第23話 世界の終わりの始まり 猫神アビシニアンの苦悩 (4)
「よく来た。蕗あるいはフール、あるいは我が分身『
そこには大きな耳の猫がいて、私に呼びかけた。
ここはどこなのだろう。上から下まで真っ白、そして不思議なことにその猫の足下には大きなリンゴがある。あの公園のトイレ?いやそれにしては綺麗な色だが…
私は自分の姿を見下ろして驚いた。山田蕗に戻っている。
「あれ?さっきまで猫だったのに?うん?違うか、人間だったっけ?」
いきなり大耳の猫がリンゴのヘタの付近からビョン!と大きな
しかし、私はそれよりも自分の姿にさらに驚き、言葉を失う。
姿見に映った私は山田蕗そのものでなく、蕗と猫のフールの中間だった。人間の身体のようで耳はフールの折れ耳が頭についている。シッポがお尻からミョンと出ているし、よく見るとヒゲもツンツン生えている。
肉球のある自分の手で身体のあちこちを確かめ、私は目の前の大耳に抗議する。
「何なの、これ?猫耳の美少女とかオタクの皆さんは大喜びかもしれないけど、本人は微妙よ!あちこちリアルでよく見るとキモいし!」
「まさか、文句を言われるとは思わなかった。
大耳猫は抗議を受けて不満顔だ。
「それから、自分のこと美少女とか言ったな」
「そ、それはともかく、ここはどこなの?あなたは誰?」
私の言葉に「ようやくその話になったか」と大耳猫が頷く。
「ワシは其方達のいうところの猫神であるが、本来の姿ではない」
大きな耳に黄金の短毛、瞳はアーモンド型の大きな金色…これは私が生前死ぬほど憧れたアビシニアンではないか。しかも恐ろしく毛並みが美しい。
「猫神様…ホントにいたの?それともこれは私の夢の中?」
「ふむ。ある意味、夢の中といってもいい。其方とワシの意識を同調させた上でのイメージ映像であるからな。だが、そんなことはどうでもよい。用があって其方を呼び出したのだ」
「猫神様が私を呼び出した?私はここに自分で来たつもりだったのだけれど…」
「ミケランジェロと山田蕗の身体を操って其方をここへ誘導した。もちろん其方の意思あってのことじゃ」
「…うーん。ちょっと納得出来かねるけれど、まあいいわ。私に伝えたいことって何?ミケに伝えられるなら、そこを通しても良かったでしょ」
「しばらく前であれば、其方やミケのところに直接現れることも可能であったが、今のワシにはもはやそんな力さえもないのじゃ。其方の力を借りねばお告げさえ出来ない状態なのだ。ぐう、情けなや」
「よくわからないわ。何でそんなに力がなくなったの?」
悔しさに震える猫神様が顔をあげた。
「其方は4年後に死ぬであろう?」
思わぬことを言われて私も固まる。
「山田蕗…ですよね。死ぬのは」
「蕗もそうじゃが、フールもじゃ」
「へっ?」
「3年と8ヶ月後に誕生したばかりのチビ猫フールも引っ越し中の事故によって、衰弱死する」
「何と」
「今の其方の姿は山田蕗と子猫フールの両方があわさった姿だが、それが其方の本当の姿でもある」
「…?」
「4年後、フールと17歳の山田蕗、そしてワシ、猫神は同時に死亡する」
頭がついていかないが、聞き捨てならないことを聞いた気がする。
「猫神様が死んだ?カミサマが死ぬ?」
猫神様が意気消沈して小さくなる。
「『神の死』というのはつまり、この街に住む猫が激減し、信心がなくなった状態なのだ」
つまり…と猫神様が話すには4年後この街から猫の数が大きく減少し、その姿を維持できなくなった猫神様だったが、限界に達したとき偶然ふたつの死が重なった。
そう、それは平成最後の日、山田蕗が心臓の病で病院で亡くなり、生後4ヶ月の子猫フールが引っ越しの最中に運送トラックの事故にあって死んだ日だ。
チビ猫フールの身体という
