第2話「新たな力を得た代わりに」

 移動した場所は、懐かしさを覚える神秘的な空間だった。

 俺はここで、女神様からチート能力を貰ったのだ。


「あなたとこうしてお話をするのも、二年ぶりですね」


 女神様はニコッと笑みを浮かべる。

 優しさだけでなく、慈愛に満ちているかのような表情だ。


「覚えていてくださったのですか?」

「当然です。世界のバランスを崩さないよう、特別な力を与えてこの世界に送ったのは、あなたたち四人だけなのですから」


 そういえば、転移する時俺が出会ったのはあの三人だけだった。

 俺が最後の一人だったようで、女神様は『これで人数が揃いました』と言っていたのを覚えている。


「大変だったことでしょう。魔王軍やモンスターだけではなく、仲間にも敵がいる状況は」


 その発言に、俺は違和感を覚える。


「もしかして、女神様は……」

「えぇ、全てとは言いませんが、よく下界のことは覗いていましたので、知っていますよ。勇者様の本性や、彼と他の二人が裏でしていた行いも」


 俺たちは、女神様のことを舐めていたのかもしれない。

 少なくとも、俺を含め四人全員が、女神様に筒抜けになっているなんて思わなかった。

 女神と言っても、美しさ以外普通の人間と見た目が変わらないため、大多数いる下界でわざわざ俺たちだけを気にするとは思ってなかったからだ。


「では、どうして剣哉にあんな力を……? 次はあいつが、魔王みたいな存在になるかもしれませんよ?」

「ふふ、彼は私に、任意で相手を自分の虜にする力がほしいと言いました。それだけです」

「……?」


 女神様が楽しそうに笑っている理由がわからず、俺は首を傾げた。

 それに対して、女神様は置いてあった机をソッと撫でる。


「私は勇者様の願いをきちんと叶えましたよ? ただし、『魅了』を同時にかけることはできず、新しい人間にかけた場合は、先にかかっていた人間の『魅了』がとけることになっていますが」

「…………」


 なるほど、そういうことか。

 この人――いや、この神様、優しそうな見た目や態度をしているだけで、やっぱり甘い神ではない。


「ちなみに、『魅了』をかける場合は目が赤く光るようにしましたので、他に人がいた場合すぐにわかるでしょうね。本人は、周りから指摘されるまで気付かないでしょうが」


 自分の目が光ったかどうかなんて、鏡でもなければわからない。

 そして誰かにかけようとしている以上は、『魅了』を使う際に鏡を見ることはないというわけだ。


 周りが親切に教えてやればわかるだろうが、俺ならあえて泳がせて、決定的な証拠を得た上で勇者を捕らえるだろう。

 まぁ、あの勇者を捕らえられる人間がいるのか、という別問題があるが。

 だからこそ、泳がせておいて、何かしらの罠にかけなければならない。


「もしあなたが『魅了』にかかっていれば解こうと考えていましたが、先手を打たれていたのですね。それによって、もう一つわかった事実もあるでしょう?」

「剣哉の『魅了』は、俺のスキルで防げるってことですね?」

「そういうことです」


 勇者の裏の顔を知っているからこそ、対抗手段はしっかりと残してくれたわけだ。

 俺にとっても有難い。


「月夜様の歳をとらない体というのも、ただ歳を重ねないだけの体です。病気はしますし、不死でもありません。そして、寿命もきちんとあります」

「えっ、寿命って……体は歳を取らないのにですか?」

「歳を取らなくても、活動をしている体の部位は他の人と変わらず動き続けていますので、劣化はします。目に見えてわからないだけで、ある日突然――ということもあるのですよ」


 歳による衰えはないが、使っていることによる衰えはあるというわけだ。

 どんなものでも、使い続ければいずれ駄目になるもんな。


「さぁ、そういうことを踏まえまして、和輝様はどのようなお願いをされますか?」

「そうですね……」


 願いごとはもとから決めていた。

 しかし、言い方を気を付けなければ、俺にも制約がかけられそうだ。


「回数制限がなく、何かしらの対価を払わなくても、俺の任意で俺を含めた好きな人数がいろんな世界を行き来できる力がほしいです」


 俺はしっかりと考えた上で、願いを女神様に伝える。

 ちょっと欲張りすぎか気になるが、変な制約をつけられたら困るので、しっかりと伝えておいた。

 駄目だったら、駄目だと女神様が言うだろう。


うけたまわりました。女神、アフロディーテの名において、願いを叶えましょう」


 女神様はニコッと笑みを浮かべ、俺に近付いてきた。

 俺は頭を差し出すようにしながら、しゃがみ込む。

 すると、女神様が俺の頭に両手を置き、ぶつぶつと何かを唱え始めた。


 やがて、光が俺を包み込む。

 温かくて心地いい、布にくるまれるような感覚を抱く。

 しかし突然、全身の血が沸騰しているかのような熱に襲われる。


 これは、前にも経験したものだ。


「はい、終わりましたよ。これであなたはワープホールを使って、いろんな世界に行くことができます。もちろん、あなたが元々いた世界にもですね」

「ありがとうございます」

「ちなみに、同じ世界でも、好きな場所に行き来できます。要は、私が使っているものですね」

「えっ?」


 それって、つまり……サービスをしてくれたってこと……?


