#09 コミケにて、あなたの最期の本を売る

 ピュアウイッチ・ピンクが転生してから一ヵ月がたった。




 今日、ニュースピリチュアルのメンバー、全員が見守るなか、彼女の初配信が始まる。




ピュアウイッチ・ピンク●ライブ


「ニュースピリチュアル所属。正義の魔法使い。ピュアウイッチ・ピンク。参上!」


 『魔法使いきた』

 『正義の魔法使い』


「VTuberデビューです。よろしくお願いします!」


 『よろしく』

 『よろしく~』

 『可愛らしい声の女の子きたな』

 『何歳?』


「七歳です!」


 『小学校1年生か』

 『ふりふり可愛い』

 『後ろどうなってるの?』


 ピュアウイッチ・ピンクは、くるっと回ってみせる。スカートがふわっと浮いて、ピンクの髪がなびく。


 『3Dだ』

 『ライブ2Dじゃないのか』

 『リボン、可愛いね』


「かわいい?」


 『かわいい』

 『可愛い』


「あたしは魔法使いなので、魔法でみなさんを楽しくしたいと思います」


 『魔法使いさん期待してます』

 『どんな魔法で楽しませてくれますか』


「ゲーム? とか。みんなとゲームしたい」


 『いいねやろう』

 『やりましょう』




 好調な滑り出し。一同は、ほっと胸を撫でおろす。




 春花夏海秋月冬雪●ライブ


「今は夏だ~。ニュースピリチュアル所属。春花はるか夏海なつみ秋月あきつき冬雪ふゆきです」


 『夏海~』

 『なつみー』

 『あつみ~』


「今日はですね、ピュアウイッチ・ピンクちゃんを描きたいと思います。ピンクちゃんのアバター作ったのあたしなんで」


 『ママだ』

 『ママ』


「BGM音量だいじょうぶですか?」


 『だいじょうぶで~す』

 『ちょっと大きい』


「それはウソです。あたしはサイバー空間に生きているので、一度設定した数値は変わりません」


 『いや、大きいよ』

 『小さくなった』

 『話し声が大きい』

 『聞こえない』


「一度、言ってみたかったんだよね。音量だいじょうぶですか? って」


 『だから大きいって』

 『小さくて聞こえない』


「じゃあ、描いていきましょう」




 慣れた手さばきで、ピュアウイッチ・ピンクを描き進めて行く。


「そういば、今日、コミケだね。みんな行った?」


 『行った』

 『いかない』

 『いけない』


「転生してなかったら、今頃、サークル参加してたんだけどなあ」


 『どんなサークル』

 『18禁?』

 『どんな絵描いてたの(*´Д`)』


「普通にBLだよ。少女漫画も描いてたかな」




 その日。春花が参加していたサークルは、残った4人で設営、販売をおこなった。いつもなら、大声をあげながら、かしましく、楽しく、販売していたが、今日は終始、声は少な目で、静かに黙々と作業を進めた。


 春花の最期のカットは、未完成ながら新刊に載り、販売された。いつも春花が座っている席には、花が手向けられ、ポップには『彼女の最期の作品が載っています』と書かれていた。




 萩原 万尋まひろ、は夢を見た。




 同人誌の原稿を、すらすらと描き進めている、やふようわっぱ


 『やふ』と書いて『よう』と読むのは、口語をまねた。『童』を『わっぱ』と読ませるのは、時代物の漫画の影響。いずれも、彼女の本名をもじったモノ。


 真剣な目つきで液タブを叩く彼女は、気の置けない友人だった。


「万尋。筆が止まってるよ」


 私も、やふ童の隣で液タブを叩いている。学生時代に意気投合し、漫画を描き始めてから幾星霜。実は、面つきあわせて漫画を描いたのは、この時だけだった。同人誌でそれなりの収入を得られるようになってからは、一度も無い。


 やふ童は、当時のままで、同人誌5人メンバーの仲でも抜きん出て絵がうまく、筆が速かった。顔も、スタイルも、服も、当時のまま。


 私は、急き立てられるまま、液タブを叩いたが、まったく進まず、反対に、やふ童は次々とカラー原稿をあげていった。焦る気持ちとは裏腹に、とても懐かしくて、愛おしい思いに心が溢れた。




 泣きながら目が覚めた。


 なんだ、夢落ちか。




 それでも、彼女に会えたのは嬉しかった。

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