第36話 調査依頼に派遣されていた件
未来とレイユは男性に奥の小部屋に通された。そこには木製のそこまで大きくない机に、ギリギリのスペースに置かれた椅子がある。二人は下座側の空けられた席に着いた。
机の上は客人用にしてはあまりにも片付けられておらず、急遽使える最低限に整理した様子が容易に窺えた。
つまりここはいわゆる資料室。もしくは徹夜で缶詰め状態になっていたのか。
おそらくは後者だろう。その形跡として、二脚の椅子がピッタリとくっついていた。
ここで寝泊まりしてたのかと、未来とレイユはアイコンタクトだけで情報を共有すると、男性に話を伺う姿勢を取る。
「初めに、俺はこの監視塔で働いている職員でバルドと言う。さっきは本当にすまなかったね」
「いえ、それだけ切羽詰まっていた証拠ですから」
今回は礼儀正しく振舞う未来。その隣で二人のやり取りを無言で聴くレイユ。
あまりにも畏まった様子にバルドは緊張感を拭えない。
もちろん未来とレイユも同じで、あり得ないが舐めているような余裕は無い。
「それじゃあ如何して君達冒険者をここに呼んだのかだけど……さっき言ったことが概要だよ」
「森林火災ですか?」
バルドは森で謎の火災が発生していることを概要として教えてくれた。
そこから未来は勝手な推測を早めに立てておいたのだが、如何やらそうもいかないらしい。
神妙な顔付きになり腕を組むと、「それが分からないんだ」と微妙な顔色と声音をした。
「違うんですか?」
「……違くはないと思うけど、森林火災にしてはあまりにも……」
「意図的ってこと?」
「そうとも言い難いんだよ。とにかく謎が多くてね。人為的ではないと思うんだが、天災とも思えない。現にこの辺りの地域は雷も滅多に落ちることはない上に」
「湿気が多くて乾燥なんてとてもしていないわね」
レイユがバルドの言うことに相槌を打つ。
確かにこの辺りは苔生しているくらい湿気が多い湿地帯だ。
そう考えると、自然発火の可能性は限りなく低い。
森林火災になるのなら、雷が落ちたり乾燥している必要がある。
けれどここは条件として何一つ合っていない。
「それじゃあ如何して? やっぱり人為的な仕業じゃ……」
「そうだとしたら死者の一人でも出ているでしょ。この辺りの森はそこそこの広さなのよ」
「だとしても」
「だとしてもないわ。根拠もある」
「根拠!? 確証があるってこと!」
未来は目を見開く。当然バルドもだ。
事態の収拾が手っ取り早く済むのなら早く答えを聴きたい。
確証があるということは、選択肢も限りなく絞られる。これはレイユも付いて来てくれて良かったと胸を撫で下ろした。
「当たり前よ。私は魔法使い、しかも魔力の探知ができるね」
「魔力の探知ができるってことは、人の魔力も判るってこと?」
「当然よ。魔力の無い生物はいない……はずなのだけどね」
レイユは未来のことをジッと見ていた。
訝しそうに舐め回す。何か言いたいことでもある様子だ。
「どしたの?」
「なんでもないわ。それよりバルドと言ったわね。この近くの森、ドーンセン森林には人の持つ魔力反応はなかったわ」
「そ、そうか。それなら選択肢は」
「代わりにモンスターの魔力があるわね。かなり強力な炎属性の魔力だから火災が起きてもおかしくはないわ」
レイユの見解は一気に事態の収拾に動いてくれた。
バルドは「それは本当かい!」と立ち上がる。
頬杖を付いてすました顔をするレイユはジト目になっていた。
今にも欠伸をしそうな体勢で、かなり失礼だった。
「それが本当なら自体は一気に解決に動くよ。ありがとう、本当にありがとう。やっぱり冒険者ギルドの中でも最優の実力者達だ」
「でもまだ確証は……」
「彼女が言うんだ。仮に間違っていたとしても行動を起こさないことに意味はないよ。君達のことは責めないから、このことを冒険者ギルドに伝えてくれないかな」
「それくらいならやりますけど」
「ありがとう。本当にありがとう。あっ、そこにあるお茶勝手に淹れて飲んでいいからね。それじゃあ俺はこれで」
バルドはそう言うと部屋を出て行った。
切羽詰まっていた状態から閃いた糸口に向かって全力疾走。
あまりにも忙しない状況に未来まで疲れてしまった。
「お茶、淹れるわよ」
「ありがとう」
レイユはスッと立ち上がるとやかんからコップにお茶を注いだ。
ちょっと温くなっているのか茶葉がシナシナになっている。
湯気も立つことなく、コップを触るとほんのりな温もりだった。
「はい」
「ありがとうレイユ」
「これくらいいいわよ。それよりコレを飲んだら退散よ……かなり良い茶葉を使っているわね。上々のもてなしよ」
何様なんだよ、とか当然言えるわけなかった。
今回の事態収拾に向けての立役者はレイユだ。
結局未来は話を聴くだけしかできなくてダラーンと机に突っ伏した。
隣に座るレイユは体をグニャッとさせてさっきよりもだらしがない。
「レイユ、その姿勢は」
「欠伸なんてしないわよ。これが私の素なの。素じゃないと良い魔法は使えないわ」
そうは言うが、さっきの言葉の重みと威厳が全く感じられなかった。
気が付けば足だけはそのままで、体は壁の方を向いている。
多少思う所もあるが未来は完全に無視し、ふと気になることを呟く。
「もう終わりなんだよね。帰っても怒られないんだよね?」
「冒険者ギルドに報告しに行かないといけないのよ。それまで気を緩めない」
「……そうだね」
だからそれを言っても説得力が無い体勢なんだよ、と抗議を入れたかった。
けれどレイユの言うことは正しく、未来は口答えできない。
正しいことを言われると本音を呟いたら屁理屈になって足下を救われると知っていたからだ。
「だけど職員達だけで倒せるのかな?」
「知らないわよ。どうせ討伐隊を組むんでしょ」
「だろうね。ふはぁー、これでお終い。依頼終了……」
と高を括っていたその時だった。
急に扉がドン! と開かれた。
振り返ってみるとそこに居たのはバルド。顔面蒼白で、今にもぶっ倒れそうだった。
「バルドさん!?」
「良かった。まだ、居たんだね……」
バルドはフラフラしていた。
目が充血していて熱い涙が零れ始めていた。
緊張が災いして、それが一気に弾けた証拠だ。
「居ましたけど、すぐに帰りますよ」
「待ってくれ。頼む最優の冒険者の二人。実は頼みがあるんだ」
バルドの口調に覇気がない。今にもこと切れそうだった。
しかも少し前から気が付いていたが、優秀なから最優なにグレードアップしていた。
ちょっと嬉しくなったがそれも一瞬で飛んだ。意識を切り替えバルドに尋ねた。
「頼みですか? 依頼ってことですよね」
「うん。討伐隊の編成には時間が掛かるんだ。だから、君達二人に討伐を……ぐはっ!」
「バルドさん!」
バルドは力尽きて倒れてしまった。
張り詰めていた緊張の糸が解けただけじゃない。そのせいで筋肉に溜まっていた疲労が一気に弾けて体が動かない人形になってしまった。
意識を失い今は虚空の中に居る。そして遺言の様に残した言葉。重たくのしかかる。
「二人で討伐って……」
「それくらい時間がない証拠よ。現に今も……」
不穏な言葉を口にしようとしたレイユ。
しかし何も言わなかった。言わなくても分かるからだ。
森の方をジッと見つめ、腕を組んで考える姿勢には先程の腑抜け感は無かった。
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