第9話 最初はやっぱスライムでしょ!
エンポートから東へ五キロ程度歩いた場所に、目指す草原があった。
草原なら何処にでもあるんじゃないかと思うかもしれないが、実際エンポートの周りは草原だらけだ。
森まで行く方が遠くて、最低でも四十分は掛かってしまう。
それを見越した上で未来は草原にやって来たのだが、一つ盛大なミスを犯した。
「何で飛ばなかったんだろ」
本当は依頼を受けて街の外まで出たら翼を出す予定だった。
だけど初めくらいは歩いてみようかなと言う馬鹿馬鹿しい考えが思考を下手に鈍らせてきた。
そのせいでトボトボ歩いていた。初依頼と言うこともあり、ウキウキした気分でいた未来だったが、流石に五キロはちょっとあった。
いや別に疲れてはないんだけどね。ただせっかく翼が出せるのに、わざわざ歩くのってナンセンスじゃない? とまで思ってしまうレベルで、何故意味なくたった一人なのに歩いていたのか分からず、首を捻って自問自答する始末に陥っていた。
「まあ、歩くのは健康に良いんだけどね。私も歩くの嫌いじゃないしさ」
とは言え、ここまで来てもう一つやらかしていた。
未来は痛恨とも言えない、超初歩的なミスに三キロ地点で気が付いた。
「なんで私、武器持ってこなかったのかな?」
未来は現在進行形で、魔法の鞄を肩から掛けた状態。
それ以外は手ぶらで、自衛するものを何一つ持って来ていなかった。
ましてや未来が意気揚々と受けた依頼はあろうことか討伐依頼。
冒険者登録をしてくれた受付嬢のペリノアも何も言ってくれなかったので、まさかとは思っていたが、実際出てから気が付いた。
自分には最強無敵、あのドラゴンを倒した程の翼があるのだからと高を括っていたのだ。
「でも今依頼を受けてきたのって、スライムの討伐なんだよね。スライムって、多分飛ばないよね?」
スライムが飛ぶなんて、あまり聞いたことがない。
多分飛ぶにしたってかなりのレアモンスターになる。
そんなものが当然のことながら居るはずもなく、草原にやって来た未来を待ち受けていたのは、超が付く程のオーソドックスな青系スライムだった。
「なんだ普通のスライムか」
未来は少し残念に思った。
もちろん舐めてはいない。武器を何一つ持っていないので、もしかしたら負ける可能性もあった。
「さてと、如何やって戦えばいいのかな?」
翼を出した未来はバサバサとはためかせる。
するとスライムの体が宙に浮いた。
空へと一気に吹き飛ばされてしまった。
プキュー!
「あっ、ちょっと待って!」
未来はマズいと思った。
このまま何処かに飛ばされてしまったら、せっかく見つけたスライムをもう一回一から探し直しになる。
それは面倒だなと思ったので、その前に翼を広げて空へと飛び立つ。
「早く捕まえないと、飛んで行っちゃう」
それにしてもまさかこんなに軽いなんて。
色んな意味で興醒めしてしまった未来はいち早くスライムをキャッチした。
「よっと。はい、捕まえた」
腕を伸ばして体の方へと引き寄せた。
スライムは目を瞑っていて可愛くて、クリクリした豆粒の様な瞳をしていた。
未来は可愛いと率直な感想が出てきた。
「もうちょっとくらい真面目にやろうよ」
果たしてどっちが不真面目なのか。
翼を広げたまま未来は頬を指先で掻いた。
スライムを地面に降ろすと、クルリと弾みながら振り返り、未来のことを見つめて来る。
とっても倒しにくいので止めて欲しい、と思ってしまう。
「えーっと、戦うの? できれば逃げて欲しいなー、なんてね」
未来はスライムに語り掛ける様に呟いた。
すると意図を汲んでくれたのか、スライムはピョコピョコ跳ねると、未来へと突っ込んでくる。如何やら未来の意図とは違う方向でスライムは汲み取ってしまったらしく、未来は翼を前に出してガードした。
「ちょっと止めてよ。痛いの嫌なんだけど」
スライムのことを翼で受け止めた。
プニュっとした感触が柔らかい翼に浸透してくれる。
気持ち良かったけど、流石にこのままはダメなので、とりあえず翼を思いっきり広げてスライムのことを弾いてみた。まさかこれくらいでやられたりはしないだろうと、高を括っていたのだ。
「まさか盛大なフラグ回収にはならないよね?」
翼を広げると、スライムが弾き飛ばされた。
もの凄く早くて全然見えない。動体視力がまるで追いつかず、気が付けばベチャっという嫌な音と一緒に草原の緑に青いドロッとした半液状の個体がこと切れた様子で崩れていた。
「う、嘘でしょ? まさか死んだわけじゃないよね?」
未来は焦ってしまった。
しかし残念ながらスライムは動かない。
盛大なフラグ回収だったら良かったのに、とっても地味なフラグ回収になってしまった。
盛り上がりも何も無いまま、未来は不完全燃焼でスライムを討伐した。
「めちゃくちゃ味気ないから嫌なんだけど」
などと抗議しても、誰にも届くことはない。
あまりにも翼が強すぎて武器要らないんじゃね? とまで思ってしまうレベルで未来は愕然とした。
それと同時に今度はまともな武器を持ってこようと、あまりの達成感の無さからそんな思考が過ってしまった。
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