「どうして……?」

「仕方がありません、異世界を行き来できる力となればこちらしかありませんし、これにはもともと好きな場所にいける力があるのですから。元からついているものは、どうしようもありませんよね?」

 

 女神様は人差し指を鼻の前で立てると、ウィンクをしてきた。

 言葉にしていたことは、建前のようだ。


「はは……ありがとうございます」

「よろしいのです、これは魔王を討伐した褒美ですから。それに――あなたは、ヒューマンだけでなく、エルフ、ドワーフ、ビーストマンなど、多くの生命を助けました。確かに相手を倒すことはできなかったかもしれませんが、誰かを守るというのも、また戦いですよ」

「女神様……」


 やはり、優しい神様でもあるようだ。

 見ている人……ではないけど、ちゃんと見てくれている神様もいるようだ。


「――というか、わかりますか!? 普段暇で暇でしょうがないですが、生命が同じタイミングで大量に失われてしまうと、私は仕事に追われるのです……! ですから殺戮を繰り返す魔王を討伐する必要があったというのに、生命を守ってくださらないと、私の仕事が減らないのですよ……! それなのにあの三人は、自分に有益な存在以外は価値がないと判断して、助けようともせず――!」


 なるほど、だから前の二人は制約をつけられるという、冷たい対応をされたのか。

 逆に俺は、みんなの命を守るよう動いていたから、贔屓ひいきしてもらえているのかもしれない。


「女神様でも、取り乱すことってあるんですね」

「はっ!? こほん――!」


 笑みを浮かべながら指摘すると、女神様はわざとらしく咳払いをした。

 意外と人間がするようなこともするんだな、神様って。


「それはそうと、魔王討伐に関してですが、確かに他の三人が魔王を倒したのは事実でしょう。しかし、あの三人が後ろを気にせず、前だけ見て戦えていられたのは、あなたが守っていたからです。そのことを、あの三人は理解できていません」


 やはり、女神様はよく見ておられる。


「まぁ、不意打ちさえ喰らわなければ、あいつらなら躱せますしね」

「その不意打ちをあなたが防いでいた――というのは、そもそも不意打ちに気付いていませんから、わかりませんよね」


 そう、攻撃されていることにも気付いていないのだから、わからないのだ。

 そして教えてやっても、俺が手柄欲しさに作り話をしていると言って、信じない。

 だから、俺たちに溝が生まれていた。


「街の人たちも、勇者たちの言葉しか信じませんし、正直馬鹿馬鹿しいですよね」


 女神様が俺の苦労をわかってくれているみたいなので、つい愚痴をこぼしてしまう。

 だけど、ずっと一人で抱え込んでいたのだ。

 これくらい許してもらいたい。


「実際に目の前であなたに助けられた者たちは、あなたのことを信じていますよ。ただ、あなたが守れる範囲が広すぎた――というのが、逆に欠点になっていますが」


 今の俺なら、街の中心にいれば街全体にシールドを張ることさえできる。

 だから、わざわざ目の前に行って守る必要がなかったのだ。

 つまり、俺が守っていたという認識がされていないことになる。


「ままなりませんね」


 みんなを守っていた俺は馬鹿にされ、魔王を倒した勇者たちだけが賞賛される世界だ。

 自分が何をしているのか、たまにわからなくなったこともある。


「確かに、あなたがしてきたことに対して、今の名声は釣り合っていないと思いますが――これであなたを縛っていた、魔王討伐という使命はなくなりました。これからはあなたが今持つ力を使って、自由に好きなことをして頂いて大丈夫ですので、怒りを収めて頂ければと」


「別に怒っているわけではないので、気にしないでください。呆れているだけです」


「正直者ですね。ですが、それでよろしいと思います。いずれまた、あなたの力をお借りする時が来ると思いますが、その際はよろしくお願い致しますね?」


 来るかもしれない、ではなく、来ると思う――か。

 女神様には何か、見えていることがあるのかもしれない。

 もしかしたら、好きな場所に行けるようにしてくれたのは、これがあるからだったのかもしれないな。


 まぁ、ここまでしてもらえたのだ。

 女神様のためなら、俺もまた力になりたい。


「いつでもお呼びください」

「ふふ、頼りにしています。えぇ、本当に」


 女神様は優しい表情で笑った後、真剣な目で俺を見つめてきた。

 多分、次任される時は、魔王討伐と変わらない難易度になる気がする。


 ――いや、下手をすると、それ以上か。


「次のメンバーは、出来たらあの三人でないと嬉しいですね」

「安心してください。少なくとも、同じメンバーで組むことはないでしょうから」


 ニコッと笑みを浮かべると、女神様はまたワープホールを作り出した。


「それでは、皆様のもとに戻りましょう。どうやら、揉めているようですので」

「まぁ、剣哉はまだ叶えたい願いがあったようですからね」


 きっと、必死になって美奈を説得しているのだろう。

 さて、俺の目的は叶ったし、別れる前に最後の邪魔をしてやるか。



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