第8話 冒険者になってみた

 リエルから鍵を受け取った未来は二階にある部屋へと向かった。

 階段は少し古いのか、未来が歩いた程度でギシギシと軋む音を奏でる。

 板自体が分厚いので割れることはないと思うが、未来の脳裏に薄っすらとした不安がよぎる。


「大丈夫かな?」


 それでも階段を上がっていく。

 すると二階は一本の廊下になっていた。

 部屋が右にも左にもあるようで、ドアノブだけが露出していた。

 見た目だと全部同じだが、部屋番号の描かれたプレートが吊ってあるようで、自分が部屋番号を確認する。


「えっと、003号室。ってことは、向こうから数えて、一、二の、三。ここか」


 未来は自分に貸し出された部屋のドアノブを回して中に入る。

 思った以上に綺麗でこじんまりとしていた。

 かなりシンプルな部屋構成で、シングルの硬めのベッドと机、クローゼットに姿見と、最低限のものが四隅に均等に並べられていた。


「ふぅ。とりあえず座ろう」


 ベッドに腰を下ろしてみた。悪くない。

 ベッドメイキングが完璧にされていて、床を見ても埃一つ落ちていない。


「マジで凄いじゃん」


 普通に声を失うレベルでドン引き。むしろこんな良い部屋をあてがって貰って悪い気分になる。

 しかし部屋自体はそこまで広くない。

 別にミニマリストでも狭い部屋がすき好むわけでもない未来にとってはまあこのくらいかなと思うレベル。

 仮に異世界転移で、もう二度と元の世界に戻れないとしたら、節約観点から見ても丁度良かった。


「まあとりあえずやることだけど……せっかく異世界に来たならやりたいことをやらないとね」


 まずはスローライフ。現代人が決して送ることのできない憧れを体験したい。

 未来はそう思ったが、普通に発展した街に来てしまった。

 そこが大問題で、何をするにもまずは金。ドラゴンを討伐した報酬だけでは足りないと思い、ふと金策を考える。


「そう言えば冒険者ギルドがあるってブレイクさん言ってたよね。だったら、冒険者なっちゃう?」


 正直、ゲームやアニメの世界の冒険者って、めちゃ強いスキルで蹂躙していくか、めちゃ苦労してひもじい思いをするかの二択だ。

 そう考えたらあまりにもリスキーだけど、金銭面には当分の余裕もあるし、やってみたいと思った。

 それに何よりも自分のスキルを信じているので、未来は決心する。


「明日にでも冒険者ギルドに行ってみようかな。暇だしさ」


 早速明日冒険者ギルドに行くことに決めた。

 だけど今日はもう良いかなと思い、晩御飯時まで部屋でボーッとすることにした未来だった。




「ここかな?」


 未来はリエルに冒険者ギルドの場所を尋ねた。

 するとすぐに教えてくれた。如何やらこの街ではかなりメジャーな施設のようで、行先への道順もすぐに覚えられた。

 目印は横幅が長く大きな建物であること、盾に剣が二本×を描くように重なっている看板だ。

 ありがちな設定と思ったものの、実際にエンブレムの様に堂々と飾られていたのでびっくりした。


「それにしても、かなり大きな建物だなー。しかも人の出入りが激しい」


 未来が迷惑なくらい冒険者ギルドの前で突っ立っていると、周囲からの視線を浴びる。

 それもそうだ。今の未来の格好はブレザー。

 この世界ではあまり一般的では無いのか、少なくとも街ではあまり見られなかった。

 

「うーん、場違い感が凄いし、視線も痛い。入ろう」


 流石に視線が集中して来ると嫌なので、未来は冒険者ギルドの中に入ることにした。

 途中、他の冒険者とぶつかりそうになりながらも、スルリと躱し冒険者ギルドの中に入ってみると、ふと瞬きをしてしまった。


「うわぁ! たくさん人が居る」


 思っていた以上の人でごった返していた。

 未来は喉を突かれたように唾液が詰まる。

 肩が少し震えた。武者震いってやつなのか、兎にも角にもやることは一つ、まずは……なに? と、困惑していると、不意に受付を見つける。

 まずは登録しないと話しが始まらないので、未来は人が丁度いなくなった受付に並んだ。

 目の前には受付嬢と言うのだろうか、ショートカットの女性が一つ仕事を終えて息を整えていた。何だか早すぎたかなと思い、ちょっとだけ気が引けるが、女性の方から優しく声を掛けてくれた。


