第36話 民衆の解放とラムキンの陰謀(1)

 ボッツのこと、保護センターにいる仲間のこと、山田蕗のこと…悩んではみたが、やはりまず保護センターにいるトンカツが心配だ。彼は森で私のために戦ってくれたし、ケガもしている。野良猫には里親がつきにくいらしい。早めに何とかしてあげたい。

 何とか保護センターに忍び込んで脱走させることはできないだろうか。


 …うーむ。

 ポンタに相談してみる。


「あのな…お前ホント頭がどうかしてるぞ」


「えええ。じゃあポンちゃんはトンカツたちをほおっておく気?」


 ポンタが苦しい顔をした。

「今までだってホゴセンターに何匹も行ったさ。お前にも言ったけど、俺の父ちゃんはホゴセンターに連れてかれたんだ」


「あっ…そうだった。…ごめん」


 そうだった。迂闊うかつだった。ポンタはそういう思いを何回もして、その度に悔しい思いをして耐えてきたのだった。


「気にするな。でもホゴセンターには関わるな。マジで取り返しがつかないことになる」


「うんうん」


「おい、聞いてんのか」


「キイテルヨ」


 私の棒読みにポンタが青筋を立てて怒る。

「フール!」


 私だって保護センターに忍び込んで何かができるとは思えない。私のシッポの力が人間に通じるのかは不明だし、まあ、あまり期待しない方がよさそうだ。


 ただ私を守るために頑張ってくれたトンカツが、このまま殺処分対象になるのはどうにも目覚めがよくない。それからレオはどうなったんだろう。家猫だから飼い主が迎えに来たとは思うけど。


 とにかくあまり外出できる状況でもなく、ガンツやセージにくっついて餌を漁りに行くのがせいぜいだ。



 だがそんな時に思わぬ来客があった。


「ランちゃん!」


「ごめんね。お家まで押しかけて」


 ミケが一匹の雄猫を連れて、私たちのねぐらまでやってきた。


 家猫が野良猫のねぐらにやってくるというのは極めて珍しい事態だ。セージは何が起こったのかと興味津々しんしんでガンツは例によって渋い顔だ。


 ミケが連れてきたのは何だか見覚えのあるオーストラリアンミストという猫種だ。白い身体にキャラメル色の淡い斑が霧のように入っている。しなやかで如何にも敏捷そうな体つきだ。そして上品だが、どことなく抜け目のない顔つきでもある。


「すみません、姫様。お住まいにまで」


 ひ、姫様。だんだん家猫でも私を姫呼びする猫が増えているような気がする。何だか嫌な予感しかしない。


「ランちゃん。こちらは…?」


 ミケが紹介する前にキャラメル猫が自己紹介する。

「私、ホクサイと申します。そちらのガンツ様、セージ様、それから姫様の召使いのポンタ様もよろしくお願いいたします」


「誰が召し使いだよ!」

 ポンタが叫ぶ。


 その一言で逆にガンツやセージは苦笑いして緊張が解けたようだ。


「まあ、争いごとで来たわけじゃなさそうです。話は聞いてあげましょう」


 セージの言葉にホクサイが話し始める。

「実はこの間の森での乱闘…その際に私があるじと仰ぐ…この場合はニンゲンの飼い主とは別に、ということですが、その主と仰ぐレオナルドさんがホゴセンターに捕獲されました」


「ああ…。そうですか。それはお気の毒ですし、ほんの少し申し訳なくもあります」


 あの夜、人間を引き寄せてしまう原因となった『強力またたび入り大煙幕』を発射したセージが目を伏せる。


「いやセージが謝る必要はないって」


 ポンタが繰り返すが、私は不思議に思ってホクサイに尋ねた。

「ねえ、もしかしてレオの飼い主は引き取りに来てないの?」


 ホクサイの表情は暗い。

「はい。レオさんはもともと家猫の中でも風来坊気質と言いますか、あまり家に居着かない半家、半野良みたいなところがありますし、結構ニンゲンに懐かないので飼い主様も放任気味でして…」


