第44話 スタンガン型の回復アイテム

「そっち行ったわよ!」

「分かってるって」


 未来とレイユは今日も討伐系依頼をこなしていた。

 今日の討伐対象は草原に現れた大型のシマウマ系モンスター。

 名前はゼブラホーン。シマウマには似つかわしくない大きくて立派な角が生えていた。

 突き出した角を振りかざし、四肢で地面を蹴り上げて突進する、動きが単調だが厄介なモンスターだった。


「もう、ちょこまか逃げるな!」


 未来は空を高速で飛行しながら急速に接近する。

 しかし近付いた瞬間に立ち止まり、後ろ蹴りを喰らいそうになった。

 その連続で、何度も蹴りを入れられそうになる。

 厄介ったら仕方のないゼブラホーンに、未来はムッと表情を顰めていた。


「ちょっと、早く動きを止めないさいよ」

「そうは言っても……レイユも魔法で攻撃してよ。《三現象の雷トライ—サンダー》くらいつかえるよね?」


 さっきからレイユは何もしてくれなかった。

 指示を出すのは良いのだが、自分からは一切攻撃をしようとしない。

 もちろん攻撃をしない理由も解っていた。ここは草原で、下手に魔法を使えばまた燃やしかねないのだ。

 けれどこのまま追い続けていても時間だけがいたずらに過ぎていく。

 そんな無駄なことはしたくないので、レイユに提案をした。


「レイユ私が動きを止めるから、その隙に攻撃してよ」

「動きを止めるって如何するのよ?」

「こうするに決まっているでしょ!」


 未来は翼から羽根を一枚むしろ取った。

 プチっとプラモデルをランナーから外すみたいに簡単で、痛みも一切無かった。

 それを良いことに何枚か千切って指の間に挟み込むと、時速六十キロで飛ばした。


 シュン!


 空気を取る音が聴こえた。

 摩擦を生んで空気を震わせると、走るゼブラホーンの後脚にクリンヒット。

 悲鳴を上げて転びそうになるゼブラホーンだが、背後から追尾する残りの羽根を避けるために全力疾走する。


「そっちまで引っ張っていくから、近付いたら雷落としてよね」

「貴方も大概なことをするわね。はぁ……《三現象のトライ—サンダー》!」


 杖を振り上げると魔法を唱えた。

 気怠そうな名前の見上げだが、威力は確かなもので、杖の先端に雷が溜まっていく。

 ビリビリと青白いスパークを上げると、自分に向かって突撃するゼブラホーンを前にしても一切怯むことなく、魔法を至近距離でぶっ放した。


「行けっ」


 ボーン!


 杖の先端から雷が発射された。

 ゼブラホーンは至近距離過ぎて躱すことも出来ず、避雷針になっていた立派な角に命中する。

 被弾したゼブラホーンは雷の直撃に黒焦げになると、その場でパタンと倒れてしまった。

 あまりにも一瞬の出来事過ぎて高揚感も抱かないが、近くには魔石が転がっていた。

 レイユはしゃがんで拾うと未來に見せる。如何やら無事に依頼は達成できたようで、ホッと胸を撫で下ろして地面に下りた。


「お疲れ、レイユ。今日も一撃だね」

「一撃過ぎてつまらないわ」

「まあまあ、私の身にもなってよ。本当はフィニッシュは決めたかったのに」

「それなら来てくれても良かったのだけど?」

「レイユの出番が無いでしょ? 困るでしょ? つまんないでしょ!」

「はぁー。面倒くさ……っ!」


 レイユは左の頬を手のひらで隠した。

 奥歯を噛んだような表情をしたが虫歯じゃない。

 何かあったのではと思いレイユに訊ねるも「なんでもないわ」とはぐらかすので、手のひらを無理矢理剥がした。

 すると頬に擦り傷ができていて、薄っすらと赤い血が流れている。


「あーやっぱり。怪我してるじゃんかー」

「これくらい掠り傷よ。怪我に入らないわ」

「いやいや、怪我でしょ? 絆創膏ばんそうこうとか持って来てる?」

「これくらいで持ってくるわけないでしょ」

「うーん、困ったね」


 ポーションを飲んでも傷が塞がるわけじゃない。

 あくまで痛みを和らげて、体力を回復するアイテムだ。

 失った手や足が生えるわけでもないし、治癒力が上がっても傷はすぐには塞がらないのだ。


「ポーション頼みじゃダメだもんね」

「こういう時に回復魔法が使えれば……って嘆いても仕方ないわね」

「事態が好転するわけじゃないよ。……あ、そうだ!」


 ポンと手を叩いて未来はあることを思い付いた。

 レイユが「まさか試すんじゃないでしょうね?」と危機感を露わにすると、未来はニヤニヤと不気味で不敵な笑みを浮かべていた。

 レイユは絶句する。慄いた様子で身を硬直させた。


「そのまさかだよ。早速試してみよう!」

「はぁー。如何なっても知らないわよ」

「それはレイユがだよ。んで、如何やって試せば……とりあえず取ってみよう」


 この際だと思い未来は翼の万能性を確かめることにした。

 まずは翼を出す。雄大な翼が顕現した。

 それから羽根を一枚取ってみる。きっとこの羽根に回復効果が付与されていると思ったが、尖っていて痛い。こんなものを肌に突き刺すなんて、戦闘以外ではしたくないと思った未来は如何したものかと悩んだ。

 すると頭の中でイメージが湧いてきた。


「そうだ。この羽根が回復用に変形すればいいんだ」

「なに馬鹿なこと言ってるのよ。もう少し真面目に考えなさい」


 之でも真面目なんだけどな、と未来は不服な表情を浮かべる。

 しかし頭の中に膨らんで湧いて来たイメージが形になって欲しい。

 以前にも同じことがあったので、その経験を活かして試してみた。

 すると取ったはずの羽根の形がほんの少しだけ変わり、真ん中に切れ目ができた。


「真ん中に切れ目? コレって外せるってこと」

「羽根を外すってなに? そんな話聞いたこと無いんだけど」

「私だって聞いたことないけど、ちょっと引っ張ったら取れそう……硬いな。うおっ、せーのっ、うはぁ!」


 ポン!


 力いっぱい羽根を引っ張る未来。

 奥歯を噛み締める奮闘の結果、なんと切れ目から羽根が二つに分割された。

 行動はまるでプラモを作るようで、音はプルタブを開ける時のようだった。

 軽快な効果音と共に分割に成功した羽根を手のひらに乗せた未来は、その形と真ん中にできたボタンの様な凹凸に違和感を覚える。


「このパーツ、くっつきそうだね」

「くっつくって、元々一つだったんだから当たり前でしょ?」

「そうじゃなくて、三角形のパーツと長方形のパーツ。二つをこう反対側に付ければ、ほら嵌った!」

「玩具なの?」

「玩具メーカーに売り込みに行けばアイデアは買ってくれそうだよね。まあ、そんな真似しないけど……この凹凸のボタンを押したら何かできそうだね」


 気が付けば羽根の形は百八十度反転し、全く別の形状になっていた。

 細長いナイフのような荒々しい形状が、ボテッとしたギターのピックのような形状に様変わりしている。

 中央には凹凸のボタンが付いており、三角形の一番鋭い頂点から何か出そうだった。


「何かできそうだね」

「そうね。それじゃあ……試すのよね?」

「うん。それじゃあやるよ」

「こうなったらやるしかないのね。神よ、如何か私に力を……」


 試しに未来はレイユの頬に羽根を近付けた。レイユは神様に祈りを捧げていた。

 羽根を頬に当てても見た。けどそれだけじゃ何も起きないのでボタンを押してみる。

 とは言え発光もしないので効果無しに見えた。


「何も起きないね」

「そうね。やっぱり意味は、うっ!」


 レイユが心臓を押さえた。

 しかしそのまま固まってしまい、重力に従って仰向けに倒れた。


「レイユ!」


 咄嗟に未来は腰を支えた。

 一体何が起きたのか分からないが、とりあえず安静にすることにした。

 仰向けのまま草原の柔らかい草の上に横たわらせると、頬の傷が治っていることに気が付いた。


「うわぁ凄い! 一瞬で治っちゃった。やっぱり私の翼って万能なんだ。成功だよ、レイユ!」


 レイユに実験大成功を伝えようとした。

 しかし全く返事が無い。肩を揺すっても起き上がる気配が無かった。


「レイユ?」


 不安になった未来は瞬きを繰り返した。

 何が起きたのか分かっていないが、ふとレイユの頬を引っぱたいて起こそうとすると、静電気が未来を伝い全身がビリビリした。

 如何やら感電しているようで、未来から離れるしかなくなる。


「あっ、これってスタンガンだったんだ……如何しよう? ってかヤバくない!?」


 レイユは気絶していた。

 心臓に耳を近付けると止まっているようだ。

 これはマズい。何とかして起こさないと。

 ここはもう一回スタンガンウィングをと思ったが、何故か機能しなくなっていた。


「もしかして一回きり? それとも治療が完了しちゃうと効かないとか?」


 様々な憶測が流れた。

 けれど如何したものかと悩んでも何もできない未来はただ一人、心臓が止まって倒れているレイユを見守ることしかできなかった。

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