第26話 美味しいオムライス
未来は冒険者活動を終え、宿に戻って来ていた。
今は食堂に一人ポツンと寂しく座っていて、全身から哀愁を漂わせる。
いいやそれは哀愁などではない。げんなりとした黒いものだった。
「マジかー」
結局今日も進展なし。
なかなか上手くいかない毎日に現実味を感じる今日この頃。
流石の未来も溜息を付きそうになっていた。
それもそのはずここの所パーティーを組むことを考えすぎてまともに依頼がこなせていない。もちろん依頼自体は完璧にこなしていた。むしろ普段よりも良い調子で、最短かつ最速で終わらせていた。
けれどそのせいもあってか、ドンドン面倒な方面へとスライドしていた。
未来にまたしても噂が立ち始めたのだ。
「いや《最速の運び屋》に《怒らせると一番怖い冒険者》に加えて、《最短昇格者》なんて……余計にパーティーを組むハードルが上がったんだけど。最悪」
この数日他の冒険者にも声を掛けてパーティーを組もうと誘ってみた。しかし全部失敗に終わった。
如何してだろうと考えていた所に他の冒険者が小声で話していた声が聴こえてしまった。
そしたら案の定で、新しく追加された二つ名のせいで余計に避けられてしまった。
それもそうだ。ただ強くて速いなんて、自分の存在意義を見失いそうになる。
ここで楽だなとか思えないのがこの世界の人達のようで、負い目を感じてしまうらしい。
不平不満を溜め込んでしまうのが何処か未来の故郷と似ている気がした。
「それなら素直に前線に上がればいいのに。私は下がって後方支援の方が楽そうだし、それも大事なんだけど……冒険者にそんな考えないのかな?」
結局楽な方がいい。だけどその楽が自分に合っていて、活躍できるなら尚良し。
この間冒険者ギルドに愚痴を本音で語った後、つい思ってしまったのだ。
もうスローライフは無理だろう。だったらスローライフっぽくなるためには如何したら良いのか。それは下手に目立たずに自分が思う形で最速かつ最短で終わらせて余裕のあるゆとり時間を増やすことだった。
けれどここまで来るとそれすらドンドン遠くなっている気がした。
自分で掘った穴に自分で落ちるなんて何て滑稽なんだと嘲笑う毎日だ。
「如何したら……分からない」
頭を抱えてしまう未来。
そんな未来に声を掛けたのはリエルだった。
今日の夕飯のオムライスを持って来てくれたのだ。
「お疲れですね未来さん」
「リエルさん……あはは、疲れてますか?」
「……はい。取っても疲れていますよ。憂鬱に近いのでしょうか?」
「そうかもですね。あはは、あはは」
気色の悪い笑いを浮かべてしまった。
リネアはそれを見て若干引きかけていたが、ここはお客様の前だということで表情に出さないように全力で注意しているのが見て取れる。
この優しさが胸に突き刺さる。ちょっとだけ表情を緩ませる未来だったが、心の中では憂鬱の闇に苛まれていたのかもしれない。
けれど未来自身がそれを上手く理解できていなかったので、気味が悪い雰囲気を放っていた。
「大丈夫ですか? 顔色が悪いですよ」
「そこまでですか!?」
「今のはジョークです。すみません」
まさかリネアがジョークを言うとは思わなかった。未来は目を丸くする。
それ程までに満ち満ちているのだろう。ついつい本音を吐露してしまった。
「リネアさん。私って、嫌われているんですかね?」
「急に如何したんですか!?」
「いや、冒険者活動をしていても中々パーティーも組んで貰えなくて。理由は分かっているんですけどね」
「分かっているのなら改善すればいいと思いますよ」
「それが出来れば苦労しないんですよ。これってその人個人の人間性の問題が強すぎて……うん」
考えるのも億劫になってしまった。
自然と口を閉じて自分の中だけで完結し納得させようとする。
そんな未来のことを案じたのか、リネアは手を合わせた。
「未来さん、私の作るオムライスは美味しいって評判なんですよ!」
「急に如何したんです?」
「こんな時は美味しいものでも食べて元気を出しましょう!」
リネアなりの優しさだった。
未来もその優しさに触れたのでスプーンを手に取ると、オムライスを一口運ぶ。
「あむっ」
「如何ですか?」
リネアが不安そうに尋ねた。未来は何も言わずに黙って食べる。
口の中一杯にケチャップライスの芳醇な酸味を唾液酵素が分解。
フワフワでトロトロな半熟の卵が解けて行き、甘み成分をこれでもかと運ぶ。
酸味と甘み。二つの対局な味わいが一変に混ざりあうと、崩壊を生むのではなく旨味へと進化する。
「美味しい。美味しい美味しい!」
「ありがとうございます」
未来は目をキラキラさせていた。
さっきまでの憂鬱で怠慢で億劫になっていた気持ちが何処かに吸い込まれる。
身軽になった掃除機は吸引力を上げて行き、次々口の中へと卵とライスが消えていく。
滑らかな味わい。旨味の爆発。未来は嬉しさのあまり、つい泣き出しそうに……はならなかったけども、とにかく美味しかった。
「美味しかったです、リネアさん」
「うふふ。笑顔になってくれましたね。良かったです」
リネアは笑っていた。
未来はスプーンを皿に置くと、もう一杯食べたいなと思ってしまった。
「リネアさん、もう一杯って……」
「大丈夫ですよ。それでは作って来ますね」
「ありがとうございます」
未来はリネアの優しさに感謝した。
机に肘を付き足を子供みたいにパタパタさせる。
心地の良い気持ちになり、首を横に振っていると、不意に食堂の外から響く音に耳を奪われる。階段を下りているようで、振動が若干伝わる。古い建物だから仕方ないのだが、そう言えばもう一人泊まっていたことを思い出す。
「時間をずらしたからかな? もしかして隣の部屋の……」
未来はどんな人なのか顔くらいは合わせておきたいと思った。
隣人が今まで誰かも知らずに狭い宿の中を過ごしていたこと。
ちょっと怖いかもか知れないが、そんなことは今の未来には如何だっていい。
さあ一体誰が……と待っていると、思いもよらないことになった。
ガチャッ!
扉が開いた。未来は何事もない平然とした客を装うが、チラリと視線を向けた。
するとそこに居たのは——
「レイユ?」
「如何して貴方がここに居るの」
そこに居たのはレイユだった。
一体何故? そう疑問に思ったが、お互いに立ち尽くしてしまった。
茫然と時間だけが過ぎていく最中、二人はリネアが戻ってくるまで沈黙を貫いていた。
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