残る濃さ
「信じられないんだけど。」「少しくらい空気読めよ。」
吐き捨てられた彼女達の言葉は冷酷なもので、私の中で黒く、深く渦を巻く。
先程までの雑音はどこへ行ったのだろうか。ずっと遠くの方で微かに聞こえる気がする。
それに対して彼女達の声は鮮明だった。エコーのかかったように何度も、何度も、反響を繰り返す。
脳内は彼女達の声で埋め尽くされ、酸素が届いていないような苦しさが身体全体を支配していく。
私を捉える彼女達の目に光はなく、ただ呼吸に苦しみ、怯えた顔の自分が映っていた。
この目…誰かに似てる。私は過去に見たことがあるのだ。同じような、慈悲のない目を。
「空気読めねぇのかよ、キモイんだけど。」
幼く乱暴な少女の声。オレンジに染まった階段。全身に感じる痛み。
パズルのようにピースはあれど、全てが上手く繋がらない。いや、繋げられない。
身体が拒絶したかの如くピースは散らばったまま。どれも断片的な記憶だが、一つ一つに強い寒気を感じる。
でも間違いない。あの時の少女の目だ。
事の始まりはほんの些細な事だった。
三年になって初めての課外活動。彼女達との観光地散策は私もそれなりに楽しめていた。
お昼を食べた後に向かったのが、本日の目玉でもあった一番有名な展望台。
綺麗な街並みを一望できるその展望台は、私も特に楽しみにしていた。
だからこそ、浮かれてたんだ。また、あの時みたいに。
「ねぇ、みんなで写真撮ろうよ!」非日常の中ではしゃぐ彼女達は、楽しそうにそう言った。すぐに上がる賛同の声。
「私、撮ろうか?」
「マジで!?助かる!」
一番端にいた私はみんなを映せる位置だったから、好意でそう名乗り出た。
「みんな集まってー!」と声をかける彼女達をよそに、そそくさと準備をする。
その時だった。
「え、嘘でしょ? ノーマルカメラで撮る気なの?」
一人が私のスマホの画面を見てはそう呟いた。
小さな声だったにもかかわらず、その声は波紋を呼ぶ。
「え、加工はー? 私加工してなきゃ写真映りたくないんだけどぉ〜。」
「もしかしてあれ? 自分は盛らなくても可愛いし的な?」
「え、だる。それは無理。」
私が言葉を詰まらせている間にどんどん話があらぬ方へと進んでいく。
私は何をすればいい? 謝罪、訂正、説明……
何を話して、どう立ち回ればいい? 私は何をすれば、正解になれるの……
彼女達の声色は次第に暗くなり、表情も冷ややかなものに変わっていった。
波紋がより波を立て、私の心の中までもが荒々しく波打つ。
その波に溺れぬように、必死に息を吸って、やっと発する掠れた声。
「ご、ごめん、わかんなくて。」
その声が届いたのかすらあやふやで、確認しようと顔を上げることすら今の私には苦しかった。
でも、顔を上げる必要はなかった。そんな事をする間もなく、彼女達の声は私の心を深く刺した。
あぁ、そっか。これは、不正解だったのか。難しいな、また、あの時と同じだ。
もう、何も分からないや。
気付けば、私は一人電車に揺られていた。
どうやって電車に乗ったのか、ここまでの記憶が無い。思い出したくもない。
身体の力は抜け、椅子に全てを預ける。
ここは何駅なんだろう。今何時頃だろう。あぁ、顔を上げるのも面倒くさい。
カバンに入れたままだったスマホのバイブレーションが忙しなく通知や電話を知らせる。
無いに等しい残り僅かな力でスマホの電源を切ると同時に私は目を閉じた。
いつの間にか眠ってしまっていた。でも、なんだかいい夢を見ていた気がする。
どこか聞き馴染みのある駅名が流れ、目を開ける。
ちゃんと何駅かも確認せずにとりあえず電車を降りた。
ゆっくりと深呼吸を一つ。胃もたれしたような重い心が少しだけ軽くなる。
私はただ何も考えずにとぼとぼと足を進めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます