両親も……。


「お父さんもお母さんも天界にいなかったから、生きてると思ってたのに……!」

「まだ死んでると決まったわけじゃないだろ?」

「生きてるはずがないじゃない、私たちが死んでるのに!! うわぁああああん!!」


 よほどショックなのだろう。


 無理もない。

 本当に死んでいるのなら、もう二度と親に会うことはできないのだから。


 もっと早くわかっていれば、女神様にお願いして生き返らせることもできたかもしれないのに……。


 女神様、これが美奈への罰ですか……?


 美奈がこっちの世界に帰らなければ、親が死んでいる事実をの当たりにすることはなかったはずだ。

 罰にしても、少し厳しい気がした。


 とはいえ、まだ美奈の思い込みの可能性もある。

 とりあえず一つ言えるのは、このまま泣かれていると、俺が捕まりかねないということだ。


 なんせ怪しい格好をして、少女を泣かせていると思われるのだから。


 このままだとまずいと思った俺は、再度山に戻って、美奈が泣き止むのを待つことにした。


「――ぐすっ……」

「泣き止んだか?」


 あれからどれくらい経ったのだろうか?

 ようやく美奈の泣き声が止まった。


「んっ……」

「これからお前はどうするつもりなんだ?」

「わかんないわよ、そんなの……」


 それもそうか。

 本当であれば、ここでおさらばできたんだが……。


「俺と一緒に行くか?」


 異世界に戻しても、剣哉の脅威がある。

 そうなると、俺がいなければ抵抗できないため、俺も向こうに戻らないといけない。

 それよりは、このまま一緒に連れ歩くほうがいいと思った。


「どこに行くの……?」

「俺の家に行ってみて、それからどうするかだな」


 正直、俺も家がどうなっているかわからない。

 さすがに美奈みたいなことにはなっていないと思うが、確実に俺の葬式などはおこなわれたあとだろう。


「和輝の家……」

「嫌なら、異世界に戻してやるぞ?」

「いい……」


 どうやら美奈も、死ぬのはごめんらしい。

 となれば、このままついてきてもらうしかないのだが――


「――こうくるか……」


 自分の家まで飛んだ俺は、頭を抱えたくなる事態に襲われていた。


 家はあった。

 ちゃんと俺の記憶にあるものだ。


 しかし――家の鍵が違うから戸惑っていると、家から出てきたのは知らない女性だった。


 そう、俺の両親もいなくなっていたのだ。

 おかげで、俺たちの格好を見た知らない女性には通報されかけるし、帰る場所はなくなったしで、最悪な状況である。


「和輝……」

「さすがにこれは、想定外だな。俺のじいさんとばあさんは両方死んでるし……そうだ、美奈のほうはどうだ?」

「私のところも、死んでる……」

「まじかよ……」


 普通俺たちの年齢なら、両方の祖母が亡くなっていることってそうはないはずだが……世間は広いし、本来別々のところに住んでいた二人がそういう状況にあっても、可能性はなくはないだろう。


 となると……。


「やっぱり、向こうに帰る……?」


 向こうとは、異世界のことだろう。

 あちらも凄く広い世界だったし、このまま帰っても剣哉と鉢合わせする可能性は低いはずだ。


 しかし――さすがに剣哉が、何も手を打ってないとは考えづらい。

 下手すると、俺たちは反逆者か何かに仕立て上げられて、包囲網を張られている可能性だってあるのだ。


「いや、一つだけまだ手はなくもないが……」


 俺はチラッと、隣の家を見る。


 どういうやり方をしても、ビックリさせるよな……。


 だけど、ここまで来たのに、会わずに帰るわけにもいかない。

 正直、親に会うよりもこっちのほうが俺にとっては覚悟がいった。


「ちょ、ちょっと、和輝……!? また通報されそうになるよ……!?」


 隣の家に近付く俺を見て、美奈が慌てだす。


「多分大丈夫だ」


 そう言って、俺はインターフォンを鳴らした。

 少しして、扉は開き――。


「はぁい」


 四十歳くらいの女性が笑顔で出てきた。

 会うのは二年ぶりなのに、だいぶ懐かしく感じる。

 そんな女性は――。


「きゃあああああ!」


 俺の顔を見るなり青ざめて、腰を抜かせたように地面にへたりこんだ。

 そして、家の中を向き、右手を伸ばしながら階段のほうを見上げる。


「し、白羽しろは……! お、おばけ……! かずちゃんのおばけが出た……!」

「いや、おばさん。俺はおばけではないよ……?」

「喋ったぁあああああ!! 白羽、助けて!!」


 そりゃあ、人間なんだから喋るに決まっている。

 おばさんがおばけを苦手としていることを、忘れていた。


 ただまぁ……こんなパニックになっているなら、白羽と話したほうが早い。


「怖がられてるじゃん……」

「仕方ないだろ、俺だって死んだことになってるんだから」


 呆れ顔の美奈に言い返していると、上からドタドタと走る音が聞こえてきた。

 やがてその音は、階段を降りる音へと変わる。


「か、和輝……!? 本当に、和輝なの……!?」


 そうして階段から顔を出したのは――記憶にあった、端麗で誰もが目を惹かれるクールな美少女――ではなく、瘦せこけて顔色の悪い、か細い女の子だった。

 

「白羽、なのか……?」


 変わり果てた幼馴染の姿に、俺は息を呑まずにいられなかった。

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