第50話 全力で叩きのめしてあげるよ

 アーリーは勇者の剣を振り抜いた。

 未来との差はほぼ無い。確実に当たる。切られる。誰もがそう思うはずだ。

 レイユも止めに入ろうとした。アーリーの仲間達もだ。けれど時すでに遅し、剣は鞘から抜かれ、アーリーの持つ勇者の剣は未来のことを切……


 カキーン!


「なっ!?」

「危ないなー」


 未来は剣に切られる瞬間、素早く翼を展開していた。

 翼を前に広げ丸めたことで盾の役割を果たし勇者の剣を弾く。

 どんなモンスターでも切り伏せ、魔王の魂すら引き裂く斬撃を放つとされる勇者の剣が、傷一つ与えることすらできずに完璧に防がれたのはよっぽどショックだったのか、アーリーの動きが鈍った。ピタッと一瞬止まるが、すぐに奥歯をガリガリ歯ぎしりを立てると、剣を構え直した。


「まぐれだ。その翼もはったりだ!」

「はったりって、私のスキルにそんなこと言わないで欲しいんだけど?」

「うるさい、黙れ! 僕は勇者だ。君みたいな冒険者風情に負けるはずが無いんだ」

「いや、貴方も勇者だと思うけど……ああ、まだやるのね」


 未来の言葉も聞かず、アーリーは問答無用で突っ込んでくる。

 剣を叩き付けようとするが、その悉くを翼で簡単に居無し弾かれ防がれてしまう。

 カキーンカキーンと金属音だけが響く中、圧倒的なまでの矛盾のやり取りに集まっていた冒険者達の目を惹く。


「なんだなんだ、喧嘩か!」

「冒険者ギルドで止めてくれよな」

「って相手は勇者と《最速の運び屋》かよ。世紀の一戦じゃね?」

「綺麗な翼だな。アレが《最速の運び屋》の【翼】かよ。初めて見るけどよ、勇者の剣よりも強いって有りか?」


 などと呑気な会話を繰り広げていた。

 確かに未来は翼を多くの人に披露したことはない。

 けれど勇者の剣を相手に一歩も引かないで逆に押し返している未来とその翼に一種の恐怖にも近い何かを感じているようだ。怖いものに惹かれてしまう、人間の陰の部分にある欲求が掻き立てられていた。

 しかしこの子どもとの喧嘩もそろそろやめるしかない。

 これ以上やり合うと、本気で怪我をしかねないし、冒険者ギルドにも迷惑だ。


「そろそろやめにしない?」

「逃げるのか!」

「逃げるんじゃなくて、これ以上やると本気で怪我させるよ? それにギルドを壊すのは本望じゃないね」


 未来はこの説得で我に返ってくれることを少しだけ期待していた。

 けれどダメだった。むしろチャンスと思ったのか、より一層攻め立てる。

冒険者ギルドごと壊してもいい様子で、流石にバカにもほどがあると呆れてしまった。


「それなら構わないよ。このギルド会館ごと破壊して!」

「はぁ? 舐めるなよ」


 未来はアーリーの狂気にまで迫る傲慢さに嫌気がさし、腹に向かって強烈な飛び膝を入れた。

 「ぐはっ!」と目を見開いて口から何か吐き出す。

 痰が床に吐かれると、腹を押さえたままヨロヨロと倒れそうになっていた。


「痛てぇ。痛てぇよ……」


 アーリーは想いも寄らない一撃を喰らったせいか、肩を上下に上げ下げしていた。

 如何やらダメージを受けることを想定していなかったらしい。

 バカにも程があると鼻で笑った。


「ふん。傲慢に溺れるような勇者に私は負けない」

「ふざけるな。僕は勇者なんだ。誰にも負けない、絶対的な正義を持った正義の象徴、みんなの希望、僕が全ての道を切り開き、英雄への道は僕のためにあるんだ。こんなところで、雑魚なんかに負けて……たまるか!」


 アーリーは吹っ切れた。

 傲慢さが熱を増し、勇者の剣がどす黒い赤に変色する。

 まるでアーリーのはらわたを引き裂き出したような色をしており、気持ち悪くて仕方ない。本気でギルドを破壊しかねない精神状態と修羅の面を張り付けたアーリーには何の言葉も通じず、もはや物理でわからせるしかなかった。


「困ったな。これじゃあ本当に破壊しかねないよ」

「それじゃあ貴方が先に壊せばいいのよ」

「はっ?」


 レイユがおかしなアドバイスをする。

 未来は理解しがたかったが、確かにそれができれば苦労はしない。

 けれど問題はギルドを自分が壊せば、その責任云々が自分に降りかかることだ。

 困り顔を浮かべてアーリーの攻撃の手数を休みなく捌き切っていると、事態を見ていたペリノアが叫んだ。


「未来さん、少しくらいの破損なら構いません。そちらの方を止めていただけませんか?」

「ペリノア……本当に良いの? 本気でやっちゃうよ?」

「構いません。これ以上暴れられると、ギルドに居る他の方々に危害が加わるかもしれません。お願いします、未来さん!」


 ペリノアは必至に訴えかけていた。

 そう言われたら仕方ない。ギルドからの一方的な許可も下りたので、未来も本気で相手をする。

 アーリーの勇者の剣が禍々しいが、それを翼で簡単に捌き切り、引いた瞬間。力が掛かる一瞬を狙う。


「どうやらボコボコにしていい許可が出たみたいだから。アーリーって言ったっけ? 本気で骨の何本かは貰うよ!」


 未来はアーリーの剣を弾いた。

 力が掛かる一瞬の隙を突き、柄の一番遠い部分を蹴り上げたのだ。

 するとアーリーの手から勇者の剣が離れる。床に転がる前に回収すると、禍々しい色をしたどす黒い赤色の剣は通常の綺麗な白金の輝きを取り戻す。

 これで剣は回収した。しかしアーリーは剣を失っても尚、攻撃してくるので、翼を使って撃退する。


「僕は勇者なんだ。例え剣が無くても、僕は負けないんだ!」

「そっか。それじゃあ負けてもらうよ!」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 翼を一気に広げてアーリーの体を吹き飛ばす。

 とんでもないエネルギーが加わり、アーリーの体は後ろに受け身を摂ることもできずに吹き飛んだ。

 前に盗賊にした時よりは少しだけ威力も弱めたつもりだ。

 それでも視認できるギリギリは変らず、気が付くとアーリーの体はひしゃげており、半分が壁の中に埋もれていた。


「ふぅ。やっと大人しくなった」


 未来は息を整える。

 肩を揉むと、こと切れた人形の様になって動かないアーリーを見つめた。


「ア、 アーリー!」


 タルトゥはアーリーの傍にいち早く駆け付けた。

 ピクリともしないアーリーの姿。壁がボロボロと崩れ、破片が当たっても起き上がらない。 腕がダラーンと伸び、顔は項垂れてしまったせいで髪が下りて見えない。

 実際生死不明だが、きっと生きていると楽観的な観測をする未来はようやく喧騒の無く

なった静まり返る冒険者ギルドの空気を嗜んだ。

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