第3話 世界の始まりとスコティッシュ・フォールド(3)

EXTRA EPISODE  「おいらは野良猫ポンタだ」


「ふーん。そうか。ガンツのおっちゃんが真面目になったのはフールのせいなのかあ」

 魚屋んちの裏で俺はフールと話をしている。


 目の前にいるのはフール。

 この前、公園の砂場に迷い込んでルノーやダビに因縁いちゃもんつけられてるのを俺が助けた。

 …いや、助けようとしたんだけど、失敗して結局ガンツやセージの救援を頼んだ。

 でもこのフールがまれに見るくらいのどんくささだったからそんなことになったんだけどね。


 公園で初めて会ったけど、フールはガンツが拾ってきた捨て猫だそうだ。ようやく一匹であちこちうろつきはじめたんだけど、危なっかしいなあ。

 まだ1歳にもならないだろうチビのくせに、何だか言うことは生意気でルノーを怒らせたりする。


「なあ、フール。お前あんまり一匹でフラフラするなよ」


「えええ?こんなに健康で素早く動けるんだから、あっちこっち行ってみたくなるじゃん」


 俺は思わずフールの折れ耳を両方からムギュッと引っ張って睨んだ。

「誰が素早いって?」


「ンニャニャニャニャ。痛い痛い。やめて!ポンタ」


「とにかく。入っちゃいけない場所とか教えてやるから、覚えるんだぞ」


「はあい!ポンタ先生。お願いします!」

 フールが大きな目をクリクリさせて返事をした。


 …調子狂うなあ。


 ガンツに頼まれて俺はフールにこの辺の野良猫の掟を教え込むことになったんだ。この間みたいなことにならないようにってさ。

 だけど、ガンツのおっちゃん、俺に頼み事した癖にその後「フールに手を出すんじゃねえぞ」ってすごむんだ。出さねえよ、こんなチビ猫。


 フールは鈍くさい。たとえ生まれて半年くらいの子猫だってこんなに動きが鈍いってことはないと思う。短足で丸っこい身体、やたら遅い足、猫のくせに高いところから跳んでもうまく立てない。

(本人はピタッと着地したつもりで満足そうな顔をするから、言わないけどね)


 でも見た目は野良猫とは思えないきれいな毛並みだ。俺たちと同じ雑種には違いないんだろうけど…

 全体的にはクリームとホワイトとレッドの三色が混じっている。その色も淡い色の組み合わせでホワホワしていて思わず触りたくなる…いやいや。チビ猫だからさわり心地はいいだろうって話だよ。


 あと他の猫にはあんまりない変なとこがいくつか。

 ひとつめ、耳が垂れていること。俺どっかで見たけど、こういう耳の猫、金持ちの家にいる奴なんだよね。

 ふたつめ、首の下にエプロンのように白い毛が集まっている。

 みっつめ、シッポが身体に較べると長くて大きい。毛足は長くてきれいな灰色だ。


 だから…可愛いよな。いや、違った。変わってるよな。すげえ変な奴だ。


 変と言えば、特にやっぱりあのシッポが変すぎる。公園でルノーに顔と右の前足をざっくり切られて、血が出てたはずなのに、あいつのシッポが俺にさわってフリフリしたら傷がなくなってた。


 セージが「誰にも言ってはいけませんよ。フールもポンタも絶対の秘密にするのです」って言ってたから、これは最重要キミツジコウなのかもな。

 何かその後、「猫チョクレツ」とか「グシャのダイマホウ」とかよくわからないことを呟いてたけど。…意味不明だ。





「まずこの公園、夜は特に絶対近づくな」

 俺はまずリンゴ公園の近くでフールに言い聞かせる。


「この前の公園だよね。何で夜は駄目なの?」


「ここは野良と飼い猫の…ええと、セイリョク争いの場所だ」


「やっぱり野良猫と家猫は仲が悪いの?」


「うーん」


 基本的に俺たち野良と家猫は「関係ない」というのがホントのところだ。

 でも俺の聞いた話では昔はそんなじゃなかったけど、急に仲が悪くなって夜の公園で縄張り争いするみたいになったのはここしばらく、俺が生まれる5~6年前からとセージが言ってた。


「全部が全部ってわけじゃないけど、とにかく夜はガンツと一緒にいろ。それから昼間はよっぽどのことがなければダイジョーブだと思うけど」


「うん。そうじゃない場合もあると」


「そうだな。この間みたいに急にいちゃもんつけてくる奴もいるんだ」


「砂場に入っただけなのに」


「だからあの『リンゴ公園』はセーリョク争いしてるんだ。砂場は猫の特別のイットウチだから飼い猫がドクセンしてる場所だよ」


 フールがまた首を傾げて、何か前の右足を左足の上でモゾモゾ動かす。

「砂場は昼間でも危険…と」


「何やってるの、お前」


「メモしてるんだ。頭の中に」


「めも…?」


「あ、何でもないから続けて」


 何かよくわからないことが多いな、こいつは。

「でも一番危険なのはやっぱりヒトだ」


「……そうなの?」


 何かナットクしてないな。


「いいか、あんまり騒ぎを起こしたり、ニンゲンにからんだりするとホゴセンターのやつがくるぞ」


「保護センター?」


「そうだ。いろんな奴がいるけど、腕のとこに何か黄色いのつけてるのが多い。またいつかそっと教えてやる」


「それは怖いやつら?」


 俺だって近くでは見たことないからわかんないな。でもみんな絶対に近寄るな、って言う。


「連れて行かれて帰ってきた猫はいない、ってセージが言ってた」


 こいつ誰にでも馴れ馴れしいし、ニンゲンにえさでももらったらついてきそうだし、厳しく言い聞かせた方がいいよな


 俺は少し真面目な顔でフールにきつく言った。

「だから!夜は必ずガンツと一緒にいること。昼間も一匹でフラフラしないこと」


「ええ?じゃあ私、明るいうちは誰と一緒にいたらいいの?」


「そりゃあ…」


 フールがニコニコして俺の眼を見つめる。何だよ、このチビ猫。

 何か俺の顔が勝手に熱くなってきた。やっぱ、こいつは別の意味で危険な猫なのでは。


「ねえねえ、誰と一緒にいたらいい?ねえってば」


「それは、その…」






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