「ようこそ冒険者ギルド、エンポート支店へ。本日はどのようなご用件でしょうか?」

「えっと、冒険者登録ってここでできますか?」

「はい、それではまず冒険者ギルドについての説明をしてもよろしいでしょうか?」

「あー……はい、お願いします」


 女性は説明書に書いてあるような目次の謳い文句を皮切りに言い出した。

 いわゆるマニュアルが発動したらしい。

 未来は一瞬聴くのを躊躇った。それもそのはず、長くなりそうだからだ。

 しかし聴かない訳にはいかないし、最初の第一印象を最悪にはしたくないので、少し悩んだが話を聴くことにした。

 すると内容はシンプルで、思った以上に長くもなかった。


 まず冒険者ギルドとは、未来が思っていた通り、雑多な種類の依頼が集まる場所。

 そこでギルドを介して依頼を引き受け、達成すれば報酬を冒険者に支払う。

 ギルドはその仲介料を受け取ることで利益を上げる。


 冒険者は依頼を受けて無事に達成したら報酬を受け取ることができる。

 しかし誰でも彼でも難易度の高い依頼を受けられるわけではない。

 命を落とすような危険な依頼もあるので、無駄に人死にが出ないようにするため冒険者にはランクが設定されている。

 最初は低ランクから、依頼をこなし冒険者ギルド側から認められれば、より上のランクに上がれる。その分危険な依頼も多くなるが、報酬も増える仕組みだ。


 ただし依頼を達成できなければ、違約金が発生する。

 なので自分のできる範囲の依頼を見つけることが大事。

 その上数年間依頼を受けないでいると、冒険者ギルド側から警告が来て、登録を除名され冒険者の資格を剥奪されてしまうのだ。

 かなりシビアではあったが、冒険者の名をいつまでも語るのは世間的にも悪影響になるらしい。


「なるほど。かなりちゃんとしてるんですね」

「当然です。それでは説明は以上になりますので、こちらの容姿に必要事項の記入のうえ、再提出してください。後は登録料を提示していただければ冒険者カードを発行の上、以上で冒険者登録は完了になります。何かご質問はございますか?」

「大丈夫です」

「それではこちらの用紙に必要事項の記入をお願いします」

「はい」


 未来はボードに張り付けられた紙を受け取った。

 初めて本物を見るが、コレが羽ペン。そして黒インク。美術部とか漫画製作部でしかうちの高校では使っていないのでは? と、未来は目を奪われた。


「そんなことよりえーっと、ん?」


 未来の手が止まった。

 初めての羽ペンに緊張しているのはもちろんだけど、何よりも困ってしまうことができた。

 

「……読めない」


 ここに来て超初歩的なことに息詰まる。

 まさかの❘文字が上手く《・・・・・・》読めない・・・・

 いや、完全に読めない訳ではなく、中途半端に読めてしまうのだ。


「えっ、ここが“なまえ”。それでこっちは……なに?」


 平仮名と漢字が入り混じる。

 下手な形で翻訳されてしまい、如何してこうなったのか分からない。

 そもそも本当に読めているのだろうか? それすら真偽が怪しい。

 何だか一夜漬けの知識を詰め込んだみたいで気持ちが悪かった。


「うわぁ、これじゃあ文字も読めない人だよ。困ったなー。まあいっか、とりあえず頭の中で保管して、こうでこれしてああだ!」


 もうノリと流れで書いていた。

 きっと文字数的にこうだろうと勝手に決めつけると、未来は文字もまともに読めないまま、何となくの賭けで受付に持って行く。

 もしも指摘されたらその時は正直に言おう。別に恥ずかしがることじゃない。そう言う人だっていて良いのだ。


「あの、書けました」

「はい、お預かりしますね」


 未来は手を合わせて、お願いしますと念じていた。

 今更だが受付嬢と言っていいのだろう。女性は用紙を確認すると、コクコクと頷き、作業のため受付カウンターの奥へと行く。

 姿を消して数分。一瞬ポワッと青白い光が上がった。

 それから程なくして受付嬢は戻って来ると、トレイの上に一枚のカードを置かれていた。


「冒険者登録はこれにて完了になります。くれぐれも気を付けて冒険者ライフを送ってくださいね」

「あっ、はい」


 カードを受け取った未来。

 如何やら上手く行ったらしい。手応えが全く無い中、未来は表情を歪める。


「まあ、いっか。結果オーライでしょ」


 とりあえず無事に終わって何より。

 これで冒険者として一歩を踏み出したのだが、ここからが大変だと、未来はやる前から判り切っていて気を引き締めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る