第42話 最終戦争と追憶のコーニッシュ(1)

 例によって私たちのねぐら、大工さんの裏の工場こうばで反省会だ。前回と違って、私がガンツにブーブー言っている。


「あのね、父さん。何であんな無茶するのよ!」


 ガンツが窓ガラスに体当たりした件だ。


「ガラスはルノーの石つぶてとレオのパンチで割れかけてたじゃないの」


「お、お前がいればだいたいのケガは大丈夫だろって思ってな」


 さすがに私の剣幕にガンツの声は小さい。


「うまくいくとは限らないって言ったのは父さんじゃないの」


 そう、あの時私のシッポ『愚者』も結構ギリギリだったのだ。何匹かの猫に癒やしをかけたのと、センター中の犬猫を眠らせたことで随分とエネルギーを使い果たしたらしい。


 外へ出て血だらけになっているガンツを死に物狂いで治し、その後の逃走はフラフラだった。

 結局ガンツとポンタに交互に背負ってもらって何とか逃げ延びたのだ。

 場所は街の北部、完全に家猫の縄張りで、しかもボッツのお膝元のような地域だ。あの状態でボッツの親衛隊にでも出会ったら大変だっただろう。





 さて、このねぐらにはもともとガンツ一匹で住んでいたところに拾われた私が住みつき、公園や森の縄張り争いで敗れてからはポンタとセージが加わった。


 そしてさらに今では野良猫になったレオとダビまで居候している。


 チラリと様子を見た大工さんはさすがに驚いた様子だった。いつの間にか猫が6匹になっているのだ。そりゃ驚く。


 レオが大きな身体を小さくする。

「悪いなあ。ミケが自分のところへ来ればっていうけど、さすがに俺のメンツがなあ…」


 今さらメンツと言わないで、サッサとミケの世話になればいいと思うのだけれど、こういう面倒くさいとこが「男猫一匹」なんだろう。ホント面倒くさいね。

 だけどレオはまだいいんだ。元々半分野良みたいなもので、エサはだいたい自分で調達している。問題はダビの方だ。こいつはまるで働かないし、自給能力に欠けた奴なのだ。


「ダビ、あんたも少しはエサを漁りに行きなさいよ!」


 私が言うと途端に心細い顔になって、半べそをかく。

「俺、キャットフードでないと食べられないんだよお」


 まあ、ポンタがすでに「これもキャットフードだ」とか大嘘言って残飯食べさせてるから、時間の問題で何でも食べるようになるとは思うけどね。






「俺は隣町のボンゴのとこへ行くことにした。世話になったな」

 翌々日にレオは突然そう言って出て行った。ボンゴの名前は聞き覚えがある。ミケと蕗の家に行った時に聞いた隣町のボスの名だ。


「レオ、また縁があったら会おうぜ」

 ガンツが少しだけ名残惜しそうに言う。家猫にずいぶん気を許したものだ。


「ああ、だがそう先じゃねえな。お宅の姫様がボッツと対決するときには加勢かせいに行くよ」


 ガンツが顔色を変える。

「何だ。どいつもこいつもフールとボッツを戦わせようとしやがる。俺の娘だぞ」


「わかった、わかった。だけど…避けられんだろうな」


 そう言って後ろ姿で手を振りながらレオは出て行った。さすらいの風来坊猫といった風情でかっこいい…と本人は思ってるのだろう。




「で、ダビ」

 ポンタが早くも野良猫の残飯に慣れ、私たちの集めたエサをバクバク食べている後方のダビを振り返る。


 ダビがビクッと身体を震わせて卑屈にニヤニヤ笑う。

「そう言うなって。俺ってけっこう役に立つからさ」


 ポンタが呆れ笑いをする。

「まだ何も言ってねえよ」


 セージとポンタも近くの酒屋の裏側に新しいねぐらを見つけているので、近日中に引っ越すらしい。


 


 …さて次はやっぱりボッツだよね。もうじきこの街の野良猫はボッツが追い出すか、滅ぼす。家猫もどうなるか。その次は余所の街の野良猫か、あるいは人間に害をなすかもしれない。


 ただ私が気になるのは、この間ボッツと相対したときの彼の感情だ。


 ボッツの心は「助けて」という叫びと「すべて滅ぼす」という怒りの両方だった。一部の家猫の熱狂的な崇拝を集めたボッツが自分の力を持て余し、暴走しかけているとしたら。


 「助けて」というのはもはや自分の意思で止められない力への恐れではないのか。


 そして怒りはもはや野良猫や家猫すべてを越えて、人間にも向けられているように感じた。


 勝手に飼い、捨て、また繁殖させ、そして殺す…猫の人間に対するすべての恨みを一身に背負ってボッツが動き始めたら…考えたくないことが起こる気がする。


 私のいやな予感は最近だいたい当たる。しかも悪い方向で。

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