第6話 闇の王 ロシアン・ブルー(2)

 話は私の新たな人生…いや、猫生ねこせいが始まるさらにそれから3年ほど前にさかのぼる。


 人間としての私は中学3年生の春、発作を起こしてグランドで倒れたんだ。

 もともと身体は強い方ではなかったけど、その心臓の疾患については発見が遅れたみたいだ。この発作の前に判っていたら、と父さんが悔しさと悲しみの混じった顔で呟いたのはお医者さんが私に一切の運動を止めた時だった。こういうのを『結果的に』というのだ。


 全然父さんや母さんは悪くない。


 結局それから入退院を繰り返し、二度と普通に身体を動かすことのできる生活には戻れなかった。


 死んだのは高校2年生、何とか高校には進学できたが入学してから登校できた数はひと月分もなかっただろう。高2に進学できたのは病院で勉強したことと学校側のお情けによるものだった。


 私はその年の12月に体調を崩し、再入院した。熱は下がらず、食事もうまく取れず、病院で年を越した。

 世の中は天皇陛下のご体調悪化に自粛ムード一色、とばっちりというか何というかは病院にも及び、年末年始まで暗い雰囲気の入院生活だった。当たり前だけど。 


 お正月に父さんと母さんが来て、「お年玉だよ」と言いながら猫の写真集と猫のキーホルダーをくれた。それが今の私の姿「スコティッシュ・フォールド」だった。


 今でも覚えてる。最後に発作が起きたのは1月の7日のことだった。一晩昏睡して、翌日少しだけ意識を取り戻した。テレビで官房長官という眼鏡をかけた人が『平成』の額縁を出しているのをベッドで見たのが、この世の最後の映像だったっけ。


 あれは本当に見たことだったのかなあ。私は上の方から死んだ私自身と泣き崩れる両親を見たような気もするんだ。ということはあの時点で私はすでに亡くなっていたのかもしれない。



 さて改めまして、お父さんお母さん。あなた達の娘は現在猫になりました。生前は団地住まいで猫が飼えなかったけど、現在自分自身が猫になって、あのキーホルダーの姿で残飯をムシャムシャ食べていますって…どう思います?


 伝えられたらいいのに。元気だから(死んでから元気ってのもなんだけど)安心してほしいって。

 私は父さん母さんの娘で良かったって。私はまずまず今幸せだって。…伝えられたらなあ。

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