二 きおく

 祖父が近隣の者たちと言い争う姿をたびたび見せるようになったのは、私が六歳のときだった。

 祖父は無口だが優しく、とにかく温厚な性格の人だ。それまで祖父の怒った姿を一度たりとも見たことがなかった私は、玄関から聞こえてきた祖父の怒声にひどく驚いた。そのとき私は居間でテレビを見てのんびりしていたが、ただならぬ気配を感じ取り、夕飯の支度をしている台所の祖母のもとへと逃げこんだ。

「おばあちゃん。おじいちゃんが喧嘩しているみたい」

 私が小さな声で告げると、祖母は事態を察したのか、困ったように眉を下げた。すぐにネギを刻んでいた包丁を置き、割烹着で手を拭くと、腕を伸ばしてくる。

「よしよし、怖かったね。おいで、大和」

 招かれるままに祖母の腕の中へと入ると、彼女は優しい手つきで私の背をポンポンと撫でる。当時の私は、同年齢の子たちより一回り以上体が小さく、精神も実年齢より幼かった自覚がある。

「おじいちゃんはね、穂地村を守ろうとしてくれているのよ。許してやってね」

「穂地村、危ないの?」

「古鳥の方で水不足になることが多いでしょ。だから穂地村をね、ダムにしようっていう計画が進んでいるの」

「ダムってなに?」

 夕飯を作る手を止められているのに、祖母は私に苛立つ様子を見せず穏やかに答えてくれる。自分へ真摯に向き合ってくれる暖かい祖母の体温と声に、不安が増していた私の心は次第に落ち着いてきた。

「川を堰き止めて、人工的な湖を作ってしまうことよ。しばらく雨が降らなくても水が足らなくならないように、溜めておくの。だけどね、もしダムを作ったら、穂地村は全体が水の底に沈んでしまうから、ここには住めなくなってしまうの」

「えっ。穂地村がなくなっちゃうの?」

 聞いた説明に私は驚き、祖母を見上げた。脳内に、まだ人のいる村へと水が突然襲いくる映像が浮かぶ。そのイメージは正しいものではなかったが、その瞬間に感じた言い知れない恐怖感は、誤解から生じたものではなかった。

 どのような理由をつけられたにせよ、私は両親に捨てられている。優しい祖父母に大切に育まれて幸せに暮らしてきたが、それでも両親と暮らした家へ対する、拭いきれない寂しさを感じていた。そんな私にとって、穂地村がなくなるかも知れないという情報は『また生活の基盤を失うかもしれない』という、現実味のある危機感だったのだ。

 祖母は私の表情を見つめて切なげに眉を寄せると、いっそう体を抱きしめてくれる。

「大丈夫よ、おじいちゃんが守ってくれるからね。大和、もう少しで夕飯できるから、テーブルにお箸用意してくれるかい?」

 気を紛らわせるように問いかけられ、まだどこか不安を覚えながらも、私は素直に頷いた。祖母に言われたとおりに三人分の箸と箸置きを出して、居間のテーブルへと運び、全員の定位置へと丁寧に並べる。

 玄関からは、祖父の聞いたことのないような怒号がまだ響いている。その声が止んで、玄関の引き戸を閉めるピシャリという音がしたのは、夕飯が完成し、食卓へと皿を並べ終えて数分が経った頃だった。

「遅くなって、すまんかったな」

 祖父は興奮でいつもよりも顔を赤くしながらも、最初にそう謝罪の言葉を述べてから、居間にやってきた。夕飯には手をつけず、座って待っていた私と祖母の様子を見てから、座敷に座る。

「構いませんよ、お疲れ様でした。いったいどなただったのですか?」

 祖母はどんなときでも祖父に対しては敬語だった。祖父の態度は亭主関白というわけでもなかったのだが、祖母は祖父に敬語を使うことをごく当然のこととして自然に受け入れている。

