第4話「女神様からのお願い」
「――おにいちゃんたちは……?」
少しして、若干怯えながら美奈が出てきた。
剣哉に逆らったことで何かされるんじゃないかと、怖がっているのかもしれない。
「先に地上に返したよ。よかったですよね?」
「えぇ、彼らにもう用はありませんので」
美奈の隣に立っていた女神様に尋ねると、女神様は笑顔で頷いてくれた。
よかった、怒ってなさそうだ。
もしかしたら、俺たちが暴れたことにも気付いていないかもしれない。
「なんで、和輝なんかにそんなことができるの……?」
「俺の願いが、そういう系の力だったからだ」
警戒気味に美奈が見てきたので、俺は素っ気なく返す。
それによって、美奈は不満そうにしたが、先に喧嘩を売ってきたのは美奈のほうだ。
「美奈様も、勇者様たちのもとへお帰りになられますか?」
「えっ!?」
女神様が笑顔で尋ねると、美奈は硬直してしまった。
何を驚いているのだろうか?
あいつらがいるところは、こいつが帰る場所だろうに。
「嫌ですか?」
「うん……だって、お兄ちゃんに怒られる……」
「妹なんだから、許してくれるだろ?」
俺が飛ばした時の様子を見るに、そうとは思えないけど。
「お兄ちゃん、変だったもん……。なんか、怖くて……いつものお兄ちゃんじゃない……」
残念ながら、あれが本当の性格だよ。
――と、そんなことをわざわざ言ってやる義理もない。
美奈とも、これでおさらばなのだから。
そう思ったのだけど――。
「では、和輝様と一緒に行動をなされてはどうでしょうか?」
女神様が、とんでもないことを言い出した。
「「はぁ!?」」
思わず、俺と美奈の声がハモッてしまう。
それくらい、お互いにとってありえない発言だったのだ。
「嫌ですか?」
どちらに尋ねているのかわからないが、女神様は不思議そうに首を傾げてしまう。
俺の気持ちなんて、わかっているだろうに。
だけど、俺よりも早く、美奈のほうが口を開いた。
「和輝と二人きりなんて、やだ……! 犯されちゃう……!」
しかも、とんでもないことを言ってくれる。
「はぁ!? おまっ、何を言って!?」
「だって、お兄ちゃんが言ってたもん! 和輝は、お金と立場にものを言わせて、
あんのクソ剣哉ぁ!
それはお前だろうが!!
「俺がそんなことするか!」
「してそうな顔してるもん!」
「人を顔で決めつけるなよ……!」
「まぁまぁ、和輝様。落ち着いてください」
美奈と言い合いをしていると、再度女神様が笑顔を向けてきた。
それも、圧力を感じる笑顔だ。
天界で揉めるな――と、言いたいんだと思う。
「しかし、女神様……」
「和輝様がやりたいことに関して、美奈様のお力はとても役に立つと思うのですが?」
「――っ」
確かに、俺がしたいことに関して、美奈はこの上なくうってつけの人物。
それは間違いない。
しかし――こんなクソガキ、仲間に入れたくない……。
というか――。
「どうして、俺がしたいことを知っているんですか……?」
「お伝えしました通り、下界は覗いていましたので。あなたが一人でいろいろと考えて、口にしていたことは沢山知っていますよ?」
「…………」
女神様は笑みを浮かべているが、目が笑っていない。
まるで、『言いたいことはわかりますよね?』とでも言われているようだ。
多分、俺が他人に知られたくないようなことまで、この神様は知っている。
「悪魔ですか……?」
「女神です」
いや、それはそうだけど……。
やっていることが、悪魔のようだ。
「和輝様が美奈様を嫌がられる理由はわかっていますが、一つだけお伝えしておきますと、美奈様はお兄様のお言葉を信じていらっしゃっただけです。そうですよね?」
そう言って、女神様は美奈を見る。
「そうだけど……」
美奈は、ふてぶてしい態度で目を逸らした。
後ろめたいことがあるのかもしれないが、仮にも女神様相手にこんな態度を取れるのは、こいつくらいだろう。
「良くも悪くも、この子は純粋なのです」
「しかし、そうは言っても……」
