第49話 傲慢な勇者は暴走する

 未来とレイユは冒険者ギルドを出ようとする。

 これから簡単な採取依頼を受けたから、採りに向かおうとしていたのだ。

 自称勇者と言うアーリーたちも興味が失せたのかようやく解放されると、テクテク歩こうとした。すると同じエンポートの冒険者、おそらく低ランクだろうが余計な口添えをした。


「あっ、アレが有名な《最速の運び屋》とドーンセン森林を・・・・・・・・破壊した魔法使い・・・・・・・・かー。凄ぇ、本当に居るんだな」


 少年冒険者はそう口走った。

 キラキラした目とハキハキとした声。

 憧れの冒険者に出会えたような高揚感が声だけで伝わって来たが、今はマジで止めて欲しかった。カチンと頭の中で火打石が鳴るような音がして、怒り度がガツンとブチ上がった。

 マジで止めて欲しいんだけど、そんなこと言うとさ、はいはい、始まってますねぇー。

 未来はアーリーが口走った少年に話を伺っていた。


「ねえ君、今の話って本当?」

「あっ、えっと、はい! あの人が未来さんって言うこのエンポートでも凄い有名人で、仕事とは完璧だけど態度が顔に出る系の怒らせたらマジでヤバいちょっと嫌な天才でで……」

「酷い言われようですね」

「慣れているからね……」


 タルトゥに同情されてしまった。

 しかし未来もここは大人しく穏便に解決を図るため、ムスッとした表情は浮かべずに処理。とは言え少年冒険者には厳しい目を向け、見えない強烈な殺気で三日間は寝込んで貰うことにした。感覚的に伝わって来たのか、瞳孔が開いて顔色が青白くなるのが目に見えた。楽しい。


「ど、どうしたんだい? 急に顔色が悪くなって……うっ!」

「珍しいな。アーリーが嗚咽を漏らすとは」

「そうだね。それで君、もう一人がその?」

「は、は……はぁ、は」


 コクコクと首を縦に振るだけのマシーンと化していた。

 もはや半分廃人状態で喋れない。ちょっとやり過ぎたかもと思った時にはもう遅く、少年冒険者は項垂れていた。

 まあこれも冒険者の洗礼ってことで……普段は気にしないけど、ちょっとは空気を読んで欲しいな。と、何様のつもりだと言われそうなことを、口には出さずに未来は胸の内で留めた。


「えっと、コホン。コホンコホン。気を取り直して……君が例の魔法使いだったんだね。それならそうと言って欲しかったよ」

「はぁ。こうなるから嫌だったのよ」


 レイユは今日会ったばかりと言うアーリーに対してもまるで姿勢を崩さない。

 むしろ余計に溜息が多くなり、かなり失礼だった。

 しかしながら今回はレイユに賛同する。未来もアーリーと会話をするたびに滲み出る裏・・・・・が見え隠れして気持ちが悪かった。それこそが傲慢さで手短にしたかった。


「そんなこと言わないで欲しいな。僕は君達に危害を加える気は無いんだ」

「本当?」

「もちろん。もしも危害を加えるようだったら、問答無用で反撃してくれて構わないからね。骨の何本かはあげるから」


 物騒なことを口走っていた。まるで自傷がカッコいいとか言っていそうで気持ち悪い。

 悉く相性が悪いと未来とレイユは直感する。

 そんなことは露知らず、アーリーはレイユに話し掛ける。


「レイユって言ったよね。改めて僕はアーリー。勇者の名を襲名した最強の冒険者……」

「悪いけど名前を覚える気はないの。それにもう覚えているから必要ないわ」

「そ、そう?」

「それから忠告。自分で勇者の名をとか最強のって付けると強く聞こえると勘違いしていない? 結果を出してからが勇者であり最強なの。それで強かったら良いけど、何もできない木偶でくの棒なら足下すくわれるわよ」


 レイユはズバッと切ってしまった。

 するとアーリーは完全に調子を崩したのか、それとも苛立ちが目立って来たのか、指をパキパキ音を鳴らしていた。勇者ならもう少し寛大になって欲しいのだが、レイユのこの程度の挑発で音を上げるようならまだまだだった。


「言わせておけば……ま、まあいいよ。それでなんだけど、僕達がここに来た理由はもう分かるよね?」

「さあ、なんだったかしら」

「うっ……君を誘いに来たんだ。どうかな? この世界を救うために、僕達勇者パーティーのメンバーに……」

「断るわ!」


 レイユはアーリーがまだ話し終わっていないにもかかわらず、話しを完全にぶつ切りにした。それから言い放たれたのは、拒否の一言。それ以上でもそれ以下でもなく、「断るわ」一本で押し通してしまった。

 流石にこれには脳のキャパが超えたのか、処理にとんでもない時間を要する。

 しかし言葉の意味を理解しようとするとアーリーは表情を歪めた。本性が見えてきた。


「ちょっと待ってくれるかな? なにかの聞き間違い? 今、断るって聞こえたような」

「ええ、そうよ。私は断ったの。元々私はソロで活動しているし、いまさら他のパーティーに乗り換える気はないの。それに私の実力にも見合わないような子と一緒に居ても、迷惑をかけるだけ。もちろん、貴方達がね」


 レイユははっきりと言い切った。

 なんと言う傲慢な性格なのか。自分のことを奢り高ぶっている証拠だが、それだけの実力も持った天才だ。天才とは常に凡人の先を行く者とか、そんな名言も合ったりなかったりだが、ぶっ長けていえばレイユは振り切り過ぎていた。それだけの実力を兼ね備えた心に傷を負う者だった。だからこそ未来は理解して寄り添えたのだが、アーリーには全く伝わらない。


「僕が見合わない? せっかく僕が誘っているのに、勇者の僕に盾突く? そんな傲慢な種族が居てたまるか。僕は最強なんだ、神も魔王も全部ぶっ壊す勇者なんだ。そんな僕が見込んでここまで頼み込んでいるのにちっとも言う通りにしない? はっ、狂っているね。これはアレだ。少し痛い目を見て思い知る必要があるね。僕の方が強いこと、僕の方が優秀なこと、天才が僕で君が凡人だということを……ああ、そうだ、そうしよう。その方が手っ取り早い。仮に何人か死んだとしても、勇者に盾突いた不届き者として処理をすればいい。大丈夫僕は勇者なんだ。勇者は絶対で正義なんだよ。正義に仇名すものは全て真実だとしても悪でしかないんだ……ああ、そうしよう。そうしよう」


 かなり激ヤバな雰囲気が漂い始めた。

 アーリーの周りにどす黒い靄が立ち込め始めると、傲慢さを露わにしてまるで化け物だった。

 表裏一体とはよく言うが、完全に裏返っていた。内に秘めていた傲慢さが悪意に変貌して手の付けられないモンスター、いや人ならざる化け物になろうとしていた。


「あ、アーリー!」

「戻って来い。それ以上踏み入れるとお前は勇者ではなくなるぞ」


 タルトゥとラーガンが必死に止めようとした。

 けれどアーリーには届かない。完全に我を忘れ、自分の正義にうぬぼれている。

 浸かり切ったその表情は屈託のない笑み。だけど屈託とは名ばかりで、完全に死んでいた。そこにアーリーは居ない。


「ちょっと落ち着こうよ。こんなところで戦ったら色々マズいよ?」


 流石にヤバいと感じ自分しか止められないと感じた未来が割って入った。

 しかしアーリーには届かず、小さな声で「うるさい」と呟く。

 すると腰の剣に手を掛けて、勢いよく未来へと振り抜くのだった。

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