第53話 新世界の始まりとスコティッシュ・フォールド最後のご挨拶(1)

 あのね、もしあなたが猫とファンタジーを愛する人だったら、私の過ごした不思議な日々の話を聞いて欲しいんだ。 

 それはどこか奇妙で少しだけ悲しくて、泣きたくなるほど愛おしいモノたちの物語だ。






 私は人間だ。名前はまだない…ことはないな。私の名前は『坪井風香つぼいふうか』この前高校に入学したばかりの15歳だ。


 …最近気がついたのだけど、私は前世で生後4ヶ月の野良メス猫『フール』だった。

 あの日あの時、あの町工場の資材置き場でニャアニャアとか細い声を出し、瀕死の状態だったところをガンツ父さんに助けられ、命を拾った。


 あの荒くれ猫が親切に私の世話をしていたってことは、街の猫界でも最大のミステリーだったそうだけど、今ではあの荒っぽささえ懐かしい。



 …だけどね、誰にも言っていないんだけど、そんなことよりもっと不思議なことがあるんだ。


 私の母さんは坪井蕗つぼいふき…旧姓山田蕗やまだふきっていって、何て説明しよう?えーと、つまり前々世の私自身なんだ。







 あ、私の事情をのんびり話してる場合じゃなかった。


 どういう場合かっていうと、今私は高校のグランドで不良2人に因縁をつけられているところだ。

 さほどヤバイ状況ではないけれど、横にいる私の友達たちが青い顔をしているから安心させなきゃと思っている。


 一人は背は高いけど痩せた坊主頭、もう一人はチビの小太り、二人とも何か言いながら目は泳いでいるから高校デビューって感じかな。


「おい、誰に断ってここのベンチ使ってんだよ。」と坊主頭。


「そうだ。痛い眼にあわせるぞ、こら」と小太り。


 何、この二人。これはどうにもへナチョコ臭が漂っているよ。

 ……だから、ちょっと猫なで声作戦を試みた。


「ごめんね、ごめんねー。許してニャン♡」


 茨城弁で一応謝る私。


「な、な…」


 おや、ちょっと効き目があったのかな。二人が顔を赤らめている。

 エヘン、前世で猫だった私のあざとさを甘く見んなよ。


「お、お前みたいなちょっと可愛いだけの女子にクラッとくるわけねえだろう!」


 ありゃりゃ。可愛いとか言ってるよ。



京田きょうださん、可愛いとか、何言ってんですか!」


 まったくだ。因縁つけるのに、そのデレ方は駄目でしょう。


「デレちゃった?」


 そのまま思ったことを口に出したら坊主頭が逆上する。

「生意気だぞ。この、この可愛い、いや変な女」


 どうやら子分らしい小太りも続く。

「バーカ、バーカ。この天パー女」


 むうん(怒)。ほんのちょっと、ほーーーんのちょっとだけ気にかかってる私の軽い天パーゆるふわくせっ毛を馬鹿にされて、私も頭にきた。


「天パーとは何よ(天パーだけどね)。そっちこそ、坊主頭のガリガリじゃん!全体的に貧弱だわ。フフン」


 坊主頭と小太りがそろっていきり立った。


「何だとお!」「ただじゃおかねえ!」


「痛めつけてやる!」


 しまった。言わなくてもいいこと言って、事態を悪化させるのは前々世からずっとの私の得意技だった。


 とは言っても、すっかりこのくらいの悪党顔では恐怖心も湧かない私だ。何しろ一応、猫時代には魔王と対決した私だからね。


 さあて、どうしてやろうかと…




 そこに何故か、サッカーのボールがコロコロ。

 私とチンピラの間に転がってきた。


「む?」「おおお♪」


 本能的に?チンピラがその後を追いかけてトコトコ、右に走る。


 そのボールをこちらに蹴飛ばしたらしい男子生徒がグランドから早足で歩いて来た。男子生徒は私に声をかける。


「今、困ってる?」


「えっ?ああ、それほど。…うーん、いやまあ、困ってる」



 それが今世での私と寛太かんたの出会いだった。


 寛太が私の落ち着きっぷりに呆れる。


「とても不良に絡まれてる女子生徒とは思えない」


「うーん。ねえ、何か」


 私が言いかけると坊主頭と小太りがまたこちらを振り返る。


「しまった。ついうっかり」


「ボールの動きには勝てないッス、京田さん」


 …何だ。この既視感きしかん。私はこんな場面を確かに記憶している。

 何か喚いているチンピラを無視して、私はもう一度その男子生徒を見つめる。


 あんまり間近で見つめたせいか、男子生徒の声がドギマギして上擦る。


「お、おお?何だ。近いな。何だ。俺は君にどこかで会ったか?覚えがあるぞ、いやないか?うん?何か何処かで…あれれ?」


 見覚えのあるまん丸の瞳、優しくてイタズラっぽい顔つき、落ち着きのない雰囲気。


 

 私の目から自然と涙が溢れた。


「ポンタ…」


 私の涙にチンピラ二人も私の友人達も、そして目の前の男子生徒ポンタも困惑する。


「会えたね。もう一度会えたね、ポンタ」


 私が泣きながらポンタを見つめる。


「いやいや。俺は澤村寛太さわむらかんた、ポンタじゃねえし。でも何だ?君は誰だ?うん?何か知ってるような…」


「ポンちゃん!フールだよ!」


 ポンタが目を見開く。人間になったポンタは小柄だけど、丸い目と濃い眉毛、愛らしい男の子だ。


「フール?へえ?うん?あれ。どこで会ったのかな?確かに知ってる。俺は君をよく知ってる。フール…あれれ?知ってるって何で?」


 これも見覚えのある仕草で頭をかいたり、クルクルあちこちを見回したりする。


「知ってるけど知らない…あれ?君は誰だ?いや知ってる。いやどういうこと?」


「ポンちゃん!」

 私は思わずそこにいる澤村寛太を抱きしめた。


 チンピラ達が騒ぐ。


「お、俺たちをほっといて何してんだよお。おい、そこの可愛い女子!」


「そうだ。そうだ。何か羨ましいぞ、くそお」


 横でずっと口を開けていた私の友達3人も目を丸くして、アングリと口を開けたままだ。そりゃいきなり自分の友達が初対面の男子生徒に抱きついたら驚くよね。


 でも、私は止まらない。


「ポンタ!ポンタ!また会えたよ!ポンタ!」


 そして顔をペロリとなめた。


「うわっ!」


 これにはそこにいた人々全員がドン引きだ。よく考えたら変態の所業だ。


「あら、やりすぎちゃった」


 私の呟きがそこにポツンと響き、その場が凍りついた。


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