第7話 これで一ヶ月泊まれるなら安いですね

 エンポート。それは未来が今いる大陸にある大国アンペラにある街の一つ。

 王都ではなく、王都の次に大きな街で、別名冒険者の街。

 人の出入りが激しく、風の様に新しいものは入って来る。

 そんな活気のある街で、この国に来て何かを始めるのなら、まずこの街と呼ばれるほど有名中の有名だった。


「それじゃあ私はこの辺で」

「本当に良いのかい?」

「はい。新しい街に来たら、自分で歩いて面白いものを見つけたいじゃないですか!」


 未来は馬車を降りた。

 ブレイクに見送られ、大量の資金と共に、エンポートの街に消える。

 後ろでは馬車のガラガラガラガラと車輪の回る音が聞こえていた。

 段々と遠くなる音に耳を傾けてはいたが、たくさんの人の波に未来も飲み込まれて見えなくなった。




「さてと、まずは宿を取らないと話しにならないね」


 未来はまず最初に宿を取ることを優先する。

 知らない街で宿なし、野宿になるなんてごめんだ。

 とは言え知らない街、知らない人達、一応喋る言語は通じたものの、文字が読める保証はない。

 そんな中、挑戦とばかりに街を行く人に話し掛けてみた。


「あの、すみません」

「は、はい。なにかしら?」


 未来が話しかけたのは女性だった。

 若くて綺麗。髪は長くて腰まである。

 澄んだ目をしていて毒気はなく、もしかしてモデルさんって思えるくらい美人だった。


「この辺りに宿屋ってありますか? できれば安い方が良いんですけど」


 突然のことに女性は驚く。流石にセカンドコンタクトで、いきなり直接的なことを聴かれたら引いてしまう。

 私だったら引くなーと、未來は自分でも思ってしまう。

 しかし口は禍の元。言った言葉を訂正したり、取り返したりはできず、慌てた様子で相手を困惑させる訳にも行かないので、全力で自分を突き通し、呆れるほど期待した目をしていた。普通に考えて、こんな子に話かけられたら身を引いてしまい、言葉を失ってしまうが、まさにその状況になってしまった。


「えっと、宿を探しているのよね?」

「はい。できれば安くて、長く泊まれるような。あ、後、部屋はシングルで良いので何処か知らないですか?」


 完全にヤバいやつなのは確定。

 それでも未来は付き通すと、女性は目の色を変えた。

 何か地雷でも踏んだのか、未來以上の期待する目をしている。

 これ、ヤバい商売に引っかかったか? と、未来は勝手にゾッとする。


「あ、あの?」

「それならうちの宿屋に来ない? お部屋も全然開いているし、三食付きますよ。お代も他の宿に比べたら全然安いので、如何でしょうか?」


 手をギュッと握られて逃げられない。

 振り払おうとするも手がべっとり汗で濡れる。

 困惑した未来は「えっと……はい」と訳も分からず答えてしまう。

 自分で掘った穴に自分から落ちてしまった気分になり、もうなるようになるしかない。


「本当ですか!? 分かりました、それでは行きましょう」

「その前に、逃げないので手を離して貰っても良いですか?」

「はっ!? す、すみません」


 手を離して貰ってびっくりした。

 想像の三倍以上の手汗が付いていた。

 ドン引きしてしまい、目を丸め口をポカンと開けてしまう。


「あ、あはは、はは……はぁ」


 もう笑うしかない。

 未来はただただ笑って過ごすと、謎の女性に付いていく。




未来は女性の後を続いた。

 人混みを掻き分けて迷わず進んでいく背中を見失わないように気を付けつつ声を掛けた。


「あの、すみません。今何処に向かって……」

「もう少しですよ。付いて来てください」

「付いて来てって……心配だな」


 未来は女性を疑いたくはないが、怪しい所に連れて行かれているのではないかと思ってしまう。

 しかしここで見失うと余計に面倒になるので、女性の背中を追い続け、気が付けば段々と人混みから離れていた。

 如何やら維持に入ってしまったようで、本気でマズいのではと、いつでも翼を出す準備をし身を引き締める。


「あ、あの。まだですか?」

「見えましたよ。アレが、私の経営する宿です」


 こんな所にある宿なんて、もしかしてラブホ? と思ってしまう。

 しかし見えたのは別に怪しい宿ではなく、少し老朽化しているが、立派な建物だった。


「あっ、意外に普通だ」

「普通ですよ。泊まっているお客様は今の所お一人ですが……」

「一人。ってことは私が二人目?」

「そう言うことになりますね……って、如何して引き返すんですか!」


 未来はついつい引き返していた。

 少し高くてもいいからもっと大通りに面していた方がいい。

 そう思うのも無理はなく、足早に帰ろうとする未来を女性は腰を掴んで全力で引き留める。


「だってこんな路地にある宿って……」

「路地にあるから安く済むんですよ。さっ、行きましょう!」

「あー、ちょっと待って!」


 女性は未来を引っ張って離さない。

 もう逃がしてくれないらしく、引き摺られるみたいに宿へと連れこまれた。


「さぁ、ここが風流荘です!」

「中は……普通ですね」

「普通ですよ。親しみや良ですよね」

「はい。……思ってた感じと違う」


 未来は小声で唱える。

 すると隣に別の空間が見えた。


「あの、あっちは?」

「そっちは食堂よ。うち、宿としてはあまり流行っていないけど、ご飯は凄く美味しいから連日お客様が来てくれるのよ」

「なるほど。ってことは……」

「おちろん三食に含まれているわよ。それで、泊ってくれますよね?」

「は、はい。えっと、一泊幾らですか?」


 さっきまでとは違う。

 未来はにやりと笑みを浮かべてここに泊まることにした。

 そこで一泊幾らか尋ねたが、そこで躓いてしまった。


「一泊三千ルドです」

「ん?」

「はい?」


 やっぱり躓いてしまった。

 そりゃそうだ。ここは異世界、通貨の単位は円でもドルでもユーロでもない。

 如何したものかとブレイクから貰った袋の中と睨めっこする。

 しかしこうしている間も気まずいので、とりあえず一番大きい硬貨ではなく、次に大きめの硬貨を取り出して、ゆっくり申し訳なさそうに提示た。


「あの、これで大丈夫ですか?」


 恐る恐る尋ねる。すると女性の方が驚いてしまった。

 目を見開き、口元に手を当てる。

 逆に申し訳なさそうな顔を浮かべて頭を下げた。


「すみませんでした。私はこの宿のオーナーでリエルと言います。まさかお客様が大層な方だとは知らずに……」

「ちょっと待ってください。私はお金持ちじゃないですよ。それにこの硬貨がそんな……」


 確かに大きい硬貨だからそれなりに価値はあると思った。

 だけどこんな顔をされるとは思わなかった。

 なので両者落ち着きが無くなるものの、リエルは説明してくれた。


「えっと、こちらの硬貨は一枚で十万ルドに値するため、約一ヶ月ほどになります」

「約?」


 アバウトな値だと思った。

 とは言え一泊が三千ルド。謎の通貨単位を聴きつつも、三千ルドが日本円で三千円だとすれば、この硬貨は一枚当たり十万円程に換算される。

 となればこの一番大きな硬貨は? と、考えるだけで一般市民には少し恐ろしくなるので考えないことにした。


「えっと、取り乱してすみませんでした」

「こちらこそすみませんでした」

「それじゃあ泊まりますね」

「はい、こちらがお部屋の鍵になります。ごゆっくりお過ごしください」


 お互いに気まずくなるので、全部フラットに考えることにした。

 流れで鍵を受け取ると、未来は二階の部屋へと向かった。

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