第2話 世界の始まりとスコティッシュ・フォールド(2)
遡ること1ヶ月前、私は女子高生の『
私は一度確かに死んだはずだ。『昭和』の最後の日心臓発作を起こし、翌日天に召された。官房長官という人がテレビで『平成』という額縁を出していたのが私の眼に残る最後の映像だ。
両親より先立ったことは申し訳なかったが、それ以外に大きな悪事は働いていないと思うので、ホントだったら今頃は死んだお祖母ちゃんに天国で会っているところだったと思う。
だがしかし何としたことか。私は「ニャオン」とか喉を鳴らしながら、ガタイのいい雄猫ガンツの横で美味しく残飯を食べている。自分でもビックリとはこのことだ。あの潔癖症で他人の作ったおにぎりなんて絶対食べられなかった私が美味い美味いと残飯のサンマの骨を囓かじっている。これは進化なのか退化なのか。
私の記憶は確かに山田蕗という人間の17年間のものだ。だが記憶なんて本能の前ではたいして役に立たないらしい。
それより、病気で死んだ私、中学生の終わり頃倒れてからは早歩きさえできなくなった私はこの身体に感動している。
走れる!他の猫に較べると少しドンくさいみたいだけど…ガンツは「少しじゃねえな」と言ったけど、野っ原を思いっきり走り回って木登りして、飛び降りてクルリと回って着地することもできるんだ。
だから夕方にはお腹がペコペコだ。ガンツが待つ小さな
薬を山ほど飲むことも、寝入りばなに激しく咳き込むことも、明日の朝生きて目覚めることが出来るのか不安で眠れないなんて夜もない。
「ガンツ。猫の生活ってサイコーだよ」
「何だ。いきなり」
「ガンツ、だーい好きっ!」
「…もう寝ろ」
「うん!おやすみなさい」
「ああ、おやすみ。フール」
私はこの大工さんの
でもここに住みついていた野良猫がガンツでラッキーだった。
ガンツは「ニャーニャー」って、か細い声で鳴いてる瀕死の私を連れてセージのとこへ行ったらしい。セージはこの辺じゃ一番知恵のある野良猫だ。
「ガンツ、身体を温めてミルクをやりなさい」
「わかった。毛布で包んできたが、この後温かいダクトの近くに連れてく。牛乳はノブのとこならいつでも」
「駄目ですぞ。牛乳は子猫には毒なのです」
「そうなんか?」
…などと相談に乗ってもらいながら、(ミルクは結局他の母猫に分けてもらったらしい)私はどうにか危機を脱し、こんなに元気になりましたとさ!
私が捨てられていたところは国道の横の資材置き場。猫用のゲージが近くに放り出されていたらしいから、あるいはゲージごと捨てられたのかもしれない。
歩けるようになった後日、私はそのゲージを見せてもらった。半分壊れかけたその猫ゲージにはネームタグがついていて『フール』と書いてあった。
ああ、これが私の名前なんだろうな。そういえばそんな気がする、と思ったのでガンツに名前を自己申告した。ガンツも「うむむ。変な名前だけど、それでいいか」などと簡単に納得してくれた。
まさか文字が読めるし、人の言葉もわかるなんて、ましてやちょっと前まで人間だったなんて言えないよね。
ガンツはこの辺では有名な駄目猫だったらしい。「だった」というのは私を拾ってからの1ヶ月間でガンツは見違えるように立ち直ったらしいんだ。
「ねえ、ガンツ」
ある晩、寝床のおがくずの中で私はガンツに問いかけた。
「う~?何だ」
ガンツはあくびをしながら私の方を見た。
「何でガンツは捨て猫の私にこんなに親切なの?」
「…」
「セージが『猫が変わったようですぞ』って言ってたよ」
「あいつ、余分なことを」
ガンツのシッポが照れたようにフラフラと揺れる。
「あんまり意味なんかないな。ずっと周りの猫に迷惑かけてきたから、気まぐれでちょっと猫助けしたくなったんだろう」
「ガンツ」
「ん?」
私はこの言葉を言ってから寝つくのが毎夜の習慣になっている。
「ガンツ、大好き!」
そしてガンツが照れ隠しにプイと斜め上を向いて、こう言うのも毎夜の習慣だ。
「…うっせい。早く寝ろ」
「うん。おやすみ、ガンツ」
「ああ、おやすみ。フール」
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