「ようするに、あんまり可愛がられてないってことだろ?」

 ポンタがまた身も蓋もないことを言う。


「で、どうしてここへ来た。フールに何の用があるんだ」

 厄介ごとの気配を感じ取ったガンツの口調が荒くなった。


「レオさんの救出作戦を手伝って貰いたいんです」


「駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ!」とガンツ。


「絶対ダメ!それがどれだけ危ないかわかってんのか」とポンタ。


「残念ながら協力はできません」とセージ。


「私はフール姫に申し上げているのです」

 ホクサイはじっと私を見た。


「聞くだけ聞いてあげて、フーちゃん」

 ミケも後押しする。


「絶対駄目お前は帰れ無理無理」とわめく保護者三匹に私は言う。


「待って。ホクサイさんがこうやって頼みにくるということは何か勝算があるってことじゃないの?まずは話を聞いてみようよ」


「ありがとうございます。まずこれを」


 ホクサイは材木置き場に身を寄せると、スッとその中に身を隠す。


「あれっ?」

 ポンタが驚きの声を上げた。あっという間にホクサイの姿が私たちの前から消えた。いや、よく見ると材木の中にいるのだが、自分の毛色を変えてすっかり同化している。


「どうでしょう?これが私の技です」

 今度は材木置き場と逆側の塀からホクサイの声が聞こえた。

「そして私にはホゴセンターに忍び込む伝手つてもあります」


「むうう…」

 ガンツが唸る。


 初めて見るのか、ミケも目を丸くしている。元々丸い目だが。


「これは『猫だまし』…そうですか。あの晩の声はあなたですね」


 セージが言うと、今度は路地の向こうから声がする。

「…鋭いですね。術の名前まで言い当てられるとは」


 口調のせいか、何か似たような匂いがする二匹の会話だ。この不思議な技にすっかり興味を持った私がホクサイに種明かしをせがもうとするが、それをガンツの不機嫌なダミ声が遮る。

「つまりこの間、フールの危険を知らせてくれた礼に今度は助けろってことか」


 驚いたことにホクサイがさっきの材木置き場とは別方向のトタン板の影から姿を現す。

「それもあります」


「ふん。お前が知らせなくたって、フールとポンタの居場所はわかってたし、チャイムで戻ってこなきゃどっちみち捜しに行った。さほど恩には感じてねえよ」


 ガンツが言うが、セージは真面目な顔で頭を下げる。

「いいえ。あなたが状況を詳しく伝えてくれたお陰で、仲間と大勢で駆けつけることができましたし、大成功とは言えなくとも煙幕を準備できました。ありがとうございました」


 だが一言付け加えることも忘れない。

「けれど、それとレオの脱出にフールを巻き込むのは別です」


「そうだ。そうだ。別だ。引き取ってくれ」

 ガンツが話し合いお断り、とばかり前足を振った。


 ホクサイは先にミケと目を合わせて頷き、その後、私をじっと見る。

「残念です。そちらのご友人も一緒にと思ったのですが、私が単独で何とか頑張ってみます」


 ポンタが驚く。

「あんた、一匹でホゴセンターへ乗り込むつもりか?」


「仕方ありません。レオさんは私の命の恩人で、この猫と決めた主です。始めから『やるかやらないか』ではなく『どうやるか』しかありません」


 ホクサイの言葉に根が単純なガンツは心が動いてしまったようだ。

「何だあ。家猫のくせに。うむむむ」


「ねえ、ガンツ。話を聞いてみようよ。さっきのホクサイさんの技もすごかったし、多分ホクサイさんにはプランがあるんだよ」


 私がホクサイを見ると、ようやくホクサイが微笑を浮かべた。

「お礼を申し上げます。姫様」


「ありがとう。フーちゃん姫」とミケも言う。


「…ハア。そうですね。断るのは話を聞いてからでもいいでしょう」


 ため息交じりのセージの言葉にホクサイが頷いて作戦を打ち明け始める。


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