 全員揃ったところでようやくいただきますと手を合わせ、私たちは夕飯を食べ始める。

 祖父は僅かに表情を顰めながらも、祖母からの質問に一言で答えた。

「倉田先生だ」

「まあ。でも倉田先生も、ダムの建設には反対されていたでしょう?」

「古鳥に移転した場合の補償額を聞いてすっかり宗旨替えしたらしい。あいつが反対派の説得をすると、大見栄をきったようだ。まったく、金で故郷を売るなぞ、なにを考えているのやら」

 憤懣やるかたないといった様子で言うと、祖父は音を立てて味噌汁を啜る。そんな祖父の仕草を、私はつい伺うような眼差しで見ていたらしい。

 祖父はふと気がついた様子で私を見て、柔らかく微笑んだ。

「大和、びっくりさせたか。すまんかったな。家にまで押しかけてくるなって、きつく言っておいたから、もう心配することないからな」

 低いが温かみのある声で言うと、祖父は手を伸ばし、私の頭を優しく撫でてくれた。

「おじいちゃん、穂地村を守ってくれてありがとう」

 祖母に聞いた話を思い返して言うと、祖父は一瞬驚いたように目を丸くしてから、またいっそう目尻の皺を深くする。

 優しく、働き者で正義を知る祖父と祖母。私は、そんな立派な二人が大好きだった。


 明確な事件が起きたのは、それから四年後のことだ。

 早朝。私は、祖母の悲鳴で目が覚めた。寝ぼけていたのは一瞬のこと。悲鳴が祖母のものであると認識すると、急いで布団から飛び起き、声がした玄関の方へと走った。

 玄関の三和土には、腰を抜かした祖母が座り込んでいた。祖母はこれから外に出るところだったらしく、引き戸が開け放たれている。そこから見えるのは、玄関前に撒かれたように広がる一面の血の赤だ。地面の上には乱雑に毟られた羽根が散乱し、首を完全に切断された合鴨の死体が三羽転がっている。その合鴨は、うちの田んぼで放し飼いにしている子たちだ。

 ショッキングすぎる光景を目撃し、私もまた祖母と同様に放心して動けなくなった。合鴨の首はどう見ても刃物で切り落とされたものであり、野生動物に襲われたのではないことがわかる。人間が悪意を持って合鴨を殺し、玄関の前を汚していったのである。

 私と同様に祖母の悲鳴を聞きつけた祖父がやってきたのは、そのすぐ後だった。

「大和、部屋に戻っていなさい」

 祖父は私の視線を遮るように玄関に立つと、しっかりと言い含めるように告げた。私はただ頷き、踵を返して部屋へ戻る。背後からは、我に返った祖母がたまらずに泣き出す啜り泣きの声が聞こえてきたのだった。

 その後、祖父によって合鴨の死体が片づけられ、玄関はすっかり清められた。

「合鴨を殺した犯人が誰かはわかっている。今後はこのようなことがないように、しっかり話し合うから心配せんでいい」

 と、片付けを終えた祖父は私の部屋に来て説明してくれた。祖母も平静を取り戻し、何事もなかったかのように日常が戻ってくる。

 しかし、度を越した嫌がらせは、そのあとも何度となく行われていたようだ。祖父母によって守られていた私が直接目にすることはなかったが、祖母がよく玄関や庭先でなにかをひっそりと片付けていることに、私は勘づいていた。

 そして、嫌がらせは加速していく。


 あの日。

 真澄とたっぷり寄り道をしながら学校から帰ってきて、いつものように部屋で宿題をしていた私は、縁側から猫の鳴き声がすることに気がついて、無意識に笑みを浮かべた。まるで自分を呼んでいるかのような甘いその鳴き声は、『ミーちゃん』と呼んで可愛がっている野良猫のもので間違いない。

 ミーちゃんは野良猫でありながらも、二年前から毎日この時間に縁側へやってくる。人懐こいミーちゃんに、貯めたお小遣いで買ったカリカリのキャットフードを与えるのが、私の楽しい日課になっていた。

