第51話 傲慢な勇者は要らない

 未来はアーリーを見事に倒してしまった。

 壁に叩き付けられてこと切れた人形の様にダラーンとしている。

 傍に寄るタルトゥはアーリーの無事を注意深く確認していた。

 見立てだが多分骨は何本か折れているだろう。けれど本人が言い出したことだから未来の責任にはならない。


「とりあえずこれで良いとして……恨まれてないと良いけど」

「問題無いはずだ」


 するとアーリーの仲間の一人、武闘家のラーガンが腕を組んだまま答えた。

 不安そうな未来の心境を悟ってくれたらしい。


「ラーガンだっけ? 問題無いのかな」

「アーリーが勝手に暴走しただけのことだ。本来こうならないように抑え込むことが俺達の役目の一つの筈だった。しかし今回はアーリーにとって都合の悪い結果になってしまったからな。それで逆上してしまったまでだ」

「本当中身まで子供だね」

「アーリーは確かに勇者の剣に選ばれた勇者には違いない。だが、突然の期待が一斉に纏わり付いたんだ。そのせいで見えるものを見落としてしまう散漫な性格になってしまっている。悪かった」


 確かに自称勇者だとしても、その設定を維持し続けるのは結構大変だ。

 時には自分の見えているものすら見落としてしまうこともある。

 人間誰しも完璧じゃないからこそ起る不具合で、それが行き過ぎていただけだろう。

 未来も大人げなかったと反省し、落ちていた剣を拾い上げた。


「まさか勇者の剣? に選ばれただけで、そんな期待まで背負わされるなんてね」

「全くだ。俺ならごめんだ」

「武闘家はそうだろうね。にしてもこの剣、本当に勇者の剣なの? 私にはそうは見えないけど」

「伝承や文献の記載によるとそうらしいな」

「ふーん。こんなおもちゃみたいな剣がね」


 未来は勇者の剣を拾い上げると、ブンブン振り回してみた。

 意外に重たい。けれど何処か質感や艶にパチモン感がある。

 本当に勇者の剣? 当の本人の暴走に加担するような鉄の塊が、勇者の剣な訳ないだろ。と、未来は高を括った。

 試しに乱雑に扱ってブンブン振り回してみたら、翼に当たってドンドン金のメッキが剥がれていく。これ、そのうち砕けるんじゃな? と嫌な想像をしていると、出しっぱなしにしていた上に硬質化まで付けていた翼に触れた瞬間、勇者の剣の剣身に亀裂が走った。


