第7話 闇の王 ロシアン・ブルー(3)
さて、ガンツという私の親代わりとなった猫と私のそれからの猫生活について話そう。
朝、ガンツは私を前足で蹴飛ばして起こす。
「おい、チビ。フール、起きろ。朝だ」
そこに何も入っていないときは隣の酒屋さん、そこにもなければもう少し先にあるスーパーの裏手に行ってゴミ箱を覗くことになる。
朝ご飯が手に入らないときはガンツが
あんまりこの辺をリアルに描写するとグロくなるけど、野良猫の食事事情はなかなかシビアなんだよ。一度猫になってみるといい。
河川敷でガンツは私にハンターとしての猫教育をする。なにしろ私は動作が遅く、モタモタしているので、なかなか獲物を捕まえることができない。
ガンツが素早い動作とフェイントを交えた絶妙な技巧で小鳥を捕まえ、バリバリやったときは残酷とか、そんな感想じゃなくて、そのスピード・テクニック&パワーに素直に感心した。
「ホントに鈍くさい。ビックリするほどノロい。虫がまずお前の頭の上に乗ってから逃げている。そんなの初めて見た」
ガンツがあきれ顔で言って、それから大笑いした。
何度やってもうまくいかない私は涙目になって抗議する。
「私が遅いんじゃないもん。虫が速いの!ガンツのバカ!笑うな!」
ガンツはそれでも辛抱強く、バッタやコオロギを見つけては指さす。
「いいから何百回でも挑戦しろ。人間の餌だけに頼ってるのは危ないんだ」
「ううう。次こそ。『そっと近づいて』じゃなくて『急に近づいて』が基本だったよね」
「そうだ。『いきなり』だ。動いてないところから一気に飛びつけ」
初めてバッタを一匹捕まえたとき、ガンツの方が興奮して私を抱き上げ、宙に放り投げた。
「やったな!えらいぞ!よく頑張った!フール!」
私は眼を回し、バッタは逃げた。
人間時代も含めてこんな嬉しかったことって今まであっただろうか、と私は思った。
ガンツは腕っ節は強いし、面倒見はいいしで、もともとこの辺の猫のまとめ役だったそうだ。
近所で猫同士のいざこざがあれば仲裁し、公園で飼い猫にいじめられている猫がいれば助っ人に走った。
定期的に町内をパトロールをし、困っている猫を助ける毎日だったのだ。
しかし、同居猫…つまり奥さんが出て行ってしまってからガンツは変わった。
そう、ガンツはバツイチなのだ。猫にバツイチという言葉が適当かはわかんないけど。
周囲の猫から人望、いや
もともと荒っぽい
顔に大きな傷跡を作ったのはその頃だと、これもセージが教えてくれた。
「だからフーちゃんを拾って、あいつが
セージが私にしみじみと言った。
でも、違うんだ。私がガンツに貰ったのはただの命じゃない。生きる喜びなんだ。
最近、明るいうちはポンタとずっと一緒に遊んでいる。(ポンタは「いろいろ猫としての注意事項を教えているんだ、遊びじゃねえぞ」と言っているけど)
「遊びに行ってくるね!」
ポンタの「遊びじゃねえ宣言」も虚しく、私が「遊びに出かける宣言」をして出て行こうとするとガンツは複雑な顔で見送ってくれる。
家庭教師役にポンタを指名したのは他ならないガンツ自身だけど、その割には出かけようとする私の横にいるポンタを睨む。
「ポンタ、頼むぞ。でもうちの娘に手をだすなよ」
そのたびにポンタがため息をついて言う。
「出さねえよ。こんなチビ」
……むう。どうなんでしょう、この扱い。
夜、私たちの寝床は大工さんが出すフカフカのおがくずの中だ。資材置き場の内側は居心地がいい。今日もめっちゃ動いて、気持ちよく疲れた。
「ねえ、ガンツ」
「何だ。まだ起きてたのか。早く寝ろ」
「お話が聞きたい♡ゴロゴロ」
「うっ…」
「聞かせて聞かせて」
「うるせえなあ、何が聞きたいんだ」
「ガンツは酒と博打とええカッコしいで奥さんに逃げられたってホント?」
「…お前、ものすごく、どストレートだな」
「ね、ね、教えて、教えて。何で逃げられちゃったの?」
ガンツは苦笑いをして私の横に座り、私の折れ耳を撫ぜた。
「もう寝ろ。フール」
「ええええ。まだ眠くなーい」
「…いい子で寝たらいつか話してやる。いつかな」
「…ふーん。約束だよ」
「まったく…何でそんなこと知りたいんだ」
「ねえねえ、ガンツ」
「んん?」
「私、今幸せなんだ」
「…」
「ガンツ、ありがとう。だーい好き!」
例によって私はそんなことを言う。ホントの本音だ。
「…お前は、毎日毎日…」
ガンツもそう言いながら『大好き禁止条例』は発動しない。
「ガンツ、照れてる?」
「……お前いい加減にしないと怒るぞ」
「おやすみ!ガンツ」
明日も虫取り頑張ろう!明日もポンタと全力ダッシュしよう!
「……ハア、おやすみ、フール」
「Zzz..」
「おやすみ、フール。俺もだ」
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