第32話 結局何も起きないは暇すぎる!

 ポカポカの陽気が漂っていた。

 今日も空は快晴。何処までも澄み渡る青空のたもと

 未来とレイユは待ちぼうけていた。


「結局何も起きなかった」


 ポツリと未来は口走ってしまった。

 せっかく竜車に乗せて貰った上にジュースまで奢って貰ったのに何にもお返しできなかった。もしもモンスターや盗賊なんかに襲われた時には率先して迎え撃とう。そう画策していたものの、蓋を開けてみれば竜車をわざわざ襲おうという馬鹿者が居るはずもなくすんなりと目的の村までやって来ることができた。

 あまりにも必要性皆無な小旅行。未来にはそうとしか思えない。

とは言え一番精神にキテいるのは護衛を任されていたレイユのはずだ。

未来はこれから仕事があるが、レイユの場合は単純におまけ以下になってしまうのだから、目が虚ろになっていても不思議はない。

現に今も呆然として、空を見上げて固まっていた。


「レイユ、何も起きなかったね」

「そうね」

「残念だったね」

「そんなことないわよ。何も起きなかった以上の成果は無いじゃない」

「活躍したくなかったの?」

「そんなもの必要無いわ。それよりこうしている間に一時間が経つわよ。龍燕遅いわね」


 確かにもう一時間が経過していた。時が経つのは早い。

 にもかかわらず龍燕は戻ってこない。

 「ここで待っていてください」と言われたから村の外れで待ちぼうけていたのだが、あまりにも遅すぎるので不安を感じる。道中ではなく、目的地でトラブったのかもしれない。


「行ってみる? 行ってないと分からなくない?」

「そうね。行ってみるしかないかしら」

「そうと決まれば……って何処に行けば良いんだろ?」

「あっ!」


 未来とレイユは歩き出そうとした。正義感に溢れ、不安を消し去ろうと行動を起こしたのだ。

けれどここでマズいことになった。誰も龍燕の居場所を知らないのである。

 進み出そうとしていた足が止まり、頬をポリポリ掻いて上の空だった。

 ここから先の行動を何にも用意していないので、未来とレイユは龍燕が戻って来るのを待つしかないただの木偶の坊になった。




 さらに一時間が経過した。

 すると一本道の農道の向こうから誰かがやって来る。

 この一時間で目の前の道を通った人影は一切無し。首だけ振り返ってみると、戻って来た龍燕だった。


「あっ、やっと戻ってきた!」

「そうね。二時間……かなり無駄な時を過ごしたわ」


 未来とレイユはようやくの龍燕の帰還にホッと胸を撫で下ろした。

 すると龍燕は一切表情を替えることなく戻って来ると、真っ先に頭を下げた。


「すみません。少し遅くなってしまいました」

「二時間を少しって言うんですね」

「そうよ。二時間よ」

「すみません。ですが無事に受け取って来ましたよ。後はコレを未来さんに託して持ち帰って貰うだけです」


 龍燕はそう言うと、何処からともなく木箱を取り出した。

 手のひらサイズの小さめな木箱だったが、受け取るとずっしりと重たい。

 その上で中身の音が一切しない。もしかしたら割れ物注意の品かもと思い、緊張感が増すと早速魔法の鞄の中に仕舞った。


「これで良し」

「魔法の鞄。それはブレイクさんの持ち物ですね」

「分かるんですか?」

「もちろんですよ。竜神族は長寿な上に肉体も丈夫で記憶力にも優れています。それに加えて魔力も人間族に比べると何十倍も多いんですよ」


 チート種族感たっぷりだった。向かうところ敵無しな竜人族に絶対に相手はしたくないと未来は震え上がりそうだった。

 とは言え龍燕は優しかった。未来もそれ以上怪訝な顔色を浮かべることはせず、早速持ち帰ることにした。


「それじゃあ持ち帰りますけど……龍燕は遅れて帰るの?」

「私は少し遠方に出てみます。レイユさんは如何しますか? もし良ければエンポートまで送り届けますが?」


 龍燕はレイユに尋ねた。そう言えばレイユが飛べるのか分からない。

 流石に一人なら一緒に飛べるかな? と、未来は指を開いたり閉じたりしていた。

 そんなことをしていると、レイユは溜めを一切生まずに一言呟いた。


「大丈夫よ。私は飛べるから」

「そうなんですか?」

「マジで? 飛べたの!」

「当たり前よ。私は魔法使いよ」


 魔法使いだからと言って飛べるとは限らないんじゃないかな? なんて言える空気ではない。いつもの未来ならついつい口を出してしまいそうだが、流石に二時間の無がそれを拒んだ。

 そこで未来はここで切り替える。早速翼を出して空へと舞い上がる。


「よっと!」


 バサバサと翼をはためかせた。

 空気を切り、風を呼ぶ。その雄大な姿に龍燕は目を奪われる。

 眼下を凝視していると、レイユまで視線を奪われていた。

 そんなに変な所でもあるのかと、朴念仁状態の未来だったがすぐに気になる。

 レイユは如何やって飛ぶのか。もしも手を必要なら途中まで引っ張って……入れで帰ればいいんじゃないかな? とか思ってしまった。

 けれどその必要は全く無かった。レイユはハッとなって我に返ると咳払いをした後に、何やら魔法を詠唱している。この高さからじゃ聴き取れないので未来は少し高度を下げた。

 するとレイユも空へと浮かび上がってきた。


「それじゃあ帰るわよ」

「ちょっと待って。本当に飛べたんだ。だけど体がビリビリしてない?」

「そうね。ちょっと電気が黙っているかもしれないわ。でも誤差よ」

「誤差って……一体どんな魔法を唱えたの?」

「そんなことは如何でも良いでしょ。ほら、帰る」

「あっ、ちょっと待ってよ!」


 未来はレイユに手を焼いていた。

 スカートにもかかわらず先導して飛び立つので不安要素満載だ。

 後で文句を言われたら敵わないので少しだけ高度を上げてみないように努めつつ、緊張感が張り詰めたままエンポートに戻る。


「本当に面白い方々ですね」


 その様子を龍燕は地上から見ていた。

 雄大な翼を広げる未来と下着丸見えなレイユの姿をその目はしっかりと捉えていた。

 額に手を当て太陽を避けると、御者台に乗り込み次の街を目指すのだった。

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