「あれ?」

「ゆ、勇者の剣が!」


 未来もラーガンも驚いた。

 勇者の剣に深い亀裂が走ると、ボロボロと砕け始める。

 これはマズい。そう思ったのも束の間で、未来が強く握った瞬間、剣身が完全に砕けて塵になった。もはや瞬きをする暇もなく、一瞬にして柄だけが残されてしまった。

 如何やら勇者の剣は無くなってしまったらしい。


「あ、あれれ? やっぱり偽物だった……とか」

「勇者の剣が砕けた。そんな真似できるはずがない。俺ですら傷一つ付けることのできなかった勇者の剣をいとも容易く破壊してしまったのか!」


 流石のラーガンも驚きを隠せない。

 むしろそれで済んでいるだけでありがたかった。

 偽物でも勇者の剣は勇者の剣だ。仲間の大切な武器を粉々にしてしまったのだから7ただでは済まないと思っていた未来にとって、これは想いも寄らない幸運だった。

 もしかすると、このまま切り抜けられるかも。弁償なんて絶対にごめんだ。


「えっと、あはははは! 無くなっちゃった」


 未来は突然笑い出した。

 すると周りに居た冒険者達から白い目を向けられる。


「お、おい。剣を粉々にしたぞ!」

「嘘だろ? 勇者の剣は最高の剣。最上大業物だぞ」

「お前、地元の言葉出てるぞ」

「で、でも。勇者の剣を壊しちゃうなんて……やっぱり《最速の運び屋》だ」

剣の寿命まで・・・・・・最速で運ぶなんてな・・・・・・・・・・。こっわ」


 散々な言われようだった。

 だけどここは黙って聞き逃すことにして、とりあえず何とかして切り抜ける最善の手を考える。


「はっ、馬鹿馬鹿しい」


 しかしレイユが間に割って入ってくれた。何を言われるかは怖いが、ここは任せることにした。

 耳元で「お願い、なんとかして」と頼むと「仕方ないわね」と面倒くさそうに振舞う。

 とは言えレイユはちゃんとやってくれる。仕事は完璧な魔法使いだった。余計な心配は要らないと高を括る。


「傲慢な勇者は要らないもの。この剣共々、とっとと私の前から消えてくれるかしら?」


 レイユは壁に半身がめり込まれたアーリーに告げた。

 傍に付きそうタルトゥはレイユの口振りを聴いて動揺する。

 今にも襟を掴む勢いだったが、これがレイユのスタンスだ。

 圧倒的な気迫でタルトゥの反撃を許さない姿勢を取ると、追加で一言口走った。


「未来にも勝てないような子が、私を誘おうなんて千年早いわ。もう少し腕を磨いて来なさい。分かった?」


 完全に余計な追い打ちだった。けれど誰も反論できない。この居た堪れない空気は散々なので、未来はレイユを連れて行こうとした。

 けれどレイユとタルトゥの様子がおかしい。

 アーリーの肩を揺すると、心臓に耳まで当てていた。


「た、大変です! アーリーの心臓が、心臓が……ああっ!」


 タルトゥが今にも泣きそうな顔で声無く叫んだ。

 いいや、既に泣いていた。か細くなった喉を酷使して、アーリーの危篤状態を訴える。


「嘘だろ」

「死んだ? いや、そんな訳……」

「マジかよ。勇者が死んだのか?」

「もうお終いだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

冒険者ギルドは騒めきに震え上がる。

負の感情が迸り大合唱をしているみたいだった。

その矛先は全て未来へと注がれる。これはマズい、なんとかせねばと脳が訴える。


「タルトゥ、少し落ち着け。本当に死んでいるのか?」

「う、うん。骨はほとんど折れてるけど、心臓まで止まってる。これじゃあもう助からないよ!」

「魔法ではダメなのか? 俺はあまりその界隈には明るくないのだ」

「私の魔法は光属性でも回復に特化しているから無理だよ。まだかろうじて脳は動いているけど、心臓を動かすようなことは私には……うっ、人殺し!」


 タルトゥに睨まれる未来。一斉に視線が集まり、より一層矛先は強くなる。

 正直殺す気はなかった。むしろあれで死ぬとは思わなかった。

 盗賊の方が防御面だと上だったのにと、憐れむまでもなく落胆すると、未来は「仕方ないな」と呟いて羽根を一枚むしり取り変形させた。スタンガンモードだ。


「コレをあげるよ。一回目だったらまだ助かるから」


 タルトゥの下に向かい、スタンガンモードにした羽根を手渡した。

 けれど受け取ってはくれない。それもそうだ。アーリーをこんな目に遭わせた相手から渡されるものが信じられるわけない。


「こんなの受取りません!」

「こんなのって。あのね、これを使えば怪我も止まった心臓も一時間経てば治るんだよ?」

「そんな言葉信じられません」

「あのね……ちょっとは信用して欲しいんだけど」


 タルトゥは全然信じてくれない。

 困り果てた未来は頭を掻きながらレイユに助けを求めようと視線を向けた。

 すると未来の視線を完全無視し、人差し指に電気を流していた。

 直接心臓に電流を流して動かす気だ。あまりにも危険だが、レイユならできそうな気がする。


「そもそもの話、ここまでする必要は無かったはずです!」

「それはそうだけど……」

「分かっていたのなら、もう少し穏便な解決ができたはずです。確かに私達も何もできませんでしたが、貴方ならできたはず……」


 勝手な期待を押し付けられていた。

 怪訝な表情を浮かべる未来だったが、タルトゥは決して屈しない。

 けれど三十秒ほど見つめられると、怒った顔色が不安そうな顔色に変わり少したじろぐ。


「それは勝手な期待よ。期待を他人に押し付けるような勇者パーティーも要らないわね」

「あ、貴女が言わないでください。それに貴女が大人しく仲間になってくれていたらこんなことにも……」

「責任転嫁ね。どうやら勇者以外にも傲慢な子は居たらしいわね」

「そ、それは……」

「目の前のことも見えていないような子が、他人ひとのことを責めないでくれるかしら? ほら、よく見なさい。貴方の大切な仲間は生きているでしょ?」

「えっ!?」


 タルトゥはアーリーを見た。

 心臓に耳を当てると確かに動いていた。

 未だに体はボロボロで崩れる破片に打たれてはいるものの、生きてはいた。確実に脳も心臓も動き、内臓はヤバいだろうが生きてはいたのだ。

 否、レイユが《三現象の雷Vトライ—ボルト》を使って、心臓を動かしたのだ。


「う、動いてる。動いてるよ!」

「当たり前でしょ。動いているんだから生きているのよ。そんなことも分からないの?」

「アーリー。良かった、良かった……」


 タルトゥの耳にレイユのツンツンした説教は聴こえていない。

 それだけ心配していたんだと判り、未来もホッと胸を撫で下ろす。

 これで攻められる心配はない。スタンガンモードにした羽根は必要無いと思ったが、一応ラーガンに渡しておく。


「あの、これ使ってよ」

「なんだコレは」

「心臓は一回止まりますけど、全回復して生き返る私のスキルの延長線上です。難しいことを言うと、私も分からなくなるのでこれ以上は聴かないでくださいね。それじゃあ」


 未来は言いたいことだけ口走ると、そそくさと冒険者ギルドを後にした。

 これ以上あの空気に触れると、流石に居た堪れないメーターがMAXになる。

 そんな未来は冒険者ギルドの外に出ると美味い空気に全身が解き放たれて、ようやく一つの解放感を味わえた。

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