第37話 民衆の解放とラムキンの陰謀(2)

 ホクサイの話を聞いて驚いた。ホクサイの飼い主はこの街の市長だという。しかも大の愛猫家で折りにつけ保護センターを訪れるというのだ。出来すぎの話だね。


 うん?坪井、坪井…市長の坪井さん?思い出した。坪井健三つぼいけんぞう君のお父さんだ。健三君は私が人間の山田蕗だったときに片思いの初恋をしていた同級生、いかん、動悸がしてきた。


 そう、私はあの爽やかで多分優しくて、成績も良くて、剣道部の主将をしていた健三君が大好きだった。隠れて剣道の試合を見に行ったりしたものだ。


 彼のことを考えるとドキドキして、もしかしてあれが心臓の疾患を見逃した要因かもしれない。不整脈を恋心と混同するなど、頭が悪いにも程があるが、それが山田蕗という女の子だったのだ。


 大丈夫だろうか?坪井市長と関わり合うことで、また恥ずかしい過去と向き合うことになったりしないだろうか。


 …といってる場合でもないけれど。


「どうした?顔が赤いぞ」


 ポンタに顔を覗き込まれて私はブルブルと必要以上に頭と前足を振り回す。

「な、な、何でもないです。ちっともです。アハハハ」


 そんな私の過去への思いは置き去りにしてホクサイが続きを話す。

 ホクサイは気配を消して檻と出入り口の鍵を手に入れられるかもしれない。

 だがここで問題があると言う。


「弱っていたり、ケガをしたりして動けない猫がいないかということです」


 なるほど。それで私の出番と言うことか。

「私のところへ来た理由がわかったよ、ランちゃん」


「おい、お前らあそこにいる猫全部を助ける気でいるのか」

 ガンツが難しい顔で唸るように言う。


 最初からその気だったけど、何か問題でも?


「なあ、助けちゃ駄目な猫っているのか?」

 ポンタが私と同じことを考えていたらしくてガンツの顔を見た。


「わからん。だが、今までホゴセンターに連れて行かれた猫を思い返すと、中にはな…」


 ガンツが上を向くとセージも引き取る。

「心が病気になったようなホントに狂暴な猫もいたのです」


 狂犬病みたいなものかな?私のシッポの効能があるかは怪しい。


 ホクサイが場の空気を読んで静かに話す。

「わかりました。もっともな心配です。私を信用してください。明らかにイッちゃってる猫の方は申し訳ないのですが、とどまっていただきます」


 よくわからないけど、私としてはトンカツとレオ、それから仕方なくダビくらいが助かればいいと思っているので、全然妥協できる。


「後はどうやって脱走をさせるか、どうセンターのニンゲンを出し抜くか、ということです」

 ホクサイの問いかけに誰もが黙る。


「フーちゃん姫、何かいい作戦がないかしら?」

 ミケが前足を顔に当てて、私に流し目をする。


 猫が動物保護センターに忍び込んで、鍵を盗み、それから檻を開けて仲間を脱走させる…なんてことができるものだろうか。当たり前だけど聞いたことのない話だ。

 私は実現できそうな案を頭の中で想像する。


 私がキッと前を向いてポンタを見る。

猫穴ねこあなに入らずんば猫友ねこともを得ず!作戦発動だよ。ポンちゃん!」


「嫌な予感しかしねえよ。フール」

 ポンタがそれでも覚悟を決めたかのように笑った。


「おい、フール。絶対駄目だとは言わんから、作戦てやつを聞かせろ」


 ガンツの言葉に私は頷く。ポンタとセージ、ミケ、ホクサイにも目配せした。

 6匹で頭を寄せ合ってヒソヒソと私の秘密作戦の説明だ。


「そんな上手くいくもんか。見通しがあまいだろ、フール」

 ポンタが目を細める。


「フーちゃん姫、感動的だわ。上手くいかなくてもビューティフルだわん」


 ミケは言うが、ガンツは顔を顰めた。

「ポンタの言うとおりだろう。これは幸運に幸運が重ならなきゃ上手くいかんぞ」


 最後に残り二匹の声が重なった。

「いいえ。いい作戦だと思います。これはやってみる価値がありますね」とホクサイ。


「意外とイケそうな気がしますね。ちょっと改良は必要ですけど」とセージ。


 二匹の策士策謀猫が賛成して、作戦決行が決まったのだった。


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