第12話 世界の掟 嘆きのアメリカン・ショートヘア(3)

EXTRA EPISODE 「ボッツ様の最側近さいそっきんであるオレ」


 今夜は久しぶりに公園にボッツ様がいらっしゃるという。感激である。野良猫たちはなんだかんだいって、まだジャングルジムと滑り台を確保している。この膠着こうちゃく状態を打破するのはやはりボッツ様をおいてあるまい。


 数日前にボッツ様のところであの変なチビ猫…フールといったか、あいつの報告をしたらボッツ様が珍しく表情をピクリと動かして、仰った。

「ルノー、その猫、もう少し詳しく調査せよ。危害を加えることは禁止する」


「はっ、承知しました」


 何でそんな役目を…とは思ったが、ボッツ様の指示は絶対である。とりあえずダビを呼ぶ。


「何スか、ルノーさん。」

 ダビはケンカも頭も弱いが可愛い俺の弟分だ。この間チビ猫フールに遭遇したのもこいつと一緒だったから顔が判ってるはずだ。


「あのチビ猫、覚えてるか。折れ耳の…」


「折れ耳…もちろんですよ。ルノーさん。何かあいつのシッポで酔っ払っちまったみたいになって」


「フム、それと傷ついたポンタを治した治癒の力か…ボッツ様も気にするわけだが」


 俺は考えた。攫ってきて調べるのが簡単でいいが、フールはガンツのとこにいる。並の猫じゃ無理だ。ずっとけてればチャンスはあるだろうが、騒ぎになったらまた『猫神様のおきて』とか言われて、長老連中にいろいろ言われるだろうな。昼間は止めておこう。


 とりあえずダビに後をつけさせて様子を見る。夜、ガンツが留守をしてチャンスがあれば攫ってしまおう。危害を加えるなとは言われたが、まあ刃向かわなければそんなに痛い眼に合わせなくても大丈夫だろう…







 数日間ダビに尾行調査をさせたが、ろくな報告はない。ガンツやポンタがいろいろ野良猫の『生活の知恵』を教えてる様子を聞かされたが、面白くも何ともない。

 何でダビが『いやもう、初めてバッタを捕まえたときには俺も泣けてきて』とか感動してんだ。あいつはやっぱりバカだ。


 だが、今夜はチャンスかもしれない。ボッツ様が公園に来るのなら、必ずガンツにも呼び出しがかかる。そこが狙い目だ。ガンツはチビをどこかに預ける。たぶんポンタかセージのとこだろう。セージが公園に来るならポンタを、その逆ならセージを、こっちのスパイを使ってフール一匹にする。そこでダビに攫わせればいいだろう。

 …いや、あいつ一匹では不安だな。あのシッポは不気味だし、何しろダビはバカだ…






 公園の戦いは俺の予想通りの展開だ。ミケが公園の真ん中で雄猫どもをメロメロに気絶させてる。あれは恐ろしい技だな。


 前線の滑り台付近も押し気味だ。猫数では互角だろうが、レオがいる。あの『真空猫手斬り』は脅威だ。あのレオの馬鹿笑いは気に障る。ついでに何か野良猫と昼間のうちは仲がいい感じが気に食わないが、それでも実力者であることに違いはない。


 来た来た、ガンツだ。滑り台のところに現れた。ということは今頃ダビがフールを攫いに行ってるところだな。うまくやれよ、ダビ。




 滑り台からジャングルジムに戦場が移動するかというときに、ついにボッツ様が降臨された。


「ガアアアアアアアッ」と麗しい低音ボイスに俺はウットリするぜ。


 ボッツ様が公園の中央から野良猫の本拠地ジャングルジムへとゆっくり進まれる。

 俺は持ち場の砂場を少しずつ離れて、そのお姿を見ようと移動した。


 ボッツ様の戦いぶりは何というか、野良猫どもにとっては天災みたいなものだろう。

 ボッツ様が睨むと動きを止められ、声を聞くと倒れ、腕を振れば切り裂かれる。

 野良猫たちの群れがどんどん減っていく。


 おおっ、今ガンツが倒れたのが見えたぞ。ザマミロ。いい気味だ。


 うん?何だ?


