第35話 切羽詰まった職員達

 未来とレイユは監視塔の前までやって来た。

 入り口には誰も立っていない。

 監視塔なら、誰か警備が付いていると思ったのだ。とは言えまさか居ないとは、未来も思わなかった。


「ここで合ってるよね?

「合ってるわ。ほら、鳴らす」

「あっ、ちょい待ちだって!」


 レイユは扉に設置されたドアノッカーをコンコンした。

 未来自身、私も大概ヤバい奴だけどレイユも結構ヤバめだよね。とか内心では引いてしまった。

 けれどそんなこととは露知らず、ドアノッカーをコンコンからゴンゴンに返るレイユ。

 その音が余りにも騒がしかったのか、扉の向こうから声がした。


「はい! 開いてるから入って貰って構わないですよ!」


 怒鳴られてしまった。かなり怒っていた。声色からガチで伝わった。

 これは流石に謝らないと評判に傷がつくだろう。

 とは言え、レイユが謝るだろうか? 未来も謝るのは癪だった。

 監督不行き届気にはしたくないので、未来は困り顔を浮かべる。

 がしかし、そんな未来の気など知るわけの無いレイユはこう言った。


「居るみたいね。ほら、入るわよ」

「その前にレイユ、今の行動かなりサイコだったよ」

「貴方もでしょ」

「まあね。でも私は、そこそこ空気は合わせられるよ? ぶち壊す時は壊すけどさ」

「それも如何かと思うわ」


 レイユには言われたくない。

 未来はそう思ってしまったが、当然口にできるわけもない。

 何だかなとお互いに胸の内を隠しつつ、監視塔の中に入った。


「こんにちは、お届け物で……うわぁ」

「これは……地獄絵図ね」


 監視塔の中は一面が広いフローリングの床だった。

 そこには人が集まっていた。如何やら監視塔で働く見張り役の職員らしい。

 何やら忙しなく働いているようで、机の上に大量のファイルに留められていない資料を血眼で確認していた。てんやわんやな状態で、全員がピリピリしている。

 明らかに空気が死んでいて、一刻も早くこの場を立ち去りたかった。

 早く荷物を届けて帰ろう。未来はそう念じ、一番近くに居た男性に声を掛ける。

 目が充血していて、何やら切羽詰まっている様子。恐らくは寝ていないのだろう。


「あの、すみません」

「ん? ああ、外からノックを何度もしてきていた……うるさいから止めて貰えるかな」

「それは私じゃなくて、こっちに言ってください。えっと、冒険者です。荷物をお届に参りました」


 魔法の鞄の中から小包を取り出した。

 それを手渡すと、「これは!」と声を高らかに引き上げる。

 それから未来の顔と小包を交互に見返すと、ギュッと手を繋がれた。急すぎて困惑したが、気持ち悪いなと感じたのも仕方ない。


「そうか、そうかそうか。君達が調査に協力してくれる冒険者なんだね」

「「はい?」」

「いいや、分かるよ。さっきはすまなかった、急に怒鳴り付けてしまって。俺達も一週間徹夜なもので、ついつい冷静さを欠いてしまっていたよ。本当にすまない」


 何が如何なっているのか、未来もレイユも分からず首を捻る。

 少なくとも言えるのは、状況が好転していないことだけだ。

 これは明らかに面倒なことに片足を突っ込んでいる。

 それだけは確かだと感じ取り、頭の中で警告音が鳴り出した。


「あの、何か勘違いをしているんじゃないですか? 私たちは……」

「いいや、この小包を配達してくれたと言うことは間違いないよ」

「は、はぁ?」


 なにを言っているのか。未来とレイユは訳が分からず、一歩後退した。

 すると男性はギュッと強く手を握り返された。

 動揺が抑えられない。胸がざわついて、鼓動が走り出す。

 早く帰りたい。もしくはこの空間から逃げ出したい。そうしたくてもできない状況に切羽詰まった。


「あ、あの……一体何があったんですか?」

「ちょっと未来!」


 レイユは未来に叫んだ。目を見開いて、腕を伸ばしてすらいた。

 けれど遅かった。未来はこの状況を打破するための最善を尽くした。

 ここで男性に手を離して貰うには、あえて話を聴くしかないのだ。

 百パーセントの茨道。それが分かっていたからこそ、レイユは未来を全力で止めようとしたのだ。だけどダメだったので、溜息を吐きそうになっていた。


「はぁ、手遅れなことを……」

「ごめんね」


 未来はレイユに遅れながら謝った。

 するとレイユは「いいわよ、もう終わったんだから」と諦めていた。

 細目になって不気味な笑みを浮かべると、男性に話をして貰うのを待つ。


「みんな聞いてくれ!」

「なんだ?」

「おい、今それどころじゃ……」

「そこに居る部外者は何だ? 冒険者か?」

「今忙しいんだ。悪いが後に……」

「冒険者ギルドから派遣調査にやって来てくれた優秀な冒険者さん達だ。これで万事解決だ。もうひと踏ん張り頑張るぞ!」


 派遣調査? 何それ美味しいの。未来は馬鹿になっていた。いいやアホになっていた。

 しかしながらそれを聴いた男性職員達は無性に喜んでいた。

 血眼になっていた瞳から熱い涙が零れだし、一気に泣き崩れていく。まるでドミノ倒しだ。

 あまりにも阿鼻叫喚、地獄絵図の暴走に肝が冷えると、レイユに訊ねた。


「如何なっているの?」

「私が知る訳ないでしょ。分かるのは、とんでもない厄介ごとに全身を突っ込んだってこと。もう逃げられないわよ」

「そうだね。これは逃げられないね」


 未来もレイユも逃げることは諦めた。

 ここは速攻かつ最適な解決を迅速で行うことに変更する。

 あきらめの境地に立った二人は冷静になった。無駄な思考を取っ払い、冒険者ブラックライフモードに切り替える。


「とりあえず話を伺いますので、はなして貰えますか?」

「うん、そうだね。話させて・・・・もらうよ」

「それだけじゃなくて、手を離して・・・貰えますか?」

「……ん?」

「あれ、伝わんないんだ」


 よっぽど切羽詰まっている状況だ。

 とりあえず言いたいことがあるようなので、まずはそれだけ聴いておく。

 概要が分からないと話が見えてこないのだ。


「じゃあ、何があったかは……」

「この近くにある森で謎の発火現状が起きているんだよ」


 まだ途中だったのに、一番重要そうなことを教えてくれた。

 それを聴いた瞬間、未来とレイユはスイッチを切り替える。

 これはとんでもなく面倒かつヤバめな臭いがする。切羽詰まっている事情も分かり、表情が強張ってしまった。完全に逃げるわけにはいかなくなった。

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