 部屋を出て台所に向かうと、戸棚にしまっていたキャットフードを取り出し、陶器の皿に入れて、縁側へと向かう。

 見ると、ミーちゃんは縁側に横になって寝ていた。

「ミーちゃん、ごはんだよ」

 微笑みながら数歩近づき、私は異変に気が付く。いつもならばじゃれつくようにやってきて、私の足に全身を擦り付けてくる小さな体をしたミーちゃんが、微動だにしない。

「……ミーちゃん?」

 また数歩近づいて、ミーちゃんの口から何かが出ていることに気がついた。鈍色に尖った、棘のようなもの。さらに、尻尾の裏に隠れていた金属の棒を見つける。

 なにが起きているのかをようやく理解して、私はその場で硬直した。

 持っていた皿が落ち、キャットフードが辺りにバラバラと散らばる。体にキャットフードの粒が当たっても、ミーちゃんは動かなかった。陽だまりのような色をした、ふわふわした毛を持つミーちゃんは、尻から口までを串刺しにされていたのだ。あまりにも酷い死に様だった。

 全身の血の気が引いていた。うまく呼吸がコントロールできず、それでも体は酸素を取り込もうと、浅い息を必死に繰り返す。ふと視線を感じて顔を上げると、庭に猿がいた。

 本物の猿ではない。不気味な猿の面を被った人が、すぐそこに立っている。

 猿の面が貼り付けられた布を頭からすっぱりと被っているため、その正体が誰であるかはわからない。しかし、時刻は午後四時ごろ。まだ日は高く、猿の面を被ったその人物を見間違えようもないほど明るい。服は、このあたりでよく見かける農作業用の服だ。体格からして、大人の男であることはわかる。

 猿はじっとそこに佇み、私の絶望に染まった表情をただただ観察していた。猿の面にあけられた二つの真円の穴の奥に、悪意に光る瞳がある。

 猿との睨み合いの時間は、どれほど続いていたのだろうか。体感としては一時間以上経ったような気がしたが、実際は数分か、或いは数秒のことだったのかもしれない。猿は突然飽きたかのように歩き出し、雑木林の中へと消えていった。

 全身から力が抜け、私はその場に崩れ落ちる。ミーちゃんに手を伸ばすと、いつものように柔らかい毛が指先に触れる。しかし、体はすっかり冷たくなっていた。気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らすことは、もうない。その死に顔を、私は見てやることはできなかった。勇気がなかったのだ。

 両親に捨てられたあの晩のように、ただ声をあげて泣いた。


 それからというもの、私はひどい喘息に悩まされ、夜となく昼となく、満足に眠れないほど咳き込み続けた。学校には行けず家に引き籠るようになり、その間に私は十一歳になって、真澄が穂地村から古鳥に引っ越していった。古鳥と穂地村間は車で行けば大した距離ではないとはいえ、子供が気軽に行き来できるようなものではない。親友がそばから離れていった事実は、私をよりいっそう悲しませた。

「杉原さんは、嫌がらせに耐えきれなくなってしまったんだよ」

 と、祖父は無念そうに言葉を漏らしていた。

 祖父が自宅まで来ることを禁じても、毎日誰かしらが説得のために家を訪れたが、

「先祖代々受け継いできた土地を離れることはできない。穂地村の地下には、我らが守神様がいらっしゃる。そこを俺たちの都合でダムにしてしまったら、守神様たちはいったい、どうなるね?」

 と熱く語る祖父の言葉が変わることはなかった。

 しかし、祖父一人が反対したところで、穂地村にダムを建設する計画は、着実に進んでいく。はじめは移転に反対していた村民たちも、杉原家と同様に、次々と古鳥へ引っ越し、ついに穂地村に残るのは祖父母と私だけになった。

 元より山間の小さな集落であった穂地村だが、周囲から本来あったはずの人気がいっさいなくなると、不気味さを感じるものだ。

 だが問題は、人がいなくなったことではない。人がいないはずの穂地村で、昼夜を問わず、ふとした瞬間に不気味な人の気配を感じることであった。

 夜に起き、離れにある厠へ向かうときの庭。昼間に窓から眺めた外の景色。祖父母と共に、畑や田んぼの手伝いに出た近くの雑木林。気配に気づいて視線を向けると、ただじっとこちらを見ていた彼らは、わざとらしく茂みに隠れる。茂みの陰から覗くのは、猿のお面をつけた人の姿だった。

 それらは一人でいることもあれば、複数人がまとまっていることもある。全員が同じ猿のお面をつけているが、身長や体格はバラバラだ。つまり、犯人は一人ではないということだ。

 その姿を目撃することで、私はたびたびミーちゃんを失ったときのトラウマを思い起こすはめになった。直接的な被害はないものの、彼らの存在は私を含め、祖父母にも精神的な圧迫をかけ続けている。

 そんな不穏な生活は、それから三ヶ月にわたり続いた。


 十月になり、例年であれば村をあげてお祝いをする穂実祭の日がやってきた。いま村に残っているのは私と祖父母だけだが、芽石に食糧を奉納する儀式はするべきだと言って、祖父は無理をして奉納品を集め準備を進めてきた。

「大和、浴衣を着ようか。今日は穂実祭だからね」

 昼食を済ませた私にそう声をかけ、祖母が浴衣を着付けてくれた。このところずっと暗い表情をしていた祖母だが、今日は忙しくもどこか楽しそうだ。目の下に濃い隈は残っているものの、彼女の優しい笑顔を見ていると、私の気分も僅かに上向いた。

「奉納を終えたら、夜は三人で花火をしような」

 側で私たちの様子を見ていた祖父が、そう約束してくれる言葉がまた嬉しい。

 仕上げに帯を締めてもらったところで、玄関の戸が叩かれた。男が祖父を呼ぶ声が続く。その物音と声に、私は胃のあたりをギュッと掴まれたかのような痛みを感じる。祖父と訪問者の喧嘩のような話し合いが始まることを予感してしまうためだ。穏やかな表情をしていた祖父もまたきつく眉根を寄せて、大股で玄関に向かうと、乱暴に戸を開く。

 と、常であればそこから続く怒声が、今日はなかった。少しばかり会話があり、祖父が居間に戻ってくると、そのあとに穂地村の元住民たちが続く。倉田先生に、西田一郎さん、東寺敬人さん。そして、杉原恒喜さんの後ろからは真澄が顔を出した。

「真澄!」

 突然現れた大人たちの姿に、これからなにが起こるのかと怯えていた私は、久しぶりに見た親友の姿に表情をパッと明るくすると、彼に向かって走り出した。

「大和、久しぶりだな。元気してたか?」

 同じく浴衣を着ている真澄は嬉しそうに笑い、共に強く抱き合う。

「皆、穂実祭をしに来たんだそうだ。奉納品もたくさん持ってきてくれた」

 祖父が、同じく不安そうにしていた祖母に説明している。祖父の表情はどこか複雑そうだが、それでも喜びが優っている様子が窺い知れる。

「土地を離れても私たちは穂地村の民だからね、この時期になると落ち着かなくなって来てしまって。穂実祭はぜひやるべきだと、皆で話しあったんだよ。今更なにを言うかと思われてしまうかもしれないとは覚悟して来たんだが、参加しても構わないかね?」

 倉田先生が笑顔で語り、祖母もまた表情を緩める。

「そうでしたか。ええ、皆さんと一緒に穂実祭ができるのなら、なによりですよ。ねぇ、寛治さん?」

「ああ。そうだな」

 祖母に語りかけられ、祖父が頷く。

「ありがとう。それではさっそく、皆で奉納に出かけようか」

 倉田先生の言葉に促されて外へ出ると、そこには家の中に入ってきた人数よりももっと多くの人が待っていた。その中には、当時の私には見覚えがなかった人々もいた。柏節子さん、加藤吾朗さん、安倍みちこさんなどの、元々古鳥に住む人々だ。