「はい、この子が裏であなたの悪評を広めたことは事実ですし、あなたに酷いことをしていたのも事実です。騙されていたとはいえ、その事実がなくなることはありません」
そう、いくら剣哉に騙されていようと、それを信じて行動したのは美奈だ。
騙されていたから――で許せるようなことではない。
「ですから、自分のしてきた過ちを、その目で見ていく必要があるのではないでしょうか?」
「俺にとってのメリットは……?」
「先程、お伝えしたはずです」
つまり、俺の目的のために美奈を利用しろ、ということのようだ。
いや、でもなぁ……いくら女神様の言葉とはいえ、こいつを仲間に入れるのは……。
「わ、私はやだ……! 和輝なんて、信じられないもん……!」
「それでは、死にますか?」
「えっ……?」
駄々をこねる美奈に対し、女神様は真剣な表情で見据える。
「このまま地上に戻れば、数日も経たずにあなたは死にます。それでもよければ、地上へ戻して差し上げましょう」
「――っ」
脅し――とも言い切れない。
女神なら、近い未来くらい見通せてもおかしくないからだ。
「でも、私……」
「少なくとも、和輝様と一緒にいれば、死ぬことはないでしょう。何より、彼と一緒にいれば、元いた世界に帰ることも可能ですよ?」
「えっ!? そうなの!?」
美奈は信じられないものでも見るような目で、俺を見てくる。
おそらく、女神様がこうも手の平返しをしているのは、剣哉が美奈に殺意を抱いていたからだろう。
剣哉のチート能力と渡り合えるのは俺くらいだし……俺に預けたいという気持ちがわからないわけでもない。
こうなってくると、元いた世界に美奈を置いてきたほうがいいか。
そうすれば、女神様もとやかく言わないはずだ。
「そうだな、女神様に叶えてもらった願いで、向こうの世界に帰ることができる」
「お母さんとお父さんにも、会える……?」
偉そうにふるまっていた美奈だが、期待したように瞳を揺らす。
その表情は歳相応に見えて、誰かが守ってあげないといけないように見えた。
――まぁ、俺は守る気がないが。
「会おうと思えば、会えるんじゃないか?」
傷つく覚悟ができているなら――だが。
こちらで二年が経っているように、向こうでも同じく二年経っている可能性が高い。
その間俺たちは死んでいる、もしくは行方不明扱いになっているだろう。
素直に歓迎してもらえるかどうかもわからないのだ。
下手すると、幽霊扱いだ。
「私……前の世界に帰りたい……!」
「では、和輝様に言うことがあるのではないですか?」
女神様はジッと美奈を見つめる。
それによって、美奈は落ち着きなく視線を彷徨わせ始めた。
やがて――。
「ごめん、なさい……。前の世界に、連れていってください……」
渋々という感じで、頭を下げてきた。
プライドの高い美奈が、嫌いな相手に頭を下げるほど、前の世界に帰りたいようだ。
これはおそらく、剣哉から逃げたいというのもあるのだろう。
「和輝様、私のほうからもお願い致します。聞き入れて頂ければ、天界で暴れたことは不問に
うん、バッチリばれていたようだ。
そりゃあそうだよな、女神様なんだから。
「はぁ……わかりました。女神様にお願いされたら、断れませんよ」
そう、美奈に頼まれたからではない。
女神様に頼まれたから、連れていくだけだ。
「ふふ、ありがとうございます。美奈様も、一度お兄様から教わったことは忘れて、自分の目できちんと見てください。和輝様が美奈様に手を出されないことは、私が保証致しますので」
「んっ……」
笑顔で
珍しく、美奈が素直に言うことを聞いた。
「それじゃあ、女神様。今までお世話になりました」
「こちらこそ二年もの間、本当にありがとうございました。これからのあなたの活躍を、楽しみにさせて頂きます」
こうして俺は女神様と別れ、二年ぶりに元いた世界に帰るのだった。
――厄介な子供つきだけど。
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