第39話 民衆の解放とラムキンの陰謀(4)

 図書館の駐車場の片隅にヒッソリと猫が集まる。

 私、ポンタ、ガンツ、セージ、それに…ルノーもいる。


「今夜は協力する。ダビもいるし…仕方ないからな」


 相変わらず目つきが斜めだし、初期のいじめのせいで私はまだルノーへの印象が悪い。

「足引っ張らないでよね」


 私が言うと、ガンツが吹きだした。


「お前が言うな」「まったくだ」「ドン臭いくせに」

 ルノーだけでなく、味方の筈のポンタとガンツからも同時にツッコミが入る。心外だ。




 チャイムの10分後くらいだろうか、黒塗りの公用車がやってきた。


「たぶん、あれだよ」


「何でわかるんだよ」

 ポンタが不思議そうに言う。


「人間の偉い人の乗る車は黒くてでかいって決まってるんだよ」


「ほう」

 興味深そうに返事をしたのは大型の黒猫であるセージだった。

「黒くて大きいことがニンゲンではステータスなんですか?それだと私がすごく偉い感じですね」


「その通りだよ、セージ」

 私は説明が面倒で、いっそ肯定した。



 市長に連れられてホクサイがこの保護センターに入ったので、私たちは建物の北側に回った。


 建物の中へ忍び込んでしまえば何とか助けられるだろうと思っている。

 「鍵開け」が私たち猫に可能かどうかは大問題だが、やってみるしかない。協力して無理ならあきらめる。


 やはり問題は出入りだ。ホクサイの記憶では保護センターの犬猫ゲージは建物の北側一階にある。この廊下の窓は開いている、少なくとも網戸ではないかというのだ。最悪ロックさえかかっていなければホクサイが何としても開けると言う。

 これはもう信じるしかない。そこが脱出口にもなるのだ。


『廊下の窓が開けられる』この前提が崩れた場合もやはり撤収と決めてある。

 建物の北側に回って、窓に注目する。さて…?


「開いてる!開いてるよ。ガンツ」


 確かに北側の窓が二カ所、空気の入れ換えのためか開きっぱなしだ。


「うむ。これなら入れそうだ」


 私とポンタ、ガンツが建物に入る。私はちょっとだけ跳躍が足りなくて、下からセージが支え、上からガンツが引き上げて窓にしがみつくことができた。


「ふひー、何とか入れるね。ここは頼むよ。セージ、ルノー」


 2匹の役割は脱出口の確保だ。


「任せときなさい。気をつけるんですよ」とセージ。


「…頼む。フール…姫」とルノー。


「姫…」


 家猫たちから姫呼ばわりされることが多くなったが、チンピラのルノーまでにそう呼ばれて私は引き気味だ。





 保護センターの廊下はヒッソリしている。3匹で床に降りて周囲を眺める。

 長い廊下にはたくさんのゲージが並べられ、犬や猫の息遣いが聞こえてくるようだ。

 臭いが多すぎて、ゲージの中の犬猫は私たちに気づかないのかもしれない。


「そこからひとつ角を曲がったところに、先日捕まった猫たちの檻があります」


 いきなりゲージのひとつからホクサイの声が聞こえてきた。私は驚きすぎて声が出そうになる。


「しっ!」


 ポンタが私の口をふさぐ。私はウンウンと首を縦に振った。


 私たちはホクサイの誘導にしたがってそろりと廊下を進む。犬のゲージ前で何匹かが私たちに気づいたが声を出さない。知らない犬や猫がここを通るのに慣れているのか、あるいは騒ぐと怒られるので黙っているのか。

 どのみち静かにしていてくれるのなら都合がいい。


「待ってました。今、市長と職員は事務室でお話中です」


 ホクサイが姿を現す。足下に鍵の束がある。


「おい、お前ら誰だ?」


 突然ゲージの中の猫が声を出した。この辺の猫たちは新入りなのかもしれない。


「黙ってろ!」


 ガンツが言うが、誰かがしゃべるとあっという間に鳴き声が伝染していく。


「誰だ!」「助けてくれ!」「おい、出せ!出しやがれ!」「ぎゃーぎゃー」「殺すぞ」


 騒ぎが広がる。まずい。これでは職員がこっちに来るのも時間の問題だ。


「急ぎましょう。レオさんとトンカツさんを救出しましょう」

 ホクサイが焦る。


 ゲージを大急ぎで見て回る。いた。トンカツだ。


「トンカツ!」


 トンカツは動かない。まだケガが治りきっていないのかもしれない。


「トンカツ!俺だ!こっち見ろ!」


 ガンツが叫ぶと、ようやくこっちを向いてうめき声をあげた。

「ぐっ…」


 私はすぐにシッポをトンカツに向ける。


(治れ治れ・元気になれ・トンカツ元気になれ・トンカツおいしい)


