第52話 最終戦争と追憶のコーニッシュ(11)
EXTRA 「フール姫様とその後のガンツの話」
俺はダビという名前の元家猫だ。1年ほど前にこの街に引っ越してきた。
ルノーさんを兄貴分にした
姫様に出会ったのはリンゴ公園の砂場さ。家猫の縄張りだっていうのは街の猫だったら誰でも知ってることだ。だからルノーさんが俺に目配せしたんだ。
「おい、ここは家猫の縄張りだ。お前のような野良が入っていい場所じゃねえ」とルノーさん。
だから俺も「そうだ。痛い眼にあわせるぞ、こら」と言ってやった。
それがフール姫様との出会いだ。
最初は小生意気で口が悪くて、ドン臭いチビ猫だって思ってたさ。
だがフール姫様は俺の予想をいつも超えるような不思議で高貴で、可愛い子猫だった。
いっつも「ポンタ、ポンタ」って言うのが気に食わなかったけどな。
いろいろあったなあ。姫様の光で酔っ払ったようにフラついたこともあったし、ホゴセンターから助けて貰ったこともあった。俺はあの時、飼い主に捨てられてガッカリしてた。そんな時、姫様に助けられたから、もうこの命は姫様のために使おうって決めたんだな。
公園に行く前、姫様から「綺麗なキャリコ」って褒められたんだ。キャリコが何なのか知らないけれど、もうとにかく俺は武者震いしたね。絶対姫様の役に立ってみせるぞ!って。
結局姫様は戻ってこなかった。いや、公園の決戦の後、姫様は息を吹き返してガンツの元に戻っていった。けれどあれは姫様じゃなかった。「普通のチビ猫」だったよ。記憶がなくなったとかそういうことじゃなくて、違うんだな。好奇心の塊で勇気があって、ドン臭くて小生意気で口は悪いけど、誰にでも優しい不思議な俺の姫様じゃなかった。
あの後フール(姫様ではない)は不思議にすぐ飼い主が見つかった。引っ越しでゲージごと落としてしまったお金持ちのオバハンが大工のとこへ引き取りに来てたよ。
子猫はミャーミャー鳴いてたけど、ガンツは淡々としてた。あいつも多分気づいてたんだろ。あれがフール姫様じゃないことに。
姫様はボッツを取り除くためだけに猫神様が使わしてくれた天使だったんじゃないかと俺は思ってるけどね。
元々野良猫なんて半年くらいで親猫から離れていくんだ。あんな父親べったりの子猫なんていないからな。
でも俺は思い出すんだ。ルノーさんから言われて姫様を見張り始めた頃のこと、河原で虫取りの練習をしてた姫様とガンツの姿さ。まあ、ドン臭いのなんのって、バッタが姫様の頭にチョンと乗って休憩してから逃げてく有様だ。俺は笑いを堪えるのに苦労したね。
だから姫様が初めてバッタを一匹捕まえてガンツの方が大喜びしてさ、宙に放り投げながら涙ぐんでたのを見てさ、俺ももらい泣きしたくらいだよ。
俺は親の顔なんて知らないからな。物心ついた時はペットショップっていうところでゲージにいた。親といえるものがあるとしたら、そこのテンインというニンゲンか、ゲージに備えられてるエサダシキというやつさ。
本物のフール姫様が空へ昇って(公園ですべての猫が見たんだからホントだ)、抜け殻の普通の子猫フールも飼い主に引き取られて、ガンツはもちろんそれからしばらく落ちこんでたよ。ポンタが死んだのも堪えたんだろうな。前に嫁さんに出てかれた時以来の落ち込みだ。
でも前と違うのは俺が同居してることと、他の猫がよく遊びに来ることだな。セージはもちろん、ルノーもホクサイも、それから何でかラブラブな雰囲気を醸し出すレオとミケがやって来てガンツの目の前でイチャイチャするからガンツが切れかかったこともあったよ。笑いこけたね、俺は。
そういや、何とあのモネも一度来たよ。頭下げてたね、深々と。あいつなりに責任は感じてるのかな。姫様を殺そうとした猫だ。許せはしないけれど、仕方ないとも思うよ。あの頃、家猫の一部はどうかしてた。何かの呪いがかかってたみたいに。
この街からはボッツもフール姫様も、そしてついでだけどポンタもいなくなった。
だけどどうしてか、公園の猫は増えた。時々ホゴセンターのニンゲンが猫を捕まえに来るのは変わらないんだけど、不思議なことにその猫が戻ってくるんだ。前にはなかったことだ。耳の一部が切られてるのは恐怖だったけど、痛くはないらしい。何があったのかはわからないな。
猫がずいぶん増えたから、エサが足りなくなるかと思ったら、時々やっぱりホゴセンターの奴や近所のじいさんばあさんがエサのカゴを公園に置いてく。どうなってんだ?
やつらの口からは「チイキネコ」って言葉がよく出てくる。
姫様が街からいなくなって、何だか街の色がくすんで見える。俺はやっぱり姫様が大好きだったのかもしれないな。恋とか何かじゃないぜ。俺はポンタとベタベタしてる姫様も好きだったからな。いや、ホントだ。
もし姫様がホントに天使か何かだったんなら、今も空の上から見てるのかなあ。また会いたいなあ。
いつか会えるのかなあ。
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