第42話 黄昏時を見つめています

 あれから数日。依頼も順調にこなしていき、中ランク冒険者として数も信頼も十二分に備わって来ていた。

 しかしドーンセン森林の一件は痛いくらいに胸に突き刺さっていた。

 特にレイユは精神的に来ていた。討伐依頼で魔法使う際、少し威力を殺していたのだ。

 手加減にも思える程で、それで魔力のコスパが良くなるのなら万々歳だが、何処となく心の余裕とゆとりが欠落しているようにも感じてしまう始末。隣で見ていた未来にはそう見えるのだ。

 かと思えば未来自身はあまり気にしていない。けしかけたのは自分だから悪いとは感じつつも、それくらいおかしな性格じゃないと冒険者は務まらないのだ。


「はぁ」


 レイユが溜息を吐いた。

 特に珍しくはないが、今回はちょっと特殊。

 なんと心からの溜息だったようで、肩を上げ下げしている。


「レイユ、疲れたの?」


 未来はそっと声を掛けてみた。

 迷惑だとは思うが、心配しているのは伝わる。

 一瞬視線をくれると、「ええ、大丈夫よ」とまるで覇気のない返答が返った。

 心の傷は深いのか、やけに繊細なレイユの一面を目の当たりにした。

 こうなってしまったらパーティーメンバーとして少しでも役に立ちたい。心のケアは大事だと判っているからこそ、何をしたら良いのか、何をしたら喜ばれるのか分からず、行動に移すに移せない状態でやきもきした。


「そっか。大丈夫なんだ。でもちょっと疲れているように見えるけど?」

「はっ! 私が疲れているって言いたいの」

「うん。顔色は良いけど、心に傷が入っている感じがする。そこから空気が抜けているみたいな、そんな感じかな?」


 表現が余りにもチープで判りやすいがあまり公表ではない。

 レイユに睨まれてしまい、逆効果だと判った。

 如何したら機嫌が良くなるのかな、このままじゃパーティーも解散……マジか。と、未来にも心労が嵩むと、ふとレイユは「はっ」と息を吐き吐露する。


「そうね。確かに疲れているかもしれないわね」

「レイユ……やっぱり体も疲れているんだね」

「心の余裕ってことよ。そのせいで魔法の威力を下手に殺さざるを得なくなっているもの」


 まさか自分から認めるとは思わなかった。

 ポカンとした顔をしていた未来は何だか瞬きをする。

 ようやく言葉の意味をしかと理解し受け止めると、「あっ!」となってレイユに声を掛けた。


「それじゃあ……」

「それじゃあ、って。なにも計画していないんでしょ?」

「うっ! 見透かされてた?」

「当然よ。文字もろくに読めないで頭の中で適当に補うような子が、まともに私の好みを熟知している訳ないものね」

「ごもっともです」

「そこは開き直るのね。まあいいわ、多少は好感が持てるかしら」


 レイユに心の奥底を見透かされてしまった。

 頬を掻きながらモゾモゾしてしまうが、ここは開き直るしかない。

 特に気負いすることもなくレイユに素で相手をすると、レイユの口からある提案がされた。それは意外なものだった。


「ねえ未来、ちょっと付き合ってくれるかしら」

「付き合う? デートってこと? 私はそう言うの得意じゃ……」

「いいから、一緒に行って欲しいの」

「……分かったよ」


 レイユに頼まれた未来は依頼を終えると、とある場所に向かった。

 そこはエンポートの中でもかなり奥まった場所にある。

 今まで一度も言ったことがない場所で、未来は興奮した。




「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 未来はレイユに付き添う形で一緒に高台になって来た。

 そこはエンポートの一番奥。冒険者ギルドや商業を除くと目立った観光スポットの一つだった。

 とはいえわざわざここまで足を運ぶ人は少ないのか、高台の展望台には誰も居ない。

 街の景色と黄昏時に染まる夕陽を一望に味わうことができた。


「凄い。めちゃくちゃ綺麗な場所だね」


 未来は興奮のあまり連れて来てくれたレイユに感謝する。

 キラキラした瞳を向けると、髪を掻き揚げて「そうね」と呟く。

 近くに設置された誰も使っていない木製のベンチに腰を下ろすと、吹き抜ける涼しい風に全身を包ませた。


「ふぅ。ここ良い所でしょ、私のお気に入りの場所なの」

「お気に入り? そんな所に私を連れて来ても良かったの?」

「いいわよ。私が誘ったんだから。それより、この場所のこと如何思う?」

「如何って言われても……」


 あまりにも漠然とした問いかけに一瞬悩む。

 だけどここは素直に答えた方がいい。

 何も包み隠さず、思ったことをありのままに伝える。


「とってもいい所だと思うよ。エンポートの街並みを一望できるし、何よりもこの夕陽が」

「心に沁みるわよね」


 レイユが未来の感想を繋いだ。

 頬杖を突くと頬を染めてうっとりさせている。

 魔法使いの帽子を傍らに脱ぐと、杖を股の間に挟んでボーっとしていた。

 覇気はなく、ウルウルとした涙模様の瞳を浮かべていた。


「私ね、この街のこの景色が好きなの。だから何の縁もないこの街拠点に活動を続けているんだけど、最近は忙しくてここに立ち寄れていなくてね」

「それって私のせい?」

「一重にはそうね。けれど今は如何でもいいわ。もう慣れて来たもの」


 レイユの中で心境の変化があったらしい。

 元々ソロで活動していたレイユにとって未来は厄介者。そう思っていた。

 けれど仲間としての意識が芽生え始めていた。

 これは人間として成長を迎えようとしている証拠だ。ここは何か一声掛けるべきなのではと、未来は深く唸る。展望台の周りを囲う細い柵をギュッと握り、優しい笑みを浮かべた。


「レイユ、ここに来たのってやっぱり……」

「貴方の想像通りよ。私は気にしているの。この力が……魔法力が余りにも攻撃的すぎて、何かを壊すしかできないことをね」


 レイユの嘆きは強烈なパンチ力を持っていた。

 まともに受けきるのは至難の技で、少し身を屈めて迎え撃つ。


「そんなことはないと思うけど」

「気休めは止めて。自分でも分かっているの。私は炎も氷も雷も。全部、全部全部努力して磨いて、ここまで使えるようになったわ。けれどそれは刃向かう者を殲滅するための傲慢な武器でしかないの。誰かを守ってあげられるような優しい天使の翼じゃないのよ」


 上手く身を屈めて優しく迎え撃ったがダメで、その上言い分が未来のことを対比で指していた。

 けれど完全に対比にはなっていない。何故なら未来の翼は攻撃的でもあったからだ。

 とは言えそれを差し引いても有り余る攻撃的な武器に嫌気がさしているように感じる。

 それが今回の一件をきっかけに浮き彫りになったのだ。


「別に私は誰かを守るために魔法使いになったわけじゃないわ。けれど魔法力は年々強まっているの。変でしょ? 普通、逆なのに」

「それは才能だと思うけど?」

「ふん。才能って言ったら簡単に済ませちゃうわよ。だけどね、実害だってしっかり出ていたわ。ドーンセン森林、それを消滅したのは私の魔法なの」


 それを言ったらお終いだ。

 話が何も好転せずに順ぐりと元に戻ってしまう。

 これは良くないと思い未来は渋々き裂混じりに言葉を刺そうとした。

 けれど違った。レイユにはこの話の先があった。


「でもね、私は分かったの。私には攻撃的な魔法しか使えない。けれどその分だけ応用力に秀でている。それならやることは簡単よ。私は自分にできる最善を尽くすの。それがこの有り余る魔法力を発散する方法なのよ」

「ってことは、もう決めたってこと?」

「ええ。私はこの魔法を貫くだけ。メソメソするなんて私らしくもないわ」

「だよね。サバサバしている方がクール系のレイユには似合っているよ」

「大きなお世話よ。それで、私がここに貴方を連れて来たのは一つ提案があるからなの」

「提案?」


 レイユが自分の思いを吐露したと思えば、今度は提案らしい。

 未来は少し身構えると、ゴクリと喉を鳴らした。

 レイユは立ち上がり未来と真正面に向き合う。

 澄んだ瞳を浮かべると、手を前に差し出した。


「私、パーティーを組んでみて思ったの。一人の方がそれは楽だけど、二人なら三人ならっ手考えた時にお互いの弱点を補い合えるでしょ?」

「うん。それがパーティーの優位点だ方ね」

「だから、これからもパーティーを続けて欲しいの。ダメかしら?」


 まさかに提案だった。もっと畏まって仰々しい話かと思えば意外過ぎて一瞬放心状態になる。

 けれどすぐに頭で理解して、レイユは変ったんだと納得する。

 そうなれば考える必要もない。自分から誘っておいてそのままは流石にサイコもサイコだと思い、ここは人間性を見せるべくレイユと手を繋いだ。


「こちらこそよろしくね」

「ええ、私の方こそ。未来、私は貴方のことを期待しているのよ」

「期待?」

「ええ。貴方なら、もっと高い所まで連れて行ってくれそうでしょ」


 あまりにも不躾な期待だった。

 正直その期待には応えられないし、応える気もない。

 けれど不服な表情を浮かべるわけにはいかない未来は感情を押し殺し、黄昏時の陽射しに隠すように薄っすらとした笑みを浮かべるのだった。

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