第20話 世界の終わりの始まり 猫神アビシニアンの苦悩(1)

 とりあえずできるだけ頑張って歩き、帰りはポンタが疲れ果てた私を担いで戻ってくるという一応の段取りをして、私とポンタ、ミケは隣町を行く。


 目指すのは人間であったときの私の家だ。


 さて、私は在宅か?たいがいインドア派だったから、部屋で暗く読書かラジオか、それとも少ない友達と遊んでいるかだろう。うーん、そう思うとちょっと悲しいね。もう少しアクティブに過ごすんだった。


 人間である私山田蕗やまだふきが実在して、会えたとしよう。もちろん私の猫語は通じない。


 では私が何らかの方法で意思を表したとしたら…だめだ、化け猫だ。山田蕗は恐怖で心臓の病気を進行させるか、自分の頭がおかしくなったと思うだろう。



 思った場所に『山田家』はあった。私の勘だが多分『蕗』も存在する。身体が強いとはいえないが、まだ元気で学校に通っている山田蕗だ。


 会えるだろうか。会えたらどうしよう。


 何も考えが浮かばない私とポンタ、ミケは山田家の前でたたずんだ。私は疲れてヘロヘロだが、二匹はさほどでもない顔をしている。体力差を思い知るな。


 ここへ来るまでは奇跡的に何のトラブルもなかった。



「何の苦労もなくここへ着いたような顔をしてるなよ!」

 私の考えを読んだようにポンタがツッコんだ。


 私たちの町外れから(主に私が)車に轢ひかれそうになったことが2回、何だか目つきの悪い怪しい猫に絡まれてミケが得意のソプラノで気絶させたのが1回、私が路地の側溝に落ちそうになってポンタがギリギリ止めてくれたのが1回…というところだ。まずまず順調に着いてよかった。


「うん、よかった」


「よくないだろうが!」


 ポンタは私の顔色から思考を読むようになっている。よくない傾向だ。


「さて」


「さて、じゃねえよ!危なすぎて疲れたって!」


 私は無視して言葉を続ける。

「さて、どうするか。ノープランで来ちゃったけど」


 ミケが興味深そうな顔で私を見つめる。

「フーニャン姫はこの家の誰かに用があるのかしらん」


「私がガンツに拾われる前の記憶と関わるような気がするのよね」


 嘘は言っていない…よね。


「待て!誰か出てきた。とりあえず隠れろ」

 ポンタの言葉に私たちはとりあえず家の植え込み隅に身を潜める。


 私は息を吞んだ。

「私だ…」


 山田蕗13歳、中学1年生が玄関から姿を見せた。黄色いTシャツとデニムのミニスカート、青いサンダル…間違ってもオシャレとは縁がなさそうだ。何だか残念でため息が出る。

 自分なんだから文句は言えないけどね。


 丸顔に大きな目、大好きだった斉藤由貴ちゃんというアイドルの真似をしてポニーテールにしていたが、もちろん私は斉藤由貴ちゃんではないので斉藤由貴ちゃんにはならないのだった。重ね重ね残念だ。


 何を探しているのか、玄関前でキョロキョロしている。

 ポンタが首を傾げた。


「おい、あのニンゲンはお前の前の飼い主とかなのか?動きが変だぞ。変な飼い主に飼われると変な猫が出来上がるのかもしれないからな」


 いろいろ失礼だが、何も言い返すことができない。でもいくら私でも様子がおかしい。あんな子ではなかったと思うが、いや思いたいが。


「何を探してるのか…いいえ、何かが来るのを待っているようにも見えますわね」

 ミケの言葉にポンタも頷く。


「ホントだ。ラーメンの出前でも待ってんじゃねえの」


 つくづく残念な中学生の私にだんだんと気持ちが沈んでくる。このまま帰ろうかな…


「フール、頭出すな!」


 ポンタの声に私は慌てて首をすくめるが、蕗が私を見つけたようだ。


「スコティッシュ・フォールド…あなたなの?」


 蕗の思わぬセリフに私は返事をする。


「何で?何で私が来ることを知ってたの?」


 …もちろん私のセリフは『ニャンニャニャゴロゴロナ~』みたいな感じだから通じるわけはない。

 ポンタとミケはすでに逃亡するスタンバイをしている。


「逃げないで!誰かが私を訪ねてくるって、あなたのことなの?」


 やっぱ、怖こわっ。自分じゃなかったら一目散に逃げてるわ。


「そっちにいるブラウンタビーのノルウェージャンはミケちゃんじゃないの?リンゴの上でお話を何回かしたでしょ」

 何か意味不明のこと言い出した。


 ここにいる山田蕗は私が知る山田蕗とは明らかに何かが違う。何故ミケのことを知っているのか。


「絶対に悪いようにしないから…こっちに来て。話を聞いて」


 …って言ってもなあ。


「ねえ、ポンちゃん、ランちゃん。実は…私ニンゲンの言葉だいたいわかるんだ」


 二匹が信じられないというように目を見開く。


「お前が訳わかんない猫だっていうのはもう判ってるけど。さすがにニンゲンと話ができるっていうのは…」


 ミケも頷く。

「逃げましょう、姫。ニンゲンはよくこういう猫の捕まえ方をするんです。飼い猫の私が言うんだから間違いないわ」


「信じられないのはわかるけど、あの子はランちゃんのことも知ってるって。リンゴの上で話をしたって言ってるけど…」


 ミケがビクリとして、ピンと立てていたシッポを下げる。

「あの娘が…猫神様?」


 それからじっと山田蕗を見つめる。山田蕗もミケの方を見て、それから何かを思いついたようにポーズを取る。片手をあげてコイコイ…招き猫のポーズ。


「猫神様…信じられないですわ」

 ミケが震えながら、同じポーズをとった。


 どういうこと?私が、いや山田蕗が猫神様?


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