第43話 自己回復しかできません
「ふと、思ったのだけど……」
「なに?」
宿屋風流荘の食堂でお昼を食べていた未来とレイユ。
今日はトマトスパゲッティで美味しそうだ。
レイユはフォークをクルクル回しながら頬杖を突いていると、そんな風に語り出した。
「貴方は如何して怪我をしないの?」
「はっ? 怪我をしないって……怪我しないように手を抜くからだよ」
「そうじゃないわ」
如何やら的を入れなかったらしい。それどころか今までが全部手を抜いていた露呈してしまった。
これは参った。何処かで訂正する隙を窺わないと思ったのも矢先、レイユは未来に訂正する隙を与える所か、そんなこと如何だっていいと言いたそうに一蹴する。
記憶の彼方へと吹き飛ばすと、レイユはコホンと軽い咳払いをした。
「貴方、あんな無茶な戦い方をして、今まで怪我の一つもしていないんでしょ?」
「無茶って……ああ! 槍突撃ね」
「そうよ、分かっているなら察しくらい付きなさい。貴方は天才なんだから」
「誰も言ってないけど?」
「私に付いてこれるだけで天才なのよ」
それは奢り高ぶりすぎな気がしたが、一旦スルーすることに決めた。
兎にも角にもレイユの疑問はというと、未来がいくらアクティブに無鉄砲で無茶な戦い方を続けても怪我の一つもしないこと。普通あれくらい動けば擦り傷くらいする。
けれど未来はこの世界に来てからふと思い出せば一度たりとも精神面以外で傷付いたことはない。
不条理が渦巻いているこの世界に落胆して、少しでも良い所を探す毎日の中でも、体だけは全くと言っていいほど怪我をしなかった。
「確かにそうだね。これも私の才能?」
「それだけじゃないわ。きっとあの翼、何か効果が付与されているのよ」
「何かって、また漠然としているね」
「何かは何かよ。それ以外に答えはないわ」
それは答えにはなっていない、まさに答えを放棄しているのと一緒だ。
頭を抱えることすら億劫な未来は如何したものかと思った。
とりあえず怪我をしないのは良いことだと思うけど、それだと納得してくれそうにない。
実際、本当に怪我をしていないのかは見える範囲だけでは分からないのだ。
「うーん、それじゃあ試してみようか」
「試すって?」
「ちょうど、ほら。ここにあるでしょ?」
未来は非常にサイコパスでヤバいことを考えていた。
右手で持っているフォークを逆手に持ち帰ると、先端を指先に突き付ける。
「ちょっ、まさか!」
「えいっ」
ブス! っと容赦なく自分の指を貫いた。
平然とした顔で怪我を見つめると、ドクドク赤い血が流れ出す。
その姿にレイユはドン引きし、すぐに怪我を治そうと思って救急箱を借りに向かう。
「なに馬鹿なことしているのよ。リネアさん、救急箱……」
「大袈裟だなレイユ。ちょっと怪我しただけで……ん?」
「ちょっとじゃないわよ。……自分の血を見て黙るなんて気持ちが悪いわよ。おまけに翼まで出して……はっ?」
レイユの心配をよそに、未来は怪我をした指を見ていた。
ドクドク流れる赤い血を見ながら翼も展開する未来を気持ち悪いと感じたレイユだが、ふと机を見てみると血が一滴も零れていない。
それどころか固まったまま動かない未来の指は完全に血が止まっていて、皮膚も再生していた。何が起きているのかは分からないが、とにかく治っていた。
「な、治ってるの?」
「うん。治ってるみたい」
レイユは信じられない物を見ていた。
もちろん未来だって信じられなかった。
まさかここまで速い治癒能力とは誰も想像しない。
まるで痛みも感じなかったし、怪我をしていたことすら夢や幻の類なのではと思わせてしまう程で、二人は茫然自失で固まってしまった。
「ちなみにだけど、ちゃんと動くのよね?」
「もちろん動くよ。ほらっ!」
指の関節を曲げてみた。
なんの違和感もなく動いてくれた。
つまりもないし、血液を損失した感覚もない。
未来とレイユはポカンとした顔をしたまま数十秒の時間が経っていた。
「これは……如何する?」
「如何するも何も、その翼が治癒したとは限らないわよ」
「そうだけど……あっ、そうだ! 今度怪我をした時に他の人にも使えるか試してみようよ!」
「えっ? 試すって、私に怪我をしろってこと?」
「いや、そこまでは言ってないけど?」
何だかよくない方向に傾いていた。
レイユはコイツ頭おかしいんじゃないの、とか言いたそうな顔をしていた。
正直そこまで落ちぶれたとは言われたくない。
未来は唇を曲げるレイユに対して、薄ら笑みをぶつけてみた。
余計に大丈夫かコイツ判定を喰らいそうで困ってしまったが、実際それくらいしか判断する方法は用意できなかった。
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