第26話 迷いの森とオシキャットの憤怒(2)

 ここのところ、ポンタと2匹並んでガンツにお説教を受けることが多くなっている。


 現在も勝手に隣町へ行って、さらに帰宅が深夜に及んだことについて追及を受け、あっけなくポンタが口を割ったため、ガンツから絶賛お説教中の状態だ。私がうっかりミケの名前を出したこともまずかったみたい。

 ガンツとセージの前で正座おすわりさせられて長いお説教となった。


「何で隣町に行かなくちゃなんねえんだ!ポンタ!」


「そりゃフールにせがまれて」


 ガンツが怒鳴る。

「そういう無茶をさせないためにお前がおりしてるんだろうがっ!」


「むぐうっ」


 『お守り』とは聞き捨てならない侮辱だが、今回無茶したことは間違いないし、口応えしてこれ以上お説教が長引くのも避けたい。


「まあまあ、ガンツ。ポンタは善意でフールに付き添ってくれてるのでしょう。お願いしてるあなたがあんまり責めるのではポンタが少々気の毒ですよ」

 セージが常識的な意見を述べる。その通り、ポンタはとばっちりなのだ。


「ねえ、ガンツ。ごめんなさい。ポンタは私のワガママきいてくれただけなんだ。怒らないで。ニャン」


 ガンツはジロリと横目で私を睨んだ。

「フン。お前、反省の振りだけはうまくなったな、騙されんぞ」


 ちっ。精一杯反省してる雰囲気を出してみたが、さすがに騙されにくくなってきたようだ。


 ひとしきりネチネチとガンツのお説教が続く。豪快な見た目と反比例するネチネチさ加減だ。嫁さんに逃げられるわけだ。


 私のうんざりした顔にセージが苦笑する。

「フール、あなたが隣町に行った理由や成果を聞きたいですね。何かあるのでしょう?」


 私は少し首を捻る。全部話してしまっても構わないものだろうか。せいぜいこのチビ猫、頭がどうかしたようだ、と思われるくらいなら特に支障はない。とっくに変な猫扱いには慣れている。


 問題は私と人間、それからボッツや猫神様との関係をガンツやポンタ、セージが知ることで彼らに危険が及ぶ可能性だ。

 …考えても予想がつかない。


「あのね、この前の雨の日、捨てられる前の記憶が戻りそうになってポンタに頼んだの」


 セージが頷き、ガンツは相変わらず憮然とした表情だ。


「で、確かこの家じゃなかったかな?という場所までポンタとミケに連れてってもらって」


「ふん。変な奴に貸しを作ったもんだ」


 ガンツは飼い猫の、しかも敵の幹部ミケに協力を頼んだことがよほど気に入らないようだ。


「で、結局元の飼い主とか、そういうのは全くわからなかったんだけど」


 セージが気の毒そうに私を見る。

「おやおや、それは残念でしたね」


 私は二匹の保護者猫とポンタの方もチラリと見てから、ちょっとだけ低い声で言う。

「あの…信じられるかどうかわからないけれど、私は猫神様のお告げを聞いてしまったの」


 ガンツもセージもウッと息を飲み、眉間にしわを寄せる。

「フーちゃん、その名前は滅多に出すもんじゃないんですよ」


 セージの言葉に私はどう話をしたものか、考え込んでしまった。信じてもらえるのだろうか。


 するとポンタが助け船を出してくれた。

「あのさ、二人とも何言ってんだ、って思うかもしれないけれど、何か不思議なことが起こったのは確かなんだ」


「不思議なこと?」「なんだ、そりゃ?」

 セージとガンツが同時に聞き返す。


「そのニンゲンに…」

 ポンタの説明は私としても初めて聞く不思議なものだった。


 つまり私が猫神様と出会って話をしていた時間、私の姿も蕗の姿も消え、ポンタとミケは呆気にとられていた。私のシッポから金色の光が出て、それが粒状に降り注いだその瞬間、私と蕗の姿がだんだんと透明になり、やがて消え失せた。


