第22話 世界の終わりの始まり 猫神アビシニアンの苦悩 (3)

 壁からアルファベット一覧表を外し、私たち3匹と蕗がそれを間に置いて向き合う。

「こっちがミケちゃんで、あなたは…えっと?」


 私は再び指さしを行った。


「F・O・O・L…うん?フォール?」


「ンニャニャニャッ!」

 私は頑張って前足二本で×を作ろうとして失敗し、盛大に後ろへコケる。


 様子を見ていたポンタとミケが不安そうに話している。


「なあ、あいつホントの変な猫だと思ってはいたけど、変すぎないか?」


「何言ってるの!猫神様と猫姫様よ。大丈夫に決まってるじゃないの!…多分」





「えっと、フールちゃんとP・O・N・T・A…ポンタちゃん?」


「ウニャッ!(正解!)」


 私の正解!ポーズに蕗が思わず笑顔を見せた。まどろっこしいったらありゃしない。


 ハアハア。それでどんな成果があがるのかもわからないが、とりあえず私は蕗に私とポンタの名前を教えた。それだけのコミュニケーションだが疲労感がハンパない。


「まあ、ポンタちゃんなの?可愛いわあ。あなたの彼氏?」


 何を言い出すのか、この世界の私。猫の世界にまで恋愛脳を働かせている。


「ンニャニャニャッニャニャニャニャ!!!(全然違いますって!)」


 ポンタが一際ひときわ不審そうに私を見る。

「おい、フール。今俺の方見ながら、すっごく何かを否定していなかったか?」


 勘が鋭いにもほどがある。


「全然、まったくそういうことはないから気にしないで」




 蕗がようやく本題に入る。

「だからね、数ヶ月前にこっちのミケちゃん」

 ミケをチラリと見て

「ミケちゃんと頻繁に夢の中で話をしたのよ。リンゴの上でね」


 蕗の言葉にミケが反応する。

「ねえ、フーニャン。今私の話してない?」


「うん、ちょっと前、リンゴ公園のトイレの上でランちゃんと話をしてるって夢を見たんだって」


 ミケがウットリとした顔で身体を震わせた。

「何と尊い。あれは本当に神との対話だったのね」


「このニンゲンが神?うーん、信じられないな」

 ポンタが疑わしげな顔つきになる。同感だ。


「いいえ!あのお告げで私は今日フーニャン姫のお供をして、ここに来たの。間違いなく神様のお告げよ!ポンタ、頭が高い!」


 興奮したミケがポンタの頭を押さえようとして、ポンタともみ合う。

「まあ、可愛い。ミケちゃんと…ええと、ポンタちゃん。じゃれあって」


 蕗は私だけあって、のんきなモノだがこのままでは話が進まない。私がここに来た目的を何とか果たしたい。


 つまり『あなたは心臓に疾患があり、このままだともうすぐ倒れて死ぬので、今のうちに検査を受けるのです』ということだ。…簡単には伝わりそうもないし、伝わっても信じられないよねえ。



「それでね、伝えたいことが…ええっと、何だっけ?」

 蕗が話しかけて止める。こっちが聞きたい。

「何かとても重要なことをもうじき尋ねてくる人、いや猫か、それに伝えるよう誰かにお願いされていたというような気がしないでもなくて」


 こりゃ駄目な気がするなあ。


「うーん。何だろ?ま、いいか。こんな可愛い猫ちゃんと不思議なお話ができたから、よしとしよう」


 『よしとしよう』じゃないよ。これはもう明らかに私だ。山田蕗はこういう娘だったのだ。

 私は私と蕗が会話をしている様子を固唾を吞んで見守っているミケとポンタに言う。

「ポンちゃん、ランちゃん。やっぱりうまく話が通じないや。お互い伝えたいことがあったようなんだけど難しいね」


「そうなの。猫神様のお言葉をきけないのは残念だわ」

 ミケがショボンとした。


「カミサマじゃねえだろ、ニンゲンだぞ。保護センターのやつらも近づくときはニコニコしてたからな。信用できない。もう行こうぜ」

 ポンタは用心深い。


 私は思いつく。私のシッポの力は人間にも効果があるのか。私が言葉通じろ!とかやったら、うまくいかないものだろうか。


 ダメ元だ。私は蕗にむかってシッポをフルフルした。


(話ができるといいな・言葉通じろ・フキちゃん可愛い・私だし)


 しょうもない独り言も混じったが、いつもの白い光でなく金色の光が浮かびあがり、部屋の中央から私たちに降り注いだ。


「何?この光?」

 蕗が驚いて光の粒を手で受ける。


 ミケがこの様子を見て、またしても涙を流す。

「な、何と今日は素晴らしい日!黄金の光まで見られるとは!」


 その様子をポンタが引き気味に見ている。



 次の瞬間、私は自分の身体から自分が離れるような感触を覚えた。

「ありゃ?何ニャこれは?幽体離脱!やばっ!」


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