#10 海水浴がしたければ、海を造ればいいじゃない

それは、さくまどろっぷの一言で始まった。


「海へ行きたいわ」


「海ですか?」

「そう」

「夏だからね」

「でも、このサイバー空間に海はないですよ」

「なければ造ればいいじゃない」




 なるべくリアルにね。という、さくまどろっぷさんのご注文を再現するため、サイバー空間を漁って海の資料を取り寄せ、頭の中にある海のイメージを、メタバース内に再現した。


 たこさんウィンナーを除く四人は、水着になって、完成した海水浴へやって来る。




 三日月形の砂浜は、限りなく白く、押しては引く波。エメラルドグリーンの海から、潮が香り、真っ青な空には、燦燦と照りつける太陽。




「暑~い」

「日差しが痛いですね」

「ここまでリアルに再現する必要、なかったんじゃね?」

「なにをいってるんですか。あたしたちはこの、サイバー空間から出られないんですよ。それなら、行ける場所を、限りなく現実に近しい形で再現しなきゃ、生を実感できないじゃないですか」

「潮の香りがするわね」

「砂が熱い」


「かき氷も、アイスも、スイカも用意しました。五感をフルに体感しましょう!」




 ピュアウイッチ・ピンクが海へ走って行く。波打ち際で立ち止まり、打ち寄せる波に足をとられる。

「つめた~い」

 それでも、楽しそうに、波を蹴る。


「たこさんだけ、水着いらずですね」

「泳いできたらどう? それこそを、水を得たタコ」


「うおおおおおっ!」

 叫びながら、海へ向かい、波にさらわれていった。


「魚に食べられなきゃいいけど」

「魚まで作ったの?」

「海に飛び込んだ時、なにもないと寂しいじゃないですか」

「春花ちゃん。意外と凝り性ね」

「漫画を描くときに大切なのは、対象の観察ですから」


「春花ちゃん。サンオイルはないの?」

「美麗ちゃん。焼けると思えば、自分のイメージで好きなだけ焼けるよ」

「つまり、自然に日焼けはしないのね」

「さすがに、そこまでは作れなかった」

「浮き輪がないよ」

「だいじょうぶ。この世界に溺死という概念はありません。浮くと思えば、浮きます」


「それじゃあ、泳ごうか」

「「「おう!」」」




 タコさんウインナーは、海を泳いでいた。水面から射しこむ陽が、輝いて、海底の白砂を照らす。小魚の魚群が、横切る。海底に近づくと、白砂からカレイが飛び出した。


 昔、人に焼かれ続ける毎日に嫌気がさして、海に飛び込んだ鯛焼きがいたが、こんな気分なのだろう。気持ち良い。タコとして泳ぐの、気持ち良い。大事なことだから2回言ったぞ。


 魚群の向こうで、キラッと目が光る。




「生まれて初めてよ。海水浴」

「あたしもです!」

「あたしもです。泳げないし」

「浮くだけで良いのよ。さっき、春花ちゃんが言ったじゃない。浮くと思えば浮くって」




 3人は、海に浮く。


「人は何故、泳ぐのかしら」

「哲学ですか?」

「生きていく上で、不要でしょう」

「ですね」

「特に海水浴なんて、日には焼けるし、潮でベトベトになるし、良いことない」

「そこが良いんじゃないんですか?」

「?」

「非日常を味わうんです。それが日常の活力になる」

「旅行と同じかな」

「そうですよ」




 突然、タコさんウインナーの絶叫が響く。


「ぬあああああ!」


 水面から飛び跳ねたタコさんウインナーは、魚に咥えられていた。


「やっぱりそうなったか」

「タコさん! ここはメタバース空間。自分で想像したことはだいたい実現します。強いタコを想像してください!」



 タコさんウインナーは、海坊主になって、魚を迎撃した。




 みんなは、ビーチボール、ビーチフラッグ、スイカ割り、砂浜に城を建造、などなど、興じている内に、日が傾いた。




「夕日まであっという間だね」

「どうでしたか? みなさん」

「楽しかった」

「たのしかった~」

「こんなことできるVTuber、他にいね~な」

「みんなで思い出、創っていきましょう」


「春花ちゃん、最後のお礼を言わせて」

「はい」

「素敵な海水浴だったわ。創ってくれて、どうもありがとう」


「どういたしまして」

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