第5話「純粋な願い」

「――なんで、山の中なの……!?」


 元いた世界に戻った美奈の、第一声は文句だった。

 いや、まぁ、言わんとすることはわかるけど。


「やっぱり和輝、私を犯す気じゃ……!?」

「なわけないだろ。俺たちの格好をよく見てみろよ?」

「あっ……」


 指摘したことで、美奈もこのまま街に行くまずさを理解したらしい。

 俺と美奈は、簡単に言えばファンタジー世界の住人そのものの格好をしているのだ。

 こんな格好のまま街に出たら、変な目を向けられるに決まっている。


「でも、だったらどうするの……?」

「夜になるのを待つ。そうすれば、目立たないだろ?」

「その間、和輝と二人きりってわけ……!? やだよ、暗くなったら襲ってくるかもしれないし……!」


 美奈は自身の胸やお腹を手で隠すようにしながら、距離を取る。

 妄想力がたくましくて何よりだ。


「安心しろ。俺は自分が住んでたとこに行くから、夜になるまで一人で待ってればいい」

「えっ……」


 俺の役目は、こちらの世界に美奈を送り届けること。

 美奈の家があると言っていた場所から、一番近い山に飛んでやっているので、歩いて帰れる距離だろう。

 わざわざ俺が付き合う必要はない。


 しかし――。


「ま、待ってよ……」


 なぜか、美奈は俺の服の袖を摘まんできた。

 警戒して距離を取っていたのに、どういうつもりなのか。


「もう俺はいらないだろ?」

「女の子一人、山に残すのは危険とか思わないの……?」

「普通の女の子ならそうだけど、お前なら大丈夫だろ?」


 魔王を討伐した、勇者パーティーの一員なのだ。

 スキルが使えなくても、一般人に負けたりはしない。


「無理、あの子・・・たちもいないし……!」


 だけど美奈は、そう考えていないようだ。

 あの子たちとは、美奈がテイムしていたモンスターたちだろう。

 美奈はモンスターを操ったり強化したりして、戦っていたのだ。


 ちなみに、美奈はどんなモンスターでも操れるというチート能力を貰っていたけれど、それでは剣哉に勝てない。

 どれだけ強いモンスターを強化したところで、剣哉のチート能力で斬られてしまうからだ。

 だから女神様も、美奈が死ぬと言っていたんだろう。


「そこらへんの動物たちでも操ったらいいんじゃないか? 山の中だし、いのししくらいいるだろ?」


 俺のワープホールが有効な時点で、こちらでもスキルが使える。

 となれば、美奈のスキルも有効だろう。

 まぁ、動物に効くかどうか知らないのだけど。


 魔族はモンスター認定されてないらしく、美奈のスキルで操れなかったしな。


「操れなかったらどうするの……!」

「知らねぇよ」

「――っ」


 言葉で冷たく突き放すと、美奈は息を呑んだ。

 そして、怯えたように俺の顔を見上げてくる。


「勘違いするなよ? 女神様に頼まれたからこうして連れてきたけど、俺はお前のことが嫌いだからな?」

「そ、そんなこと、言わなくたって……いいじゃん……」


 美奈は目に涙を溜め始める。

 どうやら、剣哉とかがいたから偉そうな態度を取っていただけで、一人になると弱気になるらしい。

 だから、俺がいなくなろうとしたら引き留めたんだろう。


「はぁ……お前、自分が今まで俺にしたことを思い出してみろよ?」

「…………」


 呆れながら言うと、美奈は俯いてしまい、何も言い返してこない。

 これじゃあ、俺がいじめているみたいじゃないか。


「まぁ、夜になるまではいてやるよ」

「ほんと……?」


 残る意思を見せると、美奈は顔色を窺うように上目遣いで見上げてきた。

 本当に、異世界にいた頃とは別人のようだ。


「夜になるまでだからな?」

「うん……」


 美奈は渋々という感じで頷く。

 なんだか不満そう――というか、不安そうだ。

 だけど、さすがに俺は保護者じゃないため、これ以上付き合う気はない。


 そうして、夜になるのを待っていると――。


「…………」

「いや、なんでくっついてくるんだよ……?」


 美奈がジリジリと距離を詰めてきて、最終的にはピトッとくっついてきた。


「だって、周りで話し声がしてて……」

「話し声?」


 俺は意識を周りに集中させる。

 しかし、人間が話している声は聞こえなかった。

 ガサガサと草が動いているので、動物はいるようだが。


「人はいないみたいだが?」

「人の声じゃないもん……」


 人の声じゃない?

 となると――。


「動物か? でも、美奈の能力じゃ、モンスターの言葉まではわからなかったはずじゃ……?」

「うん……。なんとなく考えていることがわかるってくらいだったけど……女神様にお願いして、モンスターや動物の言葉がわかるようにしてもらったから……」

「なるほどな……」


 正直、少し驚いている。

 美奈も剣哉たち同様、欲望にまみれた願いをすると思っていたからだ。


 女神様が美奈のことを純粋と言ったのは、少しわかるかもしれない。


「モンスターと話したかったのか?」

「――っ! な、何よ……!? いいでしょ、別に……!」


 俺がからかっていると判断したのか、美奈は顔を赤くして目を吊り上げる。

 照れ隠しに怒っているのだろう。


「いいんじゃないか、別に。少なくとも、俺や剣哉たちの願いよりはマシだ」

「お兄ちゃんの願いはみんなのためになることなのに、なんでそんな言い方するのよ?」


 美奈は敵意を抱いているような目で、先程よりも酷く俺を睨んでくる。

 怖くてくっついてきているくせに、こうして睨んでくるんだから頭が悪い。


 だけど、それだけ兄のことを大切に思っているんだろう。

 騙されているとも知らずに――。


「剣哉の願いは、他人を自分に惚れさせることができる能力を得ることだぞ?」


 騙されているようなので、俺は剣哉の願いを教えてやった。

 それで美奈が剣哉のことをどう思おうと、俺には関係ない。


「な、なんでそんな願いを……? お兄ちゃん、魔王軍にめちゃくちゃにされた全ての街を、女神様に直してもらうんだって言ってたのに……」


 そういえば、魔王を討伐した後に、街の人たちの前でそんなことを言っていたな。

 どうせそんな願いはしないと思っていたから、気に留めてなかったが。


 つまり、みんなに言っていたのとは別の願いを叶えてもらったわけだが、街の人たちには規模が大きすぎて無理だった、とでも嘘を吐くんだろう。


「俺が説明したところで、お前は信じるのか?」

「…………」


 質問に対して、美奈は頷かない。

 これが、今の俺と美奈の関係だ。


 だけど、意外でもあった。

 なぜなら、美奈は首を横に振ることもしなかったからだ。


 剣哉に対して、疑念を抱き始めているのかもしれない。


「話を戻すが、とりあえず夜になるまで我慢しろ。こっちが襲われることはないから」


 俺はそう言って、自分のスキルで美奈にシールドを張ってやる。

 万が一襲われても、これで怪我をすることはないだろう。


「…………」


 意外そうに美奈は見てくるが、俺がいて怪我をさせたとなっては、俺の存在意義がなくなってしまうのだ。

 だから守ってやっているだけで、他意はない。


「……ありがと」


 美奈はボソッと何かを呟いたようだが、小さすぎて何を言ったのかまでは聞き取れないのだった。

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