「フール!」とポンタが叫んで部屋をバタバタと探し回ったお陰で、私たちが戻ったとき、蕗の部屋はメチャクチャに乱れていたのだった。


 とにかくそんなに長い時間ではなかったが私たちは消え、しばらくしてまたボンヤリと姿が現れて元に戻ったのだという。


 ふーん、そんな感じだったんだ。


「何だかよくわからんなあ。お前疲れて目が霞んでたんじゃねえのか」


 ガンツの言葉にポンタが憤然とする。

「ホントなんだよ。俺だってよくわかんないけどな」


「フムフム。で、フール、猫神様からどんな伝言を聞いたというのですか?」

 セージが興味津々の表情で尋ねる。何でそんなうれしそうなんだろう。


「よぉ~く来ぃたぁ~。フ~ル~~」


 私があの猫神アビシニアンの口まねをはじめると、ガンツが顔をしかめる。

「口まねはいらねえよ、アホウ」


 ポンタとセージが笑いをこらえたが、せっかくうまいモノマネをしたのに不本意だ。それでも話が進まないのは困るので、普通の口調に戻して説明を始める。

「まあ、ともかく猫神様はまもなくこの街で大規模な猫狩りが始まるから、その前に街の野良猫を避難させたいみたい」


 ガンツが真面目な顔になった。

「信じてやりたいが」


 セージも唸った。

「私たちが信じても、他の野良猫たちは無理でしょうね。今残されたあのジャングルジムを放棄して、近隣の街に引っ越せと言われても『野良の意地にかけて』とか言いそうです」


「だろうな」「だよな」

 ガンツもポンタも頷く。


「でも保護センターの猫狩りの後、野良猫たちは一斉処分されちゃうって、猫神様が心配して」


 私が言い募ると、ガンツは目を鋭くつりあげる。

「何で猫神様はそれが判ってて助けを出してくれないんだ。せめてドブにお告げをしてくれれば信じられるじゃねえか」


「あのね、ガンツ。猫神様は今、力を無くしているらしいの」


 私の言葉にセージがキラリと目を光らせる。

「そこがよくわかりません」


「…」


「私だってよくわからないんだから仕方ないでしょ。それから猫神様の情報でとっておきがあるよ」


 私はお説教をこれで打ち切りにするため、とっておきを出すことにした。


「ほう。それは聞きたいですね」

 セージが耳をピンと立てた。相変わらずガンツはムスッと聞いている。


「ボッツの弱点だよ」

 私がムヒヒと黒い笑い方をすると、ポンタが眉をひそめ、ガンツが眼を丸くする。


「おい、フール。悪そうな顔になってるぞ」とポンタ。


「ホントかどうか、とりあえず聞いてやるから、言ってみろ」とガンツ。


「ボッツは真夏とかの強い太陽が苦手らしいよ」

 私は得意そうに鼻をピクピクさせた。


 だがそれを聞いたガンツとセージとポンタは顔を見合わせてから、ガクッと力を抜いた。


「それじゃあ駄目だな」とガンツ。


「夜の公園では特に意味のない情報でしたね」とセージ。


「まあ、昼間会ったら、ものすごく怖れなくてもいいってところか…」とポンタ。


「何で?何で?敵のラスボスの弱点だよ。すごい情報じゃない?」


「…フール。猫の世界で昼間のケンカは御法度だ。それだと夜は無敵じゃねえか」


 そういえばそうだった。ガンツの言葉に納得せざるを得ない。


 猫神様によればボッツの『賢者』パワーは太陽のない夜に強くなり、太陽の南中する昼頃や真夏の日中などに弱くなるとのこと。つまり太陽光線の強さと反比例して、あの攻撃力が低下するということだ。


 考えてみれば、主に夜の公園で猛威を振るうボッツにはあまり関係ない。


「…すいません。無駄情報でした」


「いやいや、フーちゃん。少なくともボッツが無敵ではないとわかったのは良かったですよ」

 セージが慰めてくれた。


 しばらく4匹が無言でいると、突然セージがニコニコして私に言う。

「それはそうと、フーちゃん。さっきのモノマネは上手でした。猫神様に会えた野良猫なんて、そう沢山いないのですが、ああいう感じなんですね」


「えっ?そんなにうまかった?」


「はい。きっと神様ってこうなんだろうなと納得できる感じが絶妙というか、フーちゃんの新しい魅力というか、さらなる才能を見つけた感じがします」


 セージの言葉に私は気分を良くする。

「へへへへ、褒めすぎだよ~」


「いいえ、ホントに天才かもしれませんね。驚きました。素晴らしいです」


「もう~っ!やめてよお」


「ぜひ!もう一回!あの猫神様があなたに話しかけるところ、・バージョンでお願いします!天才フーちゃん!」


「えへへ、もう一回だけだよ」


 何だか生温かいポンタとガンツの視線を感じつつも、私は調子に乗って猫神様のモノマネを再度披露する。

「よ~く来たぁ。蕗あるいはフール~、あるいはわ~が分身『愚者』よぉ~」


 セージが遮って、私を正面から見つめる。

「フーちゃん、隠し事をしないですべて話しなさい。フキってだれですか?猫神様から『我が分身、愚者』と言われたのですね。どういうことですか?」


 おおっ、しまった。調子に乗ってさっき隠した部分を全部モノマネしてしまった。


 ポンタが呆れる。

「お前って…ホントにチョロいのな…」


 ガンツは不安と笑いが半分ずつ入り交じった複雑な顔で私を見た。

「フール、俺はお前の親父じゃないのか。ちゃんと全部言え」


「…はい」




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