第40話 魔法の代償

 どれだけの時間が経っただろうか。

 未来は暗闇の中をプカプカと浮いていた。

 翼を出す必要すら無く体がやけに軽い。

 まるで異世界にやって来た時をより淡くしたみたいな不思議な感覚に苛まれる中、ふと光が伝播したかのように暗闇に差し込んだ。


「ちょっと、起きなさい」


 何処かからか声が聴こえた。頭の中に響いてくる。

誰かが起こそうとしてる? もしかして私、寝ているのかな。

未来の意識が少しだけ回復した気がしたので考えることができた。


「いつまで、意識飛んでるの。雷落とすわよ」


 声の主は辛辣だった。

 雷は落とされたくないな。そんなことされたら死んじゃうでしょ。

 頭が痛くなってきた未来は、そんなことは流石にされないと唸る。

 

「仕方ないわね。《三現象の……》」


 しかし声の主は全く分かっていない。未来がたとえ死んだとしても関係ないらしく、急いで起きないと本当に殺されると思った。

 翼を全力で展開するように頭の中でイメージを膨らませて念じる。

 すると背中から翼が現れ、一瞬にして暗闇を掻き切った。


「はっ!?」

「あっ、やっと起きたわね」


 目を開くと視界が青空に覆われた。綺麗な景色を見ると、隣には綺麗な顔立ちの少女がいた。レイユだ。

 なんと未来はレイユに支えられている状態だった。

 翼を広げ、その脇に入り込むみたいにレイユが未来の体を抱き寄せてくれたらしい。


「レイユ? あれ私如何して」

「吹き飛ばされて意識を失っていたのよ。危く飛んで行く所を私が捕まえたの」

「捕まえたって言い方……そもそもこうなったのはレイユの魔法のせいで」

「なに? 私に文句があるの? 自分じゃ倒せなかった癖に、サラマンダーを倒した私に」


 そう言うこと言っちゃうんだ、まあそうなんだけどね。と未来は遠い目をした。

 けれど本当のことなので反論できない。

 グッと気持ちを押し殺すのではなく、「そうだね」と相槌を打つ。

 納得した未来はふとレイユの言葉に首を突っ込んだ。


「えっ!? サラマンダー、倒したの」

「もちろんよ。眼下を見てみなさい」


 レイユに言われるがまま眼下を覗き込む。

 それが本当なら依頼達成。全部終わって万々歳。

 未来は軽く舐めた態度を取っていたが、覗き込んで幻滅した。

 ゾッとして顔色が悪くなり、喉が潰れたみたいに声を失った。


「えっ?」


 それくらいしかリアクションができない。

 未来は瞬きを繰り返して、コレは嘘だと信じたかった。全部夢、私は夢の続きを見ているんだよね。と言い聞かせるようだったが、残念なことにコレは現実だった。

 眼下に浮かぶ光景。それはドーンセン森林の跡形も無い憐れな姿だった。


「な、なにこれ?」

「見ての通り、ドーンセン森林の跡形も無い姿よ。だけどそのおかげでサラマンダーは無事に討伐できたわ」

「討伐できたって……これはあまりにもだよ」


 ドーンセン森林の中央に鎮座していたサラマンダーの姿は無い。もちろん魔石すら落ちていなかった。流石はレイユの魔法だと褒めたい。

 けれどサラマンダーを消し飛ばした辺りを中心に、周りの木々も消滅していた。空間が円形に広く取られ、白茶色の地面を露わにする。

 それだけじゃない。周囲の木々は黒くなっていて、完全に焦げ付いていた。

 木々には亀裂が入り、植物は枯れ、湿り気すらなくなった。

 こんな景色を望んではいない。ドーンセン森林は地獄絵図を通り越していた。


 総じてあまりにも悲惨な状況。

 確かにサラマンダーは討伐することができたけれど、その分大事なものを失った気がする。

 森林火災によってではなく人の手によるものだった。

 それが何とも歯痒くて、もの凄く申し訳ない気分になった。

 こうなった原因を作ったのは、結局未来の言葉だった。

 私がレイユを買い被ったせいで……ごめん。と言うのが精一杯で、言葉にできない。

 悲しい気持ちになってしまい、流石の未来もレイユもだんまりになった。

 とは言え溢れる感情を吐き出したい。未来の口から少しだけ感情の一片が吐露された。


「それじゃあこの森はもう……」

「死んだなんて言わせないわよ。まだ生きているわ」


 けれど森が完全に死んだわけじゃない。レイユはそう提唱する。

 確かに木々は黒焦げになり、何本もの大木が倒れたり消失していた。

 あまりにも無残な光景に言葉も出ないが、それはあくまでも表面上のことだった。


「ほら、根っこは残っているわよ。この森はまだ生き返る可能性があるのよ」

「そうなの?」

「植物は強いのよ。その再生力もね。普通は切り倒された木は死んでしまうわ。けれどこのドーンセン森林は元々魔力の多い場所。魔力は生命力とも密接真関係にあるから、時間さえ経てば根っこが残っている木くらいは元通りになるわよ。とは言え、何十年も掛かるかもしれないけどね」


 レイユの口調は優しかった。

 口元が緩み、薄っすらとした笑みを浮かべていた。

 けれどその目は少し悲しそうで、本当にこれで良かったのかと悩んでいるらしい。

 そんなレイユに掛ける言葉は見つからない未来は、思ったことを率直に話した。


「レイユは間違ってないよ」

「そう思う?」

「間違っているなんて思ってたら何もできないよ。けれどレイユはそれをやった。正しいか正しくないかは終わってみないと分からないけど、やってみないとこんな結果にはならなかったしあのまま放置していたらもっと酷いことになっていたはずだよ。それを思えばレイユの行動は正しかったんじゃないかな? 森にしても生物にしてもね。あっ、あくまで私の考えだから……レイユ?」


 何故かレイユは顔を俯いていた。

 表情を見せないように帽子を深々と被っている。

 未来は声を掛けようとした。けれど声を掛けることが烏滸おこがましいと空気を読み、未来はあえて何も言わなかった。

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