第33話 死地からの脱出 オーストラリアンミストの献身(4)

「おい、お前らこっちを見ろ」


 その声に私たちを囲んでいた家猫たちが一斉に振り返る。


「よし、そのまま動くなよ」


 どうしたことか猫たちはその姿勢のまま金縛りにあったように動けなくなった。

 この声には聞き覚えがある。


「ポンタ、弱っちいなあ。それで姫を守れるのか」

 ルノーがニヤリと笑った。


「ルノー…」


 ポンタと私は呆気にとられてルノーを見る。私が公園の砂場で言いがかりをつけられ、いじめられたのはついひと月程前のことだ。ルノーはどうしたのだろう。


「ふん、変な目で見るな。お前らの味方になったわけじゃねえ」


 ルノーが面白くなさそうに言った。

「どうも家猫全体がおかしいんだ。ボッツ様も変だし、周りの猫たちの様子も異常すぎる。今回はお前らを助ける。うちの猫姫がボッツ様を止められるのはフールだけだって言うしな」


「そっちの猫姫?」

 ポンタがルノーの指さした方向を見ると一匹の猫が姿を現した。


「フーちゃん姫~。大丈夫だったぁ?ケガはない?」


 「ランちゃん!」


 見知ったブラウンとホワイトのノルウェージャンフォレストキャットに私は驚いた。


「レオといい、お前らといい、家猫たちは分裂したのか?」

 ポンタが目を丸くして尋ねた。


「そういうわけじゃないんだけど~。このままだとボッツ様って、野良猫どころか家猫もぜ~んぶ滅ぼしそうなヤバイ雰囲気がするのよね」


 ミケがそういうとルノーは悔しそうに続ける。

「おかしいんだ。いくら何でも周りの家猫まで気分次第で半殺しだ。どうかしちゃったんじゃないかと思うくらいの暴走ぶりだ」


 そこにいる全員が一瞬黙ったが最後にポツリとルノーは言った。

「ついていけねえよ」


 ミケが思い出したかのように、そこで硬直している家猫の耳もとでソプラノ声を出した。家猫たちがバタバタと倒れ、眠り始めた。

「フーちゃん姫、私はボッツ様を止められるのは姫だけだって思ってるわ」


「へ?」


 私があの魔王を?そりゃシッポが絶好調なら、ねぐらに帰らせることくらいは可能かもしれないが、あれと戦うなんて絶対無理だ。


「この間隣町に行った後、以前の猫神様のお告げを思い出したの。『ボッツの暴走は猫には止められない。猫でないものにも止められない』って」


「フーちゃん姫、あなた中身は猫じゃないでしょ!」


 ミケからいきなり私の本質を言い当てられて、私は激しく動揺する。

「み、見てのとおり、た、ただのチビ猫です」


「…まあ、いいさ。ポンタ、今夜はフールを連れてできるだけ遠いねぐらに行け」

 ルノーがミケの方を見る。


ミケも頷いた。

「フーちゃん、大丈夫?ボッツ様に聞いたわ。フーちゃんは満月の夜は力が使えないと。次の月のない夜、私たちが何とかしてボッツ様を公園に誘い込むわ」


 絶対無理だと思う。シッポが使えようが使えまいが、あの感情をなくしたような魔王相手に私が戦えるわけがない。青い顔で首をブルブル振る私を見ているのかいないのか二匹は南の森方向に消えて行く。


「ポンタ、今夜のはでかい貸しだぜ」


 闇の奥からルノーの声が響いた。

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