 彼らの姿に違和感を覚えたのは祖父も同様だった。そんな祖父の表情に気づき、倉田先生が説明する。

「古鳥の人たちも、穂実祭に参加したいと言っていてね。良いだろうか? 彼らも奉納品を用意するのを手伝ってくれたんだよ」

「あ、ああ。もちろん」

 祖父は少しぎこちなく頷く。

 倉田先生の言葉どおりに、祖父が玄関前に置いていた大きな荷車には、祖父があらかじめ準備していた奉納品の上に、倍以上の奉納品が積まれて、こんもりとした山になっている。しかし、これで例年どおりの量である。

 荷車の周囲は色とりどりの組紐で飾り立てられている。その華やかさが、いまや存亡の危機に瀕している穂地村に、祭りの日がやって来たのだという実感を湧かせてくれた。家の周りに集まっている人数の多さも、元の穂地村の祭りに匹敵している。

 様子を見渡し、祖父は改めて私に向き直った。

「大和。ちょっと予定が変わってしまったが、予定通り、鈴鳴すずなり役をしてくれるか?」

 そう祖父が問いかけながら差し出して来たのは、幾つもの鈴が太い紐に連なった、この土地独自の神楽鈴だ。

 元々は三人でやる予定だったので、私は奉納時に荷車を押しながら鈴を鳴らす役を任されていたのである。

「やってもいいの?」

「もちろんだ」

 元からそういう話ではあったのだが、本格的な祭りで改めて大役を任せられたような感覚がした。私は頬を紅潮させながら頷き、神楽鈴を受け取る。

 大人たちが皆、荷車の周囲に集まって私を見ている。その視線は、このところずっと感じ続けていた嫌な気配のするものではない。今日ばかりは、元の暖かく健やかな穂地村が戻ってきたのだ。

 背筋を伸ばすと、腕を振って鈴を鳴らす。シャンシャンと清らかな快音が、澄み渡った十月の空に響いた。私の鳴らす音を合図にして、奉納行が始まる。

 全員で荷車を取り囲んで押しながら、ゆっくりと村のあちこちを練り歩いていく。鈴の音に太鼓と笛の音が混ざり、独特のリズムを形成する。そこに乗るのは、音楽とも言えない節回しの穂地村の歌だ。決まった楽譜があるわけでもなく、練習や打ち合わせをしたわけでもないのに、全員の声がまとまっていく。

 村中を練り歩きながら繰り返す歌の内容はこうだ。

「約束の土地に届けに行くぞ。約束の品を届けに行くぞ。約束の土地に届けに行くぞ。約束の品を届けに行くぞ」

 しかし私は、この祭りの歌が日本語として聞こえているのが自分だけであることを知っていた。他の村人にとってこの歌は、意味のわからない音の羅列であるらしい。ただ、代々伝わる穂実祭の歌として、音を覚えて歌っているだけのものなのだ。

 だから私は歌わない。ただ、まとまったリズムと歌の中に包まれていると、不思議な一体感を覚えることができた。心地よく、安心できる故郷の音。

 数時間かけてゆっくりと荷車と共に進んで村中を歩き、舗装されていない山道を通って、ついに最終目的地である芽石にたどり着く。

 芽石は、山肌に突き出た巨大な岩だ。

 芽石前に荷車を止め、扉のような入り口の岩を動かして退けると、岩をぽっかりとくり抜いたような広い空間が生まれた。この空間がいっぱいになるほどの奉納品を入れても、翌年の穂実祭になるとまた空になっている。その神秘性が、穂地村における守神信仰を支えてきたのだ。

 全員が神妙な面持ちをしながら、順々に芽石の中へと奉納品を運び込んでいく。すべてを収めて芽石の入り口を閉ざす頃には、あたりは夕暮れの濃い橙に包まれた。

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