第21話 世界の終わりの始まり 猫神アビシニアンの苦悩 (2)

 何故か私たち三匹は山田家の2階にある蕗の部屋にいる。女の子らしいといえばまあまあ女の子らしい部屋だ。私の部屋だったからそれはわかる。


 でも恥ずかしい。壁に貼ってあるのはくだんのアイドルのポスターと苦手だった英語のアルファベット表、本棚にはまだ小学生気分の残る子供向けのコミックス。机の引き出しの二段目は親に見せない、もしくは見せられない用のプリント入れとなっていて、馬鹿だからこれ見よがしにドクロマークのシールが貼ってある(逆に目立つだろうが!)。机上には気になる男の子の名前がカバーの内側に書かれた消しゴムがふたつ転がっている。


 過去の私は恥ずかしい。誰だってそうだろうけど、目の前でその自分に対面する経験はあまりないはずだ。


 蕗と私たち三匹は向かい合って床に座っている。何、この状況。


「えっと、私の言葉わかるかな?わかんないよね?」

 蕗が三匹をクルリと見渡す。


  私は何とかヒト語を発声しようとするが、さすがに無理っぽい。発声器官が違いすぎるんだろうね。

「ニャニャニャ(わかる)ナゴ~(んだよ)」


「伝えたいことがあるのに。う~ん、どうしたら」


「ニャニャニャーニャ(だいじょうぶ)ニャニャニャンニャゴ(つたわってるよ)」

 駄目だ。無理だ。


 ポンタが首を傾げる。

「おい、フール。このニンゲン、何言ってんだよ」


「伝えたいことがあるんだって」


 ミケももどかしそうだ。

「何を猫神様は仰ってますの?」


「伝わりそうもないから、どうしたら…って悩んでる」


「何ともったいない。お告げだけでなく、直じかにお言葉をいただけるとは」


 何だか蕗を神様扱いして目を潤ませるミケはともかく、これでは話が進まない。

 私が蕗に伝えたいこと、それは心臓の病のこと。でも伝えようがないし、伝わったところで信じてはもらえないだろう。

 そして蕗も私たちに直接何か話をしたがっている。


「うーん。よく考えたら猫と話をしようとか、♪私はおかしすぎだわ~」

 自分で呟いて、お芝居のように両手を開き、ひとり芝居を始めた。

「そうなのよ!猫を自分の部屋にあげて、♪お話をするなんて~」

 天井を見上げる。

「♪あ~、頭がどうかしてしまったのかしら~!」


 …見ていられない。


「なあ、こいつ頭おかしくないか?一人で歌い始めたぞ?」


 ポンタの声にさすがの信者ミケの声も自信のないものになる。

「か、神様は何かお考えがあって、このようなふるまいをなさって…う~、たぶんそうよ。きっと」


 これ以上蕗が奇行を重ねるのは自尊心が許さない。何とかしなければ。

 ふと壁を見ると例の斉藤由貴ちゃんのポスターと英語のABC、アルファベットの一覧表…懐かしい。そういえば中学1年生だったね。


「!」


 私はあることを思いつき、机に飛び乗る。


「わっ、フール。どうした!」「フーニャン!」

 二匹の慌てた声が聞こえる。



「何すんの!猫ちゃん」


 蕗が驚いたが、私は構わずローマ字を懸命に指さす。

「F・U・K・I」「F・U・K・I」


 最初は私の突然の行動に呆然としていた蕗だったが、私の猫手を目で追う。

「F・U…ふ・き…ふき?」


「ニャニャ!」

 私は「正解!」とばかりに蕗を見て、猫手で顔を指す。


 蕗が目を見開いて私を見る。

「そんな、偶然よね?わかるの?」


「W・A・K・A・R・U」


「わ・か・る………ええっ!?わかるの?」


「ンニャッ!」

 また私は「正解!」のポーズ。


「信じられない。嘘でしょ」


「H・O・N・T・O」


「ほ・ん・と…『ほんと』?…うえええええ!」


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