第56話 新世界の始まりとスコティッシュ・フォールド最後のご挨拶(4)
私はその夜、何だか胸騒ぎがして真夜中に目を醒ました。夜の2時…。
窓を開けると新月夜、月の光はないけれどその分、星がとてもきれいだ。
この気持ちは何だろう。何だかいても立ってもいられない。何かに呼ばれるように、私は着替えてそっと家を出た。
フラフラと歩いてリンゴ公園に向かう。夢なのかな?いや、夢じゃない。空気の冷たさを感じるし、足下の感触もしっかりしている。
公園で私はリンゴの近くに立ち、周りを見渡した。
私の身体に力が
「ふん、来たか。風香、いや、フール」
懐かしいその声、ビクッとして声の方向を見ると、お祖父ちゃんがブランコに座っている。
「お祖父ちゃん?」
「…お前が生きて猫のために働けっていうから、もう30年以上この姿だ。ま、悪くはないがな」
お祖父ちゃんの口調が変だ。柄が悪い。これまでお祖父ちゃんは自分の中身がボッツだということを一言も漏らさなかったので、完全に記憶を消去されているのかと思っていた。
「ボッツなの?」
「忘れたのか。お前が望んだことだろう」
お祖父ちゃんがブランコを揺らしながら苦笑いした。
「前々世でお前が猫に生まれ変わった年齢に近づいた。すべてが蘇る時だ」
「…お祖父ちゃん、よくこれまで黙ってたもんだね」
さらに公園の入り口、ジャングルジムの方で声がする。
「あれれ?何で俺、こんなところへ?」
その方角を見ると…
「ポ、寛太くん?」
「わ、何だ。え、ええ、ええと、へ、変態女じゃなくて、風香さん」
ポンタ、いや寛太は何で自分がここに来たのかよくわからないようだ。私もだけど。
寛太がお祖父ちゃん…ボッツを発見する。
「あれ?そっちは…どこのおじいちゃん?真夜中に何でこんなところへ」
フフフフ。ボッツとポンタの30年ぶりの再会だ。それを知ったらポンタ、どんな顔するだろう?
ああ、気持ちがいい。新月は私の日だ。月のない夜は私の夜だ。
私は両手を大きく開いた。
白い光が私の両手から広がる。大きく、大きく、強く、美しく。
光がドンドン広がって公園をフワリと包んだ。
「な、何だ?こりゃ?」
寛太が目を押さえる。
私は公園の上で子猫の姿に戻っていた。懐かしいフールの姿だ。
「ひゃっほう!」
身が軽い。私はピョンピョンと軽快に飛び跳ね、リンゴから降りる。
「あらら」
寛太は…ポンタの姿になっている。
「俺は…何だ。ね、猫になってる。うん?そうだ、俺は…俺はだれだ?俺は、俺はポンタだ!そうだ!」
「思い出した!俺はポンタだ!」
ポンタがこっちを見て飛び上がる。
「…………フール!フールッ!」
すごい勢いで私のところへ走ってくるポンタ。
「ポンタ!」
「フール!会いたかった!」
「私も!ポンちゃん!」
私たちは嬉しくて公園中を走り回り、転げ回る。
いつの間にか、お祖父ちゃんもボッツの姿でブランコのあたりにいた。
ビリジアンの瞳が昔とは段違いに優しい光を放っている。
「やれやれ、成長がない奴らだ」
そのうち当たりが賑やかになってきた。たくさんの猫の声がする。
私とポンタが周りを見渡すと、遊具の中や外の茂みからどんどん猫が湧くように出てくる。
「フーちゃん姫!」
「ランちゃん!」
「フーちゃん、久しぶりですね」
「セージ!」
「姫様、ご無沙汰しておりました」
「よう、元気だったか」
「フールか、何だチビのままだな」
ダビは何だか私の前でワンワン泣いている。
「姫様ぁ、会いたかったですぅ!オイオイ」
あの頃の猫たちがどんどん出てきて、私とポンタの周りで旧交を温め始めた。
「フール!」
ジャングルジムの向こうから、何度も夢に見たガラガラ声が聞こえた。
大柄で右耳と右目の黒い毛、左耳と左目の大きな傷跡、真四角な顔、そして私を見る優しい眼差し。
「父さん!父さん!ガンツ!ガンツーーーーーッ!」
私は泣きながら駆け寄ってガンツに抱きついた。
「フール、フールなんだな?本物の」
ガンツがボロボロ涙を流しながら、私を抱きしめた。
会えたんだ!ようやく会えたんだ!私の父さん、ガンツに。
いつの間にかリンゴの上にあの猫神、アビシニアンが出現して立ち上がっている。
「猫神様!」
「猫神様だ!」
猫たちからニャニャニャーンと歓声があがった。
「フール、これはこの街の猫を守ってくれたお前への礼じゃ。心ゆくまで楽しめ」
猫神様の言葉に私は小声で尋ねる。
「ねえ、猫神様。これは今夜だけのことなの?」
「ふふん。お前とボッツが猫への献身を忘れぬ限り、新月の夜は祭りとなるだろうよ」
「猫神様!ありがとう!」
猫神様がシッポと杖を振り回すと、りんごの周囲に猫の楽隊が現れ、賑やかな音楽を奏で始めた。
「せいやあっ!」
もう一度シッポが振られ、リンゴの上に大きな和太鼓が出現した。
「ガンツ!出番じゃ!」
「よっしゃ!」
指名を受けたガンツがリンゴの上に登り、太鼓を景気よく叩き始めた。
それに合わせて楽隊も一層激しく、音頭とサンバの中間みたいな曲を奏でる。
猫たちは飼い猫も野良猫も隔たりなく、リンゴの周りを輪になって楽しそうに踊り始めた。
猫神様が杖を振り回すたびに、色とりどりの光が公園に点滅しこの大騒ぎを彩る。
「さあ、皆の衆、月のない夜は子猫と踊れぃ!」
「なあ、フール」
ポンタが私を見た。
「これは夢なのかな?」
私もポンタを見る。
「明日の朝にはわかるよ、ポンちゃん」
そして付け加える。
「寛太に戻っても忘れないでね」
ポンタも笑った。
「忘れないけど…人前でペロペロやるのは勘弁してくれ」
「人前でなかったらいいの?」
私はポンタの鼻先をペロリとして、まん丸の瞳をじっと覗き込んだ。
リンゴの上でそれを見たガンツが一瞬目を剥いて何かを言おうとしたがムグッと我慢して、また一層太鼓を激しく叩いた。
ポンタが真っ赤になって、モジモジと呟く。
「お、お前、ホント…猫のときもニンゲンになっても、全然変わらないのな。…バカフール」
「…バカフールじゃあ、バカの二乗だよ、ポンちゃん」
私は折れ耳と大きなフワフワシッポを震わせて笑った。
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