第34話 死地からの脱出 オーストラリアンミストの献身(5)
南の森での攻防戦における野良猫の被害は甚大だった。
私を逃がしたガンツも身体中に切り傷を負ってようやくねぐらに戻ってきた。それでもガンツが生きて帰ってきてくれたことで私はホッとした。命さえ無事なら私がシッポで治すことが出来る。
あの後ボッツは野良猫だけでなく、家猫さえも殴り倒し蹴り倒し、踏みつけた。特に私の逃走経路上で頑張ったガンツは大怪我をしたのだった。
ただ他の家猫と野良猫の争いは両方とも怪我猫だらけで勝負にならない感じだったらしい。
最後にセージがようやく駆けつけ、こんな夜のために作っておいた『強力またたび入り大煙幕』を発射したため、森とその周辺が煙りだらけのまたたび臭だらけになった。
それでほとんどの猫がフラフラで戦場を離脱しただけでなく、異臭騒ぎで人間の警察が駆けつける騒ぎとなったようだ。
さすがにボッツもそれ以上暴れられず、引き上げたらしい。
しかし野良猫たちの顔色は悪い。最大の被害は怪我猫が多かったことでも、南の森の縄張りを失ったことでもない。ボスのドブが死んだのだ。魔王ボッツによって殺された。
そしてボッツの今回の所業は猫神様の『昼間は争わない』と『殺し合わない』を否定する大事件だった。今のところボッツに天罰が下されるなどのことはなく、ボッツが新しい猫神様ということを否定する材料もない。
「ごめんなさい、父さん。私を助けるために」
大怪我したガンツをシッポで癒やしながら、私は謝った。
ガンツがキッとなってそれを遮さえぎる。
「謝るな。娘を守っただけだ。シッポもそんなにいらん。もう治りかけだ」
ガンツの言葉は強がりだけでなく、本当にひどい傷口は塞がりかけている。すさまじい回復力だ。
「しかし、大規模な戦闘とボッツの暴走を止めるために撒いた煙幕はやり過ぎでした」
セージがうなだれた。
「そんなことねえよ。あれがなかったら、野良猫の死猫がもっとたくさん出てただろうってベロベロが言ってたぞ」
ポンタがセージを慰めたが、セージは嘆く。
「いいえ、あれでニンゲンが介入するとは予想外でした。野良だけでなく家猫でさえ10匹以上がホゴセンターへ送られたと聞きます」
煙幕と異臭の騒ぎで近所の住人が警察に通報した。そこに猫の大群が見つかったことから保護センターも出動した。結果的には怪我で逃げ遅れた猫や森の北側の猫が保護されたようだ。
その中には瀕死の状態だったトンカツをはじめとする野良猫が数匹、そして私たちを助けた家猫のレオやルノーの子分ダビなども含まれるという。
すぐに殺処分ということはないだろうが、野良猫たちは危険な状態だ。
ポンタもセージも家猫の縄張りからやや遠い私たちのねぐら、大工さんの裏の
家猫でさえ、尋常でないボッツの凶暴さに外へ出てこない状況だ。
だが家猫と違って私たちは餌や水を得るためにあちこちを漁らなくては生きていけない。
力の弱いメス猫や赤ん坊持ちの猫の中には隣の町へ移動したものも少なくないようだ。
私たちの雰囲気もすっかり暗いものとなる。
「でもさ」
何とか明るい空気を作ろうとポンタが言い出す。
「フール、あの夜からずっとガンツのこと『父さん』呼びなのな」
「何がおかしいんだ」
ガンツがムスッとして言うと、ポンタがニヤニヤする。
「ヘヘヘッ。フールが『父さん』って呼ぶたびに、顔が緩むのを我慢してるの丸わかりだぜ」
「う、うるせえっ!そんなこと」
「じゃあ、ガンツ呼びの方がいいの?」
私がガンツを上目遣いで見つめる。
「い、いや。その」
ガンツがしどろもどろだ。
そして小さな声で「…『父さん』でいい」と言ったので、一同大笑いとなった。
それにしてもボッツの『助けて』か。
私は猫神様の言ったとおり、ボッツと対峙してわかったことがある。ボッツは私の助けを求めている。私にしかボッツは止められない。
そして厄介なことにボッツと私は意外と近い存在なのだ。
ボッツを止める方法、保護センターにいる仲間のこと、後回しになっている山田蕗の心臓病…私にできることは何だ。私にしかできないことはなんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます