第18話 逆回りする時計 恍惚のノルウェージャン・フォレストキャット(5)

 私とポンタはとりあえず公園に向かう。

 そのリンゴ公園の片隅で隠れるように待っていた猫を見て、私はビックリした。


 あの夜、公園の中央で野良猫たちを気絶させまくっていた家猫御三家だか三人衆だかビッグ3だかの1匹だ。名前は…えっと。


「よう、ミケ」

 ポンタが気軽に話しかけたので、また驚く。


「ミケさん?」


「ウフフフ、可愛いわあ。フールちゃんだったかしら」


「は、初めまして。フールです」


「私はミケ、ホントはミケランジェロっていうんだけど」


 ミケランジェロはもう誰もが認めるような血統書付きの美しい猫だ。サイズは大きくないけれど、長くてフワフワな毛はブラウンとホワイトの美しい縞模様、身体の前面から前足は真っ白で惚れ惚れするほどの典型的正統派の「ノルウェージャン・フォレストキャット」だ。大きなゴールドの瞳が面白そうに私を見ている。


「私はフーちゃん、…ううん、『フーニャン』と呼ぶわ。いい?」


 フーニャン…それは久しぶりの響きだ。私が人間だった時のあだ名を偶然呼んだミケに危うくメロメロになりそうだ。


「はい…それでいいです。…ニャン」


「大丈夫か、フール。何かヘラヘラしてるぞ」


「だ、大丈夫。ねえ、ポンちゃん、ミケさんとこんなに親しくしてていいの?」


 私がポンタに言うと、ミケが私に修正を求める。

「フーニャン、できたら私も『ランちゃん』って呼んで欲しいな」


「…えええ。ランちゃんはポンちゃんと仲良いの?」


 ポンタが難しい顔をする。

「フール、この前言ったけど、俺たちはケンカばっかりしてるわけじゃない。協力する時もある」


 ミケも頷く。

「そうなの、フーニャン。場合によっては情報交換したり、共通の敵には共同戦線ってこともあるわ」


「共通の敵?」


「うん。例えば…やっぱりホゴセンターかな」


「そうか…保護センターの人間か」


「黄色いのを腕にはめてる人間が来たら、警報を出したりとか」とポンタ。


「ハートの赤いマークの車が来たときは邪魔したりするわ」とミケ。


 私はとっても微妙で複雑な気持ちだ。

 動物保護センターの人は犬や猫が憎いわけじゃない。むしろどうやって殺処分の動物を減らすか頑張っている人達なのだ。だけど犬や猫には「捕まったら二度と戻ってこられない」という敵に見えている。

 私のような猫好きで、しかも今現在猫という存在にとってはこの上なく悲しいことだ。


「まあ、それはともかくランちゃんさんが協力してくれることになった」


 ポンタが言うと、ミケはポンタを横目で薄く睨んだ。

「あなたは『ミケさん』で結構。でね、フーニャン」


「私は隣の町のボスとは知り合いよ。一緒に行ってあげてもいいわ」


「ランちゃん、優しい。ありがとう!」


「フフフ、でも…条件次第よん」


「条件ですか」


 私が眼を瞬かせると、ポンタが肩を竦すくめる。

「フールのシッポの光を受けてみたいんだってさ」


 私はしばし考えた。何か不都合はあるだろうか。別にケガをしてるわけでもないミケに光を出しても何も起こらない。私も全力を出す必要はないだろうし、特に構わないんじゃ…


「いいですよ。それくらい」


「あらん。うれしいわあ」


 ポンタはここに案内しておきながら、多少不安な顔つきだ。


「大丈夫だよ、ポンタ。秘密にしておくにしても、もう遅いし」


「はい、どうぞ!ちょうだいちょうだい。フーニャンの癒やしの魔術を」

 何かついていけないテンションでミケが手を広げた。


 私はミケに向かって軽くシッポを振る。

(少し・少し・何か気持ちよくなるくらい・ほんわか幸せ的な)


 ホワンホワンと私のシッポから光が出てきて、ミケの頭から胸にスッと当たった。

 ミケは瞬間、眼を見開いた後、恍惚とした表情になった。

「フーニャン…んー、こ、これは姫様だわ。プリンセス・フーニャン、素晴らしいわ!」


 その感激具合に私もポンタもちょっと引き気味になりながら、張り付いたような笑顔を浮かべる。

「えーと、ランちゃん。これで案内してもらえる?」


「ミケ、様子がおかしいけど、大丈夫か。隣町いけるのか?」


 ニッコリと笑ってミケが私を見つめる。

「大丈夫。隣町のボンゴは私のファンなの。話はつけておいたから、行きましょう」


 私はミケとポンタの両方に礼を言う。

「ランちゃん、ありがとう。よろしくお願いします」

「ポンちゃんもありがと」


 といってもここから町外れまで1㎞、さらに私が目指す人間時代の自宅までは2㎞というところだ。実は猫は足が速い。人間のあなたが思うよりずっと速いのだ。

 ドン臭いと言われ続ける私でも人間に負けることはない。自称『韋駄天ポンタ』は人間の目安でいったら時速50キロを超えるスピードで走る。

 だが問題は持続力だ。これはどんな猫もそれほどない。私はなおさらない。



 そういうわけで、まあのんびり行きましょう、ということになった。私の足にあわせて3匹でトコトコ走る。それでも概ね20分ほどで町外れまでたどり着く。しかし私は疲労困憊している。


「ハヒー、ハヒー。こんなに遠くまで来たのも初めてだけど、こんなに長い時間走ったのも初めてだよ」


 ポンタが愕然とした顔になる。

「ええっ、お前って今まで走ってたのか?」


 ミケも驚く。

「てっきり歩いてるものとばかり」


「大丈夫か。お前の行きたい場所はたぶん…まだかなりあるぞ」


「大丈夫…だと思うよ」


「あのね、フーニャン姫。帰り道もあるのよ」


 そうだった。行って帰ってこれる気がまったくしない。

「はっ、そうだった。こうしよう」


 私が言うとミケが微笑む。

「そうしましょう、姫様」


「まだ何も言ってないって。それから『姫』はやめて…ほしいです」


 ポンタが苦笑いして口を挟んだ。

「何を考えたんだよ、フール」


「こういうこと」

 私は再びそっとシッポを振る。今度は上に向かって。

(疲れがとれるように・疲労回復・リポビタンD)


 あんまりやり過ぎると私にダメージが戻ってくることは学習しているので気をつける。


 白い光がまたフワフワと出てくる。真上に上がり、私とミケとポンタの3匹に光の粒状に降り注いだ。


「何だ?これ。力が湧き出る感じだ」


「何と…素晴らしい。…姫様」


 ところが…私にはさほど効かないようなのだ。特に疲れが取れる気配はない。むしろシッポと頭が重くなった感じだ。

「ポンタ…これは自分には効かないみたい」


「何て面倒なんだ。お前は」


 ポンタが呆れるが、ミケはずっと感涙の面持ちだ。


「どうしようか。まだ少し休めば走れると思うけど、帰り道に自信が持てない」


 私の言葉にポンタが考え込み、ミケはポンタを見る。

「ポンタ!」


 突然のミケのご指名にポンタがビクッとする。

「えっ?」


「あんた、フーニャン姫を背負いなさい」


「ええっ、いくら俺でもそれはきついぞ」


「あんた今、体力回復したでしょ」


「ああ、そういやそうだな」


「またあと一回か二回はこのフワフワやれるでしょ、フーニャン」


 私は自分の体力ゲージを頭の中に出す。こないだの公園の感じがゼロで…

「うん、そうだね。これはまだ全然イケる。あと3回でも4回でも」


「じゃあ、大丈夫。ポンタが姫を背負えば今日中に行って帰ってこれるわ」


「ハア…。わかったよ。何でこんな目に」


「ポンちゃん、ゴメン。大丈夫?キツかったらやめとくよ。また何か方法考えるよ」


 私の言葉にミケはニヤニヤ笑って言う。

「フーニャン姫、気にしなくていいわ。ポンタはあなたを背負えるのが結構うれしいはずよん」


「な、何を。ば、馬鹿なこというな。ミ、ミ、ミケさん」


 狼狽うろたえるポンタとニヤニヤ笑いが止まらないミケ、背負われてあと10キロ移動という申し訳なさで躊躇ちゅうちょする私、しばし3者が沈黙した。


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