 また最後に変な言葉が交じってしまったが、無事に白い光がフワリと浮かびトンカツにゆっくりと近づいていく。光がトンカツに吸い込まれると身体が一瞬薄く光った。


「うむむ…。不思議だな、こりゃ」

 トンカツが立ち上がり、こちらを向いた。


「良かった。トンカツ」

 ポンタが涙ぐむ。父親のことを思い出したのかな。


「良かったけど、そんなこと言ってる場合じゃないよ。ええと…14番、これだ。この鍵で開けて!」


 私の声にガンツとポンタがハッとしてフォーメーションを組む。

 この1週間、ずっと練習してきたのがこの鍵開けのシミュレーションだ。


 ポンタが鍵をくわえる。そのポンタをガンツが持ち上げ、ゲージの錠に近づけた。ホクサイはゲージの上から錠をくわえた。


 ポンタがウグググと鍵を真っ直ぐに差しもうと首を伸ばす。ホクサイもそれを助けて錠を差し出す。


「ウグググ」「アガガガ」


 入った!ホクサイが首を捻ると、見事に解錠した。


「やった!」


 ポンタが喜びの声を上げたので、鍵の束が床に落っこちた。


「喜ぶのが早い!ポンちゃん!」



 ゲージを開けてトンカツが脱出した。

「出られるとは思わなかった。くうう、外へ戻れるんだな。ガンツ」


「喜ぶのはホントに早いんだ。トンカツ、協力しろ」


 次にレオを探す。えっと、えっと。


 …とやってる間にももうセンターのホール中大騒ぎになっている。


「俺も出せ」「開けやがれ、てめえ」「助けてくれ」「殺すぞ」「開けろ」「俺も」「俺も」


「開けろ開けろ」と騒ぐ声と私たちがよくわからない犬の鳴き声、中には「殺せ殺せ」と呪いのような声が交じる。これがセージたちが言っていた「イッちゃった猫」だろうか。



「おい、こっちだ。こっち!」


 聞き覚えのある声にホクサイが近寄る。


「姫様!こっちです」


 ホクサイの指示したゲージを覗き込むとダビだった。


「何だ、ダビか」


 私がソッポを向き、ポンタはのんきに話しかける。

「おや、ダビか。なあ、ダビ。レオ知らないか?」


「おい、待て。まず俺を助けてくれよ」 


 ダビが喚わめくが、ホクサイは冷たい。

「レオさんを助けに来たのです。場所を教えてくれれば、あなたも助けますよ」


「あっち、あっちだ。そう、そこの隅の大きめの檻。早くしろ」


 ダビの言ったゲージには確かにレオが横たわっていた。


「レオさん!」


 ホクサイの叫びにレオが反応した。

「ん?おや?ホクサイか。おおっ、そっちは姫様じゃねえか」


 よくこの騒ぎで眠っていられたものだ。ホクサイも同じ思いらしい。


「はっ、ヤバいぞ。足音がする。ニンゲンがやってくる!」


 ポンタが私たちに叫ぶ。あまりの犬猫たちの大騒ぎに職員が巡回に来たのだろう。

 だがその時、別の職員の大声が聞こえる。

「おい!向こうの駐車場で火事らしいぞ!ちょっと行ってくれ!」


「どういうことですか?」


「何か、玄関のガラスに石を投げてる奴もいるそうだ」


「近所のガキのイタズラでしょう」


「変な臭いもするらしい」


「それで、こいつら大騒ぎを?」


「わからんが、消火器持って急げ!」


「ハイ!」


 ドタバタしている足音が去って行った。



「セージの煙幕と、…たぶんルノーが玄関に何か投げつけたんだろうね。っとこっちは8番、この鍵だよ」


 レオのゲージを解錠しながら、私はホッとして胸をなで下ろす。

 センターの中が騒がしくなったら例の「マタタビ大煙幕」を玄関前で発射して、そちらに職員を引きつける作戦だ。ひとまず成功…と。

 まだ手が空いた職員が来るかもしれない。急がなくては。


 それにしても喧しい。


「なあ、フール。お前のシッポでこいつら静かにさせられないのか?」


 その手は考えてなかったね。


「やってみるよ。でも助けたい猫がそれで眠り込んだらどうするの」


「大丈夫だ。俺がたたき起こしてやる」

 ガンツがニヤリと笑った。


 私はそこにあるゲージのひとつに乗って、全力でシッポを振る。


(眠れ・眠れ・静かになあれ・あなたは子猫ちゃん・ニャゴニャゴニャ~ゴ)



 しばらくしてセンターはひっそりと静まってしまった。驚くべきことに犬までグッスリである。


 ポンタが私とシッポを交互に見て、呆れたように言う。

「すげえな。…でも最初からこれやってたら、もっと楽だったんじゃ…」


 それは言わない約束だよ、ポンタ。気がつかなかったんだよ。




 私たちはそれからこの間の騒ぎで捕獲された猫たちを4匹助けた。眠っていた猫はガンツが力ずくで起こして。

 最後にダビのゲージの前に行く。

 ぐっすり眠っていたダビをガンツが起こした。


「何で俺が最後なんだよ!」


 助けられる癖に偉そうなダビを見て、私はポンタに言う。

「ポンちゃん、私まだこの前こいつにいじめられたこと覚えてる」


「うん。そうだった。俺もそのせいでケガをした」


「うひい。ごめんなさい!置いてかないで!謝ります!助けて!」


 私とポンタ、ガンツはハアとため息をついてゲージを開けた。


「後はおまかせしていいですか?そろそろ市長が動くかもしれません。騒ぎが起こったので尚更です」

 ダビが無事に解放されたところでホクサイが言った。


「おう。大丈夫だ。俺たちも窓から逃げることにする」

 ガンツがそう言って、それから付け加えた。

「ホクサイ…トンカツを助けてくれたこと、忘れねえ。感謝する」


 ホクサイはほんの少しだけ表情を緩める。

「いいえ。レオさんの救出に協力してくれて、私こそ感謝です。それから…」

 私に向き直ってじっと顔を見る。

「フール姫様、お気をつけください。ボッツ様とあなたは多分もうすぐぶつかることでしょう」


「おい、フールにそんなことさせないぞ」


 ガンツが口を挟むが、ホクサイはそれを無視する。

「ボッツ様を止められるのは、あなただけだと今夜思いました。この街の猫をお救いください」


「…」


 私が何も言えずにいると、ホクサイはすっと姿を消す。

「では、さらばです。ポンタさん、…姫を守ってください」


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