そこに私の死がまったくの偶然だが、場所もタイミングもピッタリ重なってしまい事態は大変ややこしくなった。
「間違って済まん。お前まで過去に送っちゃった。テヘ」
猫神様のカジュアルなお詫びに私も笑顔で返す。
「いいっす。野良猫の生活、超楽しいッス」
私と猫神様の魂、フールの身体はごっちゃになって過去へ戻っていった。
結局私、山田蕗の魂はチビ猫フールの身体とともにガンツのねぐらの近くに届けられた。
「ワシは転送に失敗した。蕗とワシの魂、フールの身体…ふたつの魂とひとつの身体が入れ替わった。さらにワシの力は2つに分裂し、そのひとつである癒やしの力『愚者』が其方フールに宿ったんじゃ」
私はフムフムと頷いた。
「全然理屈はわからないけれど、つまり今の私は未来から送られてきたチビ猫フールの身体と山田蕗の魂、そして猫神様の癒やしパワーが融合した結果ということですね」
「
猫神様が私の理解力を褒める。
「だがワシは逆に力を失い、おまけに行き場も失ったので、ひとまずこの時代の山田蕗の意識下に宿ることとなった」
「なるほど。あれ?でも2つの力って」
「そうだ。もうひとつ、滅ぼしの力『賢者』は別の猫に宿ってしまった」
「ははあ、わかった」
「うむ。ボッツだ」
ボッツが魔王としてこの街に誕生して、野良猫たちは街の縄張りを失いつつある。ただしこれも最初は猫神様の意思であったようなのだ。
「ワシは最初それを容認した。ワシは4年後から転生してきたから今後4年間のことを知っておる。まもなくこの街はある種のニンゲンによる猫の虐殺が始まる。野良はすべて保護センターが捕らえ、数日待たずして殺処分となる。保護センターの職員は反対したが『街の浄化』強硬派が押し切り、処分が実施される。猫のたまり場であったリンゴ公園も取り壊される」
「なるほど。それで猫の数がめっきり減って、猫神様も力を失ったと」
「そうじゃ。野良だけでなく猫の居場所、遊び場所もすっかり減って、この街は猫が飼いにくい場所となったのじゃ」
「飼い猫も減っていったのですね」
「うむ。ワシの存在の維持に必要な猫の数と信心のパワーが限界となったのだ」
私は前世の街の様子をほとんど知らない。だが、私の入院時に街の様子は猫にとって劣悪なものとなっていったのだろう。
「時が戻っても猫神様の危機はあんまり変わらないみたいですね」
猫神様の顔色が真っ黒になる。
「そうじゃ。前回は野良猫が沢山死んだ。今回こそはそれを防ごうとこの時代に魂を戻したのじゃが…肝心の力を失った。ワシに何も出来ないのなら野良猫たちは縄張りをなくしてでもこの街を去った方がまだマシだと思ったんじゃ」
「それでボッツは公園の縄張り争いを」
私の呟きに猫神様が頷いた。
「最初はそうだ。だが、あれは私の力の一部であって、ワシではない。いずれ必ず暴走が始まる。いや、すでに始まっておる。お前のように元人間ならともかく、ワシの力は普通の猫の魂では背負えないのじゃ。其方フールに猫を救う魔力『愚者』があるように、奴の猫を滅ぼす力『賢者』が暴走を始めたら野良猫どころか、家猫も滅ぼし、いずれニンゲンにも害を及ぼす可能性がある」
何となく猫神様の姿が薄れていく。この『面会』ももう終わりなのだとわかった。
では聞いておかねばならない。
「猫神様、ボッツを止めるにはどうしたら」
「シッポを掴め。シッポじゃ。掴まれたら負けじゃ。フール」
「どういうこと?ちょっと!もうちょっと詳しく!」
スーッと猫神様の姿が消えていく。
ただこの時、まさかボッツを止めるために私も大切なものを失うとは思っていなかったのだ。
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