感じる温度

「僕、今年で卒業なんですよ。」

 星が散りばめられた夜空の下、独り言のように告げられる。

「知ってますよ。」

 だから私も無気力に話す。

「ですよね。」

 返ってきたのはそんな相槌だけ。なんで敬語なんですか、とか。急にどうしたんですか、とか。聞かなくても良いような疑問を飲み込む。ゆっくりと顔を上げれば、目に映るのは忙しなく動く街の光。いつもなら遠くても十分弱。なのに今日は、三十分も電車に揺られた。そして着いたのが郊外にある見晴らしのいい高台。

 深く息を吸って、もう冷たくなってしまった缶のココアをふーっと冷ます。通りすぎる秋の夜風は私を置いていった。

「夜は綺麗ですね。」

 迷わないように、失わないように。わずかに残った感情をそっと言葉で紡ぐ。星屑が彩る照らす夜の街。それは紛れもなく綺麗なもの。今の私達を繋ぐのは、きっとこの感情。     


 隣の先輩は前だけを見て、「そうですね。」とほんの少し口角を上げた。どれくらいの時間そうしていたのかはわからない。光が、音が、香りが、心を満たすまで、ただこの空間に浸っていた。


 それから数ヶ月。走馬灯のように過ぎていった日々。あの言葉を告げられて、受験や就活でもう会えないのかもしれないなんて思っていた。しかし実際はそんなこともなく、先輩はこれまでと同じように、一緒に帰ろうと誘ってくれた。毎回ではないけれど、夜ご飯を一緒に食べたり、いつもより遠くに行ったりすることも何度かあって、本当に充実した日々だった。


 だから、こんな状況にいるのも上手くいきすぎているように思う。

 「ねぇ、早くお昼食べようよ〜。」と不貞腐れた子供のように急かす彼女へ、周りは「それな、マジでお腹減ったんだけど。」とか、「待って待って、まだノート書き写してない!」とか、各々の感情を吐露する。普段彼女たちを視界の端にとらえる程度だった私。今この輪に入れているかと問われれば、まだ自信を持って頷くことはできない。ただ、「ほら、早く食べよ!」と彼女達が私に目を合わせてくれるだけで、私にとっては十分過ぎるほど上手くいっているのだ。「う、うん。」と不器用に口角を上げて返すような私でも、彼女達は微笑み返してくれた。古き良き木目調の机を四つ合わせてお弁当を広げれば、どこか懐かしさを感じる。

「なんか最近雰囲気変わったよね。」

「そうかな。」

「そうだよ! 今まではなんか、あえて一人っていうか、入る隙がないっていうか〜、なんか、そんな感じだったの!」

 そうそうと周りが共感を示す。自覚はないが、彼女達にとって好印象に見えたのなら、深く考える必要もないだろう。

 私は目の前のお弁当に箸をつけた。


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