暗い目をした女優

@fujisakikotora

第1話

人 物

柏木八重(25)銀行員

坂田敏(40)パブ「アルメ」オーナー

店員1・2 パブ「アルメ」女性店員

施設長(75)児童養護施設・聖アントワン学園施設長

浅沼京子(45)女優


○パブ「アルメ」(夜)

   カウンターの上にスマホが置いてあ

   り、そこに女性の古い写真が写されて

   いる。

   カウンターの向こうの坂田敏(4

   0)、それをちょっと見てから顔を上

   げて

坂田「誰?」

   柏木八重(25)、カウンター前で

八重「浅沼京子って女優さんです」

坂田「そうじゃなくて。あんた」

八重「……彼女の知り合いです」

   坂田、グラスを拭きながら

坂田「警察の人じゃないのね?」

八重「ちがいます」

坂田「じゃ帰って」

   忍び笑い。

   八重、冷たい目で振り返る。

   店員の女たちがひそひそと八重を見な

   がら笑っている。

   八重、書類のコピーを取り出して

八重「こっちの写真ならどうですか」

   坂田、そっぽを向きながら

坂田「帰ってって。警察呼ぶよ」

   女たちの笑い声。

   八重、やおら席を立ってカウンターを

   回り込み、中に入っていく。

坂田「おいおいおい」

店員1の声「何やってんのよ!」

八重「ちゃんと見てください。この顔です」

   八重、コピーを坂田の眼の前に突

   き出す。

   坂田、それを振り払おうとして、

   そのコピーに目が釘付けになる。

   コピーを手に取り、じっと見る。

   店員、カウンターにやってきて

店員1「なんすかそいつ」

店員2「まじで警察呼びます?」

   坂田、手で二人を黙らせる。

   八重を見る坂田。

   じっと坂田を睨んでいる八重。


○横須賀・路地裏(夜)

   坂田がタバコを吸いながら、蛍光灯の

   明かりに透かしてコピーを見ている。

   右後ろにタバコを吸っている八重。

   坂田の手元。履歴書の写し。

   氏名:『鈴木陽子』。

坂田「これも偽名ってこと?」

八重「そうです」

坂田「うちじゃソノコで通ってたけどね」

八重「名字は?」

坂田「しらねえ。ただのソノコ」

坂田、コピーを八重に突き返す。

坂田「女優っつった?ソノコが?」

八重「そうです」

坂田「へえ……」

八重「働いてたのはいつ頃です」

坂田「2年か3年か前……」

八重「住所とか、聞いてないですか」

坂田「名字も聞かねえ店だようちは」

八重「……」

坂田「なんか出てたの」

八重「はい?」

坂田「ソノコ」

八重「ええ」

坂田「ドラマ?」

八重「海賊戦隊パイレンジャー。知らないですか」

坂田「(笑って)知らん。ウケんな」

八重「パイレーツイエローとグリーンは第22話で突然死ぬんですよ。ワニに食われて」

坂田「はあ?」

八重「その回では物語冒頭から戦闘が展開するんですよ。初めからみんな変身してるってことです」

坂田「(無関心に)あ、そう」

八重「なぜか分かりますか」

坂田「ああ?」

八重「役者がいなかったからです。イエローは失踪したんですよ、21話の収録の直後に」

坂田「……まじか。それがソノコ?」

八重「そうです。浅沼京子です」

坂田「おもしろ」

八重「付き合ってたんですね」

坂田「は?」

八重「浅沼京子と」

坂田「……」

八重「その首の傷」

   坂田、反射的に首の右後ろを触る。

八重「浅沼京子はベッドで男のそこを噛むんですよ」

坂田「ああ!?」

八重「この履歴書をもってた(履歴書をかざして)バーのオーナーの首にも同じ痕がありましたよ」

   坂田、舌打ちして黙り込む。

八重「他に何も知らないならこれで失礼します」

坂田「ちょっと待てよ」

八重「はい?」

坂田「緑のやつは?」

八重「……はい?」

坂田「グリーンだよ。パイレーツグリーンはどうなったンだ」

八重「死にました」

坂田「いや、だからそうじゃなくて」

八重「本当に死んだんですよ。21話の収録の後。首を噛み切られて」

坂田「(笑って)首をか……」

   坂田、自分の首を触って青ざめる。

八重「そういうことです。さよなら」

   八重のハイヒールの音が響く。

   坂田、やおらポケットに手を入れ

   て

坂田「ちょっと、ちょっと、待ってくれ」

   振り向く八重。

   坂田、それに追いついて

坂田「これ、やるよ」

   八重、坂田の手渡したものを見る。

   安物の、赤ガラスのピアスの片方。

坂田「あいつのだ」

八重「……」

坂田「もういらねえ」

   坂田、ピアスを持っていた右手をズボ

   ンで拭う。

坂田「あんた、なんであいつ探してんだよ」

八重「パイレーツ黄緑だから、かな」

八重、口の端をあげて笑い立ち去る。

坂田「キミドリ……?」

   八重のハイヒールの音。

   坂田、急いで店に駆け戻っていく。

八重の声「もしもし?施設長?」


○ホテル・客室内(深夜)

   ソファに八重が座って電話している。

八重「お久しぶりです」

施設長の声「八重さん……よかった。今どこにいるんです」


○聖アントワン学園・執務室(深夜)

   施設長(70)が電話をしている。

   手元の台帳。

   高校の制服を着た八重の写真。

   2000年5月、親失踪のため入所。

   2016年3月退所、横須賀第4銀行

   に就職、とある。

施設長「銀行から心配してこちらに電話が来たんですよ。もう3日も無断欠勤だそうですね」

八重「……ごめんなさい」

施設長「何があったんですか」


○ホテル・客室内(深夜)

   電話をしている八重。

男の声「(画面外から)おーい」

施設長の声「そばに誰かいるンですか」

八重「また電話します。迷惑かけてごめんなさい」

   男が半裸でやってくる。

男「シャワー浴びてこいよ」

   ×  ×  ×

   男に抱かれている八重。

   男の首筋をこっそりと見る。

   噛み跡。

   薄暗い部屋を見回す八重。

   浅沼京子(45)が無表情にベッドサ

   イドに佇んで、八重を見下ろしてい

   る。

   それを睨み返す八重。

   再びベッドサイド。誰もいない。


○聖アントワン学園・執務室(深夜)

   警官二人が、電話をかけている施設長

   のわきに立っている。

   受話器を置く施設長。

施設長「電源が切られているようです」

警官「……」

施設長「あの子が本当にそんな恐ろしいことをするでしょうか」

警官「まだそうと決まったわけではありませんが、被害者と柏木八重さんは不倫関係にあったことは確かなようです」


○(イメージ)横須賀第4銀行(朝)

   非常線が張られている。

   首を深く切り裂かれた男の遺体。


○横須賀・繁華街(夜)

   八重のハイヒールの音。

   八重の耳に、坂田からもらった安物の

   ピアスが揺れる。

   路地の向こうにパトカーの回転灯が見

   える。

   八重、立ち止まって傍らのショーウィ

   ンドウを眺めるふりをする。

   そこに写った八重の後ろに、女の後頭

   部が映る。

   片耳に揺れている、安物のピアス。

   八重、はっと振り返る。

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