「父さんに何すんのよ!」


 ゲッ、何であのチビがここにいるんだ。ダビのバカ、本当に使えねえなあ。

 チビが生意気にもボッツ様の前に立ち塞がって、ガンツを守ろうとしている。

 こいつも底抜けのバカだな。死ぬぞ、マジで。うん?何か、あ、あれは…


 またあのシッポの光だ。チビのシッポから出た白い光が後ろの傷ついた猫たちに広がっていく。


 綺麗だ…。


 ああ、いやいやいや。失言だった。さほどのことはない。ボッツ様の嵐の如き破壊的な美しい能力に較べたら、あんなものは子供だましだ。


 しかし…うーむ、不思議だ。野良猫たちが回復している。ガンツも立ち上がった。

 これは…下手をすると野良猫たちの恐ろしい戦力となるぞ。次の戦いがあるとしたら、まずこのチビから狙う必要があるということだ。

 ボッツ様の補佐ができないかと俺も最前線へ移動した。


 おお、ボッツ様がチビ猫を凝視ぎょうしされている。


其方そなたは…」


「ボッツ様、この間話したチビ猫です」

 俺はすぐにボッツ様に報告する。ダビの失敗はうまく誤魔化ごまかさねば。


 またガンツが前に出てきてチビをかばった。

「フール!さがれ!」


「ガンツ、大丈夫だよ!やっつける!」


「気をつけろ!何か変な力があるぞ、あいつ!」


 チビ猫がああやってシッポを揺らしたら注意だ。しかし…


 チビのシッポから出てきたのはしみったれた小さな光だった。それがフワフワ漂って俺のところにやってくる。

 しまった!避よけ損なって俺の頭にその光がポツンと当たる。やばい!

 だが何かよくわからないが、ちょっと俺は帰りたくなったような気がする…かな?


「何だか一瞬だけ帰りたくなったけど、どうってことないぞ!」


 チビが不思議そうな声を出す。

「ありり?」


 何が『ありり』だ。何だかこっちがガッカリだ。


 うん?ボッツ様がお怒りなのか?二本足でお立ちになった。あまりの厳粛さと高貴さに誰も動けない。


「ホワアアァァ…」


 それなのにあのチビ猫、緊張感のない顔で大アクビをしたと思ったらかがんで、寝息を立て始めた!なんじゃ!コイツ!可愛いぞ!…違った!ボッツ様の前で恐れ多い!


 ガンツが叫ぶ。

「ポンタ、フールを逃がせ!」 


 ポンタが出てきてチビ猫を抱える。


「逃がさねえ!」

 俺が追いかけようとすると、ボッツ様が前足で俺の胸を押さえた。


 すごい圧力で俺は後ろに倒れた。


「追うな、ルノー」


「は、ははあっ!」


 ボッツ様の命令は絶対だ。俺は後ろにさがって、あのチビ猫のことを考える。

 何だ、あいつは一体?ボッツ様が野良猫を『逃がせ』と…?

 フールだったか?あの美しい能力。父親を守ろうとボッツ様の前に飛び出る勇気。無事だといいが…


 いやいやいや、何言ってんだ俺は。何心配してんだ、まったく。ボッツ様の最側近であるルノー様が。


「引き上げるぞ」


 眼の前にはガンツがいるが、そんなものはまったく眼に入らないように、ボッツ様が静かに仰ったが、飼い猫たちからは不満の声があがる。


「ボッツ様、ジャングルジムも獲れます」


「今引き上げると、陣地は守られてしまいます」


 ボッツ様が振り返って家猫の群れを一瞥いちべつし、低く唸った。

「シャアアアアア…」




 それだけで震え上がった猫たちに俺も声をかける。

「ボッツ様の御意志だ。引き上げろ」


 飼い猫たちが自分の家に静かに引き上げていく。

 後ろを見ると野良猫たちがまだケガを抱えたまま、呆然とこちらを見送っている。


 ガンツが荒い息をついて、